高2の時、俺の書いたレポートに「ウ○キペデ○アを丸写ししたみたい」って文句つけたAくん見てる?

ライズ

第1話





 ある日、ある時、思った。

 この世界は、必要なのか。

 ほんとうに必要なのか。

 存在価値があるのか。

 この世界に、自分が必要なのか。

 もし、人間がいなければ、この世界は平和だったのか。

 人間が、いらないのか。

 ――――この問いに対しての答えは千差万別だろう。だが、少なくとも2つの回答に絞られると思う。

 YesかNoという答えを自分にも求めるのであれば、答えはNoだ。

 ただ、それだけのことだった。

 それだけ、ただ、そう思っただけ。

 何も特別なことはなかった。

 なのに、どうして、俺がこんな目に遭うのか。

 ――――神様、特に女神様は性格がマジで悪いと思う。

 俺がなんの話をしているのか、分からないだろう。だから補足したいのだけれど、その前に自分自身について紹介すべきだと思う。

 俺の名は黒之。これは名字だが、名前まで言う必要があるだろうか。

 友人関係、いや対人関係すべてにおいて、フルネームで呼ぶ者などいないし、名字か名前、そのどちらかで呼ばれることが多い。しかも周りの人間が名字で呼んでいたら、新しくできた友達も名字で呼ぶものである。

 つまり、普段から名字で呼ばれている俺は名字のみを伝えれば良い。そういうことだ。

 ひねくれていると感じるだろうか。

 でも、これで俺の性格をおおまかに把握出来ただろう。

 名前と同時に性格も紹介できる、画期的な自己紹介だったな。

 さて、そんな俺――黒之がなんだって世界規模の話をしているのか、その本題に移ろう。

 どうして、か。そう問われれば、『世界規模の話をするなら、世界規模の意識を持っていないといけない』。俺はそう考える。

 人が世界を対象に話をするときには、その者の心は世界そのものを抱えることになる。

 つまり、話すことが、自分に直面していないといけない。

 つまり、俺は今、世界規模での問題を抱えている。

 世界を1つ、いや2つ。俺は相手にしている。

 俺は平凡な高校生だが、――――昨今の物語では平凡な高校生という表現はもはや地雷レベルだろうか?

 アメコミのアニメでも毎回そんなことを言っているが、彼は成績優秀で学内2番目の学力を誇り叔母と暮らし同級生からいじめられている。はたしてその日常が『平凡』と言えるのだろうか。

 アメリカならありえるかもしれない。アメリカは孤児及び養子は珍しくないし、いじめも頻繁に行われている。……いじめに関しては日本も変わらないだろうか。

 ただ、学内2位の実力はいかがなものだろうか。

 別に批判がしたい訳じゃない。それが『平凡』か否かという話である。

 俺が思うに、そこまでしないと『平凡』でない、ということなのであれば、間違いなく俺は非凡だし、ついでにドベである。

 ドベについていいわけを許されるのであれば、これはラノベ風にいうところの『評価する項目が存在しなく、結果として良い評価がもらえない』というものである。

 しかしまあ、これは言い訳というか、負け惜しみなのだが。

 そんな非凡な高校生、俺に直撃した問題とは――――。

 簡潔に言おう。簡単である。



 ――――――――世界が、変わった。



 変わった……? 否、それは違う。

 変わったのは何も無い。世界にはなにも変哲はない。

 変わったのか、変わられたのか。

 俺の見る景色が、世界が、変わったのだ。

 とどのつまり、世界そのものは何も無い。だが、ある世界からある世界へ、飛んでしまった。――――時空旅行である。

 いつから俺は記憶の羽根を探す旅に出たのか、次元の、いや時空の魔女と等価交換をしたのか、俺には覚えがないのだが。

 それともあれか、これは最近のはやりの『異世界モノ』というやつだろうか。そういうジャンルなのだろうか。

 もしそうなのだとしたら、欠けている。

 まったくどうして、この世にはテンプレというものがあろうか。

 俺は元の世界で死んだりしてないし、死後の世界、その手前で女神と会話もしてないし、はたまたゲームのサービス終了までログインしていたわけでもない。かといって、大型アップデートのあとにログインしたらこの世界に……っていうわけでもない。

 しかし、だがしかし。これは事実だ。――――ここが異世界だということ。

 俺は今、草原に立っていた。

 草しか生えてない。……草も生えないわこんなの。

 地平線に、なにが動物が見えた気がした。

 ――――いや、待てよ。

 地平線? バカな。地平線が、そこまでの距離が、数百メートルくらいだぞ。

 この世界はそんなに小さいのか。

 界王星かな?

