第3話 小さい女の子
以前依頼を頼んで来た女性に桜の形をしたブローチを渡し、とても素敵な笑顔を見届けたのは先ほどの事。今は午後1時をまわり、お昼休憩も終わった時間だ。牡丹様は依頼者が来るのを今か今かと期待に満ちた目で、机に腕を置きながらドアを一心に見つめている。
ふと、どうしてこの『探し屋』なんていうよくわからないお店を経営しようと考えたのだろうと疑問に思った。いわゆる探偵のようなものなのに、探し屋とわざわざ銘打っているのには何か理由があるのだろうか、と。
「牡丹様」
「なぁに?」
ふふ、と笑いながら首を傾げる牡丹様の姿に少し顔を赤らめながら、いやいやと首を横に振ってから口を開く。あの、どうして探し屋なんてものを、
「作ったのですか?」
「んー...そうねー...」
牡丹様は顎に指をつき、んーと少し考えた後、俯いていた目を上げた。さっきまでの少女のような明るい笑顔はどこえやら、その顔は憂いの満ちた、まるで何かを切実に思っているそんな苦しい顔をしていた。
「私も、探し物があるのよ」
「探し物、ですか。...それは一体どんな...」
「もう二度と、見つける事のできないもの...」
そう言った牡丹様の声は、今まで聞いた事のないような切ない声で。私は思わずはっとした。いつも穏やかにニコニコと笑っている牡丹様なのに、時折見せる少女の様な顔も消えて。今はまるで泣くのを我慢している、泣く事を忘れた大人の顔を見せていた。
「牡丹様...」
「あら、どうしてアセビがそんな顔をしているの?」
牡丹様の側について早数年。牡丹様に助けられたこの身は全て、この目の前にいるお方のためにだけ使って来た。それでもまだ、私は牡丹様の全てを知らなくて。私は思わず、自分の拳を握りしめる。そんな私の姿に気づいた牡丹様は、それはそれはとても優しい笑みを浮かべながら、そっと私の手を広げたのだ。
椅子から立ち上がり、机を挟んだ向こう側に立つ私より頭二つ分高い牡丹様。私は牡丹様の顔を見上げて、その端正な顔が近づくのをぼーっとしながら見つめた。
「アセビがいるから、私は大丈夫よ」
そしてゆっくりと、何かの歌を口ずさむようにぽんぽんと頭を叩いてくれた。
その言葉が、私の全てを認めてくれた気がして。私はもう一度拳を握りしめて目に溜まった涙を服の袖で拭った。
「私はもう見つける事ができないから、他の皆の探し物を、見つけてあげたいのよ」
腰を屈めて、私にゆっくりとそう囁いた牡丹様。その顔は、とても幸せに満ちあふれた顔をしていて。この仕事に、この、探し物を見つけるという行為に、誇りを持っているんだと感じた。私も、そんな牡丹様を誇りに思っている。
「ほらほら、泣くんじゃないのアセビ。貴方が泣いてしまうと、私も涙がでてきちゃうわ」
そう笑った牡丹様を泣かせないためにも、私は目をごしごしと拭いて顔を上げた。思いの外近かった顔に内心少し驚きながらも、元気にはい!!と答えたのだ。
「それでこそ、私のアセビだわ!!」
手をパンと叩きながら、何が面白いのかふふふと笑い続ける牡丹様。その笑顔を見ながら私も笑顔を見せれば、突然後ろでごめんください!!と大きい声が鳴り響いた。
「あら?」
「ごめんください!!ここ、探し屋さんですか?」
振り向いた先にいたのは、ドアを両手でやっと開けれる程の小さい女の子。私の腰程の身長で、短く切りそろえられた黒い髪が余計その子を幼く見せていた。
「珍しいお客さんだこと。ようこそ、探し屋へ」
私の横を通り過ぎドア近くでしゃがんだ牡丹様に、その子は少し緊張している面持ちでドアをゆっくりと閉じた後、牡丹様の顔をまじまじと見つめた後、口を開けた。
「あの...!!」
「はい」
膝に腕を置きながらニコニコとその子が何を発するのかを待っている牡丹様に近づき、私もその子の顔を見つめる。二人に見られてまた更に緊張したのか、その子は顔を一度俯かせた後、やはりまた顔を上げて、そしてこう言った。
「私の、私のお父さんを探して下さい!!」
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