第4話 その子の名前は

「...えーと、お父さん?」


 首を傾げて固まったままの牡丹様。小さい女の子が(恐らく齢5つ程)この場所に一人で来て、そして口をひらいたかと思えばお父さんを探して、など。驚くのも無理はない。私は一つごほんと咳をしたあと、その女の子の方に近づく。牡丹様を背中に隠して、その子の目線に合わせるため膝に手をついて少しかがんだ。


「君、牡丹様はそんなでたらめな仕事の為に動く方ではないのよ」


 そうだ。牡丹様は悪戯や冷やかしで動く方ではない。本気で探したいものでないのならすぐに分かる。たまにいるのだ。探し屋なら何でも探してくれるだろうと思う輩が。そうではないのだ。牡丹様は、その人が本当に欲しい物が何かを探り寄せて、それを探す方なのだから。

 お父さんを探して欲しいのであれば、もっと切羽詰まった感情のはずだし、失礼ながら身なりも悪いはずなのに、その子はきちんとした服を着ていた。そんな奇麗な服を着ていれば、収入も入っている家の出のはずだ。


「さぁ、帰りな。どこから来たのか分からないけれど、ここは貴方の様な幼い子がくる所ではないのよ」


 話は終わりだ。私は暗にそう込めて手をしっしっと振った。そんな私を見て牡丹様は穏やかに、まぁまぁ、と手でなだめる。私は牡丹様に向き直り、そうやってお人好しな所があるから、と説教をしようとすると、背中の方から小さい声が聞こえた。


「...だもん」

「...え?」

「本当だもん...!!」


 首だけを後ろに向かせれば、その小さい女の子は涙を目に一杯溜めながら、きっ!!と私を睨み上げていた。どうしたものかと頬を指で掻いていると、牡丹様が膝を抱えながら、ちらりとその子を伺う様に顔を私の足の横から出した。長い髪がふわりと揺れる。牡丹様はにっこりと笑いながら、その女の子に声をかけた。


「貴方の名前は何ていうのかしら?」


 その言葉に、女の子は涙をぽろぽろとこぼしながら口を開いた。


「イチョウ…」

「イチョウちゃん…いい名前ね」


 牡丹様はそう言うと、しゃがみながらちょこちょことそのイチョウ、という女の子の側に近づき、頭を撫でながら私を見上げてこういった。


「この子の探し物、見つけましょう!!」




「は?」





 思わず私はそんな言葉をきいてしまったが、これは驚く以外ない。なぜ、この小さい女子の、本当かどうかもわからない依頼を聞かなければならないのか。まずこの子から報酬なんてものをもらえることは決してないだろうに。


「ぼ、牡丹様、貴方何を言っているのかわかっていますか!?」

「えぇ」

「この子のいうことを信じるのですか!?」

「だってこんな綺麗な涙を流しているんだもの。きっとお父さんもこの子に会いたがっているわ」

「いやいやいや!!一体どうしてそんなお人好しな考えができるのですか!?」

「どんな探し物だとしても、探してあげるのが私の仕事よ」


 牡丹様はそういうと、その女の子の頭から手を離し立ち上がった。私の目線より幾分か上にあるその目を見つめる。牡丹様は長いその髪を耳にかけながら、穏やかな笑顔を見せた。


「ね?アセビ」


 そんな声で名前を呼ばれてしまえばもうしょうがない。私は深くはぁ、と息を吐き、その綺麗な顔を見上げる。ニコニコ、まるで彼女の背中にそう擬音語が書かれていてもおかしくない笑顔で、私の返事を待っている牡丹様。その手にはしっかりと小さい手が収まっていた。


「...わかりました、牡丹様」


 そう答えれば、ぱぁっと明るくなる女の子の顔に、良かったわね!!と元気よく話しかける牡丹様。そして少し腰をかがめて、そのイチョウと名乗る女の子の目に目を合わせ、牡丹様は仕事として話しかけた。


「貴方の探し物、私がきちんと探してあげましょう?」


 その言葉に、イチョウはしっかりと頷きながら、よろしくお願いします、と頭をぺこりとさげたのだ。


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