 いやいや、そうじゃない。そうじゃないぞ、落ち着け……。素数を数えろ……。

 ここにきて俺は今日初めて声を出した。

 口に出して数えた方が確実だと思ったのだ。

「1,2,3,5,7,9,11,13,17………………」

「……残念、1は素数じゃないのでアウトです。ついでにタイキック」

 しまった、俺がバカだって事がバレて……タイキック? ってか誰コイツ―――――。

「さあ、いきますよ。神のパワーを思い知れよ」

「お前、誰だ――ぁああぁっていってぇ!! 超痛い!! 尾てい骨が折れる! 尾てい骨ッ! 尾てい骨があぁっぁぁぁッッ!!」

 見事な軌跡を描いたタイキックは、俺の尾てい骨を見事に直撃した。ついでに粉砕したかもしれない。

 はてさて、この超絶4倍くらい失礼で物騒な女について説明しなければいけない。

 結論から言えば、――――俺にも分からない。

 コイツ誰だよ。

「これは失礼。ケツの穴に爪先をぶち込むはずが、尾てい骨に当たってしまいましたね。いやはや失礼失礼。これは失敬。切り捨て御免」

「謝罪する気ゼロかよ……。てかお前誰だよ。俺のケツについては不問にしてやるから名乗れ。そして死ね」

「物騒ですねぇ」

 物騒なのはどっちなのだか、しこたま疑問に思ったのだが、今は置いておこう。

 この雌豚はいろいろ知っている。相場ってこんなものだ。

「そうですね、まずは名乗りましょうか。私は神の遣い。『イセ』の者です」

 名乗ったのか名乗っていないのか、とりあえず神の遣い、というのは後回しだろう。

 この展開、どこかで、いやテンプレートの中で見た。

 絶対コレ女神とか出てくるヤツだ。

「イセ? 戦艦か?」

 とりあえず聞き慣れない言葉に反応しておいたのだが、今度は俺の言ったことが、向こうに理解されなかったらしく、謎の女はしばし言葉の検索をかけていた。

「……ああ、なるほど。そうじゃないです。伊勢エビの伊勢ではなく異世界の『異世』です」

「は? なにその安直すぎるネーミング。なんだよそのDQNネーム……うわぁ可哀想。お前生きてて辛くないの? そんな名前で死にたくならないの?」

「どちらかというと今、あなたを殺したくなりましたけど。――――『異世』というのは私の名前ではありません。私の所属する部署の名前です」

「……部署?」

 先ほどコイツは、己がことを、神の遣いと言った。

 つまり神の元――――天界にも企業のように部署とかがあるのか。

「我々はSELNというベンチャー企業です。あ、名刺いります? どうせ持ち越せないですけど」

 ああ、なるほど。と、理解出来た。

 神の遣いとかいいながらも、ただの企業戦士。つまり神を名乗る自意識過剰な人間達の集まりなわけだ。――極端か?

「セルンって……実在する方ではなく?」

「いいえ、まったくの別モノです」

「I○M5100とか関係――――」

「ないですね」

「あ、ですよね」

 どうやら違うらしい。だがパロディにしてもあからさますぎる。この会社設立したヤツバカだろ。間違いない。バカだ。

 そもそもSELNと書いてセルンと読むのは少々無理があるのでは。

 よーし、どういうことか大体読めてきたぞ。

 こいつ、要は俺に依頼をしてくるわけだ。『被験者にならないか』と。

 被験内容は、『異世界を旅する』ことへのレポート。どういう理屈かは分からないが、おそらく異次元への移動を可能にするテクノロジーが開発され、どういうわけか俺がその実験台として選ばれた、のだろう。

