ギン爺さん

第2話 ギン爺さん

「さて、今日も始めるとしましょうか」

「はい、牡丹様」


 そう言った牡丹様は音程がよくわからない謎の歌を口ずさみながらお店の中へと入って行く。ドアの向こうには使い古した木で出来た机が主を待っていた。


「ラララアセビ〜ラララアセビ〜」

「それ一体どんな歌詞なんですか...」


 毎回歌詞の異なる歌になんともオリジナル性豊かな曲だと内心毒づきながら、毎日の恒例に頬を緩める。以前女性に依頼されていた、大通りの公園で落としたらしい桜の形をしたブローチを書類とともに机の上に置きながら、今日はどんな依頼がくるのだろうと牡丹様はそわそわしている。


「...牡丹様、もう良い歳なんですからそんな見るからにそわそわしないでください」

「だって〜」


と、ほっぺをぷくりと膨らませる牡丹様にはぁとため息をつく。まだかな〜まだかな〜とまるで小さい子供のように足をぶらぶらさせる彼女。齢27。そうは見えない。

 私は本棚の前にどんと置かれたままになっている大量の本や書類などを手にし、一つ一つ確認をしていく。どれもこれも埃をかぶっているけれど、一つ一つ牡丹様が大事に大事に探していった皆の大事な探し物を書いている。

一つにはネックレス。一つには犬。まるで探偵のようなお仕事だけれど、それでも全ての依頼者からは笑顔というお返しを得る事が出来た。


カラン。


 そんな時、ドアのベルが鳴り響いた。はて、今日はどんなお客様がお見えになったのかと書類から顔を上げると、そこには。


「おぉ、牡丹ちゃん、今日も麗しいね〜」

「あら、ギンさん」


 ハルの国春街1番、名物のギン爺さん。通称スケベじじいの登場だ。


「今日も可愛い牡丹ちゃんに会いにきたよ〜」

「またまた、お上手な事を言って〜」


 このじじい、とにかく女が大好物なスケベ野郎である。牡丹様はダメ人間ではあるけれど、美貌はハルの国随一と言っても良い程の美貌だ。いや、それは言い過ぎたかもしれないが、それでもその切れ長な瞳で見られたら大概の男は少しは顔を赤くなるものだろう。

 このじじい、見てくれは良いにしても公害であるには間違いない。私は手をわなわな震わせながら、いつの間にか机の前に座る牡丹様に近づいていたこのじじいの後ろにそっと近づいた。


「牡丹ちゃんは一体いつになったらおいちゃんと遊んでくれるのかな?」

「依頼があったらいつでもお待ちしてますよ?」

「じゃあ頼んじゃおうかな〜」

「あら、何かお探しですか?」


「牡丹ちゃんの、心」


ボコっ。


「っっっ!!」


 とんだ事をぬかすじじいの頭に渾身の一撃をかませば、牡丹様が手で口を隠して驚いた後、けらけらと笑い出す。まったく、このじじいはまた変な事を牡丹様に。


「このスケベじじい。牡丹様に近づくな!!」

「アセビ嬢、お前さん少しは加減というものをだな...」


 いててと頭をさすりながら、机に手をつくじじい。牡丹様は笑いで出て来た涙を指で掬い、またのご来店お待ちしております、とにこりと笑みを向けた。


「ったく、つれないね〜牡丹ちゃんは」

「これでも、楽しんでいるんですよ?」

「そうかい?...まぁ、その笑顔が見れただけでよしとするかな」

「今日もお仕事ですか?」

「あぁ。それじゃあ牡丹ちゃん、明日もくるよ〜」

「もう二度と来るなこの公害め」

「あいあい、わかったわかった」


 私の頭をぽんぽんと叩きながら、そしてひらひらと手を振り下駄を鳴らしながら店を出て行く男の背中にむかって、べーと思い切り舌を出す。そんな私をみながら牡丹様はまたくすくすと笑っている。それに少し恥ずかしくなりごほんと咳を一つ。


「塩を撒いてきます」


「え」


目を丸くして口を開けたまま固まっている牡丹様を無視し、店に出る。


「もう二度とくるな公害め!!」


そう叫びながら今日も元気に塩を撒くのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る