 どういうことなのかはどういうわけか俺にも分からない。だが、どういうことなのかは理解している。

 ――これで予想が外れていたらすっごい恥ずかしいけど。中二、乙とか言われちゃう。

「ああ、ついでに補足しておきますと、私個人の名前でしたら、アリカと申します」

「うーん、コードネーム?」

「あ、よく分かりましたね。これは話が早そうです」

「話は遅いかもしれないけど理解は早いと思うぞ」

「ふむふむ、確かに早そうな顔してますねぇ、色々と。まあ、最初からある程度に察しがついてるようなので、やっぱり話は早そうです。SELNが開発したのは『時空を歪めて加工する技術』です。早い話が、空間をねじ曲げて『世界A』と『世界B』を繋げる技術ですね。実は空間というのは距離で表現できるのですが、その距離をゼロにする技術、というのが正しい説明でしょうか」

「どこでもいけるドア的な理屈?」

「まあ、そういうことですね」

 つまり、テレポートの説明によく使われる理論だ。

 Aという座標と、Bという座標を書き込んだ紙を用意する。

 AとBを移動する際、どのような進路を取ると一番道のりが短くなるか?

 答えは簡単。紙に書いてあるAとBを重ね合わせる、である。

 これは某猫型ロボットも説明しているので、アニメを全部見てる、あるいは原作を読んだことがある人ならば知っているだろう。

 かなり簡略化された理論ではあるものの、これを実現するのは不可能だと言われていた。と俺は記憶している。

 そして、その技術を開発、応用してみると、世界と世界を繋げることに成功してしまったらしい。

 果たしてそれは違う世界なのか、はたまた時間を移動しただけなのか。後者だった場合、そこに行った者は行動を抑制する必要が出てきそうだが、俺はおそらくそこまで考えなくてもいいはずだ。

 なぜ? そんなの愚問にも程がある。

「まあ、いいよ。その世界Bに行ってこいって話なんだろ? なぜ俺が選ばれた?」

「いや、実はあなただけではないんですよ。私はあなたの担当ですが、他にも担当者はいます。あなたのように選ばれた人が他にもいますよ。詳細は教えられないですけど」

「はいはい、なるほどね。リライフってわけだ。で? その世界は特地とか呼んでんの?」

「いいえ? 別に名前はありませんね。そうですね、番号で呼ぶのであれば『960世界』、ですね」

「そんなに世界繋げたのかよお前?! ウッソだろ?!」

「いえ私はやってないですけど。強いて言うのなら、この『960世界』が初めてですね」

「ああ……。お前ら人を送る度に世界繋げてるんだな。しかも俺で960人目かぁ。時空壊れそう」

「一時的に繋げてすぐ閉じているので、問題ないですね、多分」

 パッと空けてパッと閉じる。冷蔵庫にある冷気を逃がさない手法に似ている。が、俺の持論では開け閉めするより開けっ放しにした方が冷気を逃がさない。

 しかも、激しく空ければ無駄に冷気は逃げていく。

 これは冷蔵庫の話だが、空間ではどうだろうか。開けっ放しはもちろんダメかもしれないが、開け閉めするのも良くないだろう。

――――ん? よく考えたら時空をこじ開けることすらダメなことな気がするぞ。

「まあ、とにかく。あなたには別の世界で暮らしてもらいます。しかし持ち越せるモノは何もありません。お金も、対人関係も、何もかも。服は特別にサービスですけど、その身体、服、それ以外はなにも持ち込めません。戻ってこれる保証もありません。ていうか、戻らせる気もありません。つまり、第二の人生ですね。全てを捨てて新しい生活を手に入れるか、拒否してこの場で死ぬか、選んでください」

「待て、それ選択権なくね?」

「はい? あるじゃないですか。拒否することもできるんですよ。ただし死にますけど」

 死ぬのが嫌なら拒否権がないということなのだが、コイツにはどうにも通じていないみたいだ。

 どうやらこの界王星は俺が逃げられないように一時的に留める目的で用意された世界らしい。

 さて、ここからゴリラとバッタを追いかける試練が課せられたらどうしようかって考え始めたわけだが。

「さて、これから一つだけ試験が――――――――」

「いや待った。こういう話にありがちなことを忘れている」

「はい? なんですか?」

 本当に試験があるみたいなので、とりあえずその話はマズい、そう直感した俺は話を逸らすことにした。俺の特技、話術が発動するときが来たみたいだ。

 ……なんて言ってみるものの、自信なんてなかった。平生にして俺はコミュ障である。

「こういった話のお約束、テンプレ、いつもの、実家のような安心感。――――つまり、主人公特有の能力だよ」

「はい?」

「はい? じゃなくてさ、ほら、あるだろ? 女神が何か一つ力をくれたりする、そういうの。お前さっき神の遣いって言っただろ? ほら、そういうの、あるでしょ? ね? 好きな能力をくれるとかさぁ。理論や理屈なんてどうでもいいんだよ、世界を移動するときに細胞が突然変異して開花するとかさぁ、ほらほら」

「急に饒舌になりましたね……」

 実際、そういう展開はある。と、思う。

 ありふれているかどうかは置いておいて。ただ、よくある設定だというのは思うことだ。

「んー、まあ、ありえない話ではないですけど……、確かに、そういう事例も聞きます。詳しくは本社に戻らないと確認出来ないですけど……。でも、かなりの低確率だったと思いますよ? それも自分の思うような能力は手に入らない、というのが旧套、なのでは?」

 彼女の言う通り、自分の欲しい能力が手に入るなど、かなりのご都合主義であり、主人公補正にステータスを極振りしている。もしくは、運MAXだ。

 そうなると、自分にプラスになるような能力が会得できるとも限らない。自分にマイナス、つまり生活する上で不利になるような能力だった場合、そこで俺のリライフは終わってしまう。

 だが、異世界に行くことが確定している以上、何も持って行けない以上、その先で生きていけるか分からない以上、なにかしらかの能力があっても、マイナスになることはないだろう。

 むしろ、ゼロかプラスである。

 能力なしに異世界に行ったところで、そのまま餓死してしまっては意味がない。そういう事例は考えられないわけではない。コイツらSELNは異世界に行った後のサポートは一切しないだろう。それは間違いなくゼロであり、役に立たない能力だったとしても結末は終わりだろう。つまりこれもゼロ。しかし、役に立つ能力が手に入れば、紛れもなくプラス。ならば、生きるか死ぬか、それしかないのであれば、そうなのなら、俺は迷わず、能力を手に入れる方に賭ける。

「あ、申し訳ないですけど、私は操作できませんよ?」

「あ、そうか。……………………そうか」

「残念でした。死にますか?」

「死なねぇよ! むしろお前が死ね!」

「死ね死ね、と口が悪い人ですね」

「今のはお前が切り出した気がするけど」

「やはり死ね、という言葉を別の言葉にするべきだと思うんですよ。私は前々からそんなことを思ってました」

「お前バカでしょ」

 どっかの企業のエージェントだか知らないが、コイツは間違いなくバカである。

 俺もまあバカである自信はあるけども、それは学力の話だ。コイツのバカというのは学力的ではなく、なんというか性格面、だろうか。

「いえいえ、私はこのことについてお風呂に入るときも、寝るときにも考えていますよ?」

「想い人? お前、死ねの代替に対して恋してるわけ?」

「恋、というより来い、ですねぇ」

「まあ、確かに、殺すの代替としてロコスとか、そういうのは聞いたことがあるけどさ」

「分かりました。では死ねの代わりに『ネッシー』でいきましょう」

 ここまでだいぶセウトな話をしておいてなんなのだけれど、それは間違いなく訴えられる。ここで間違いなく訴えられてしまう未来が確定した。

 具体的に誰かというと、どこかの湖に生息するUMAから。

「あ、ダメでしたか」

「当たり前だろ。っていうか話を戻そう」

 俺らはなんの話をしていたのか。忘れてしまう前にちゃんと戻せて良かった。……なんの話をしていたんだっけ?

「ああ、あれですよね。能力がうんたらっていう」

「それそれ」

「で、異世界でも無能力者レベル0のあなたがすぐにおっちぬって話ですよね」

「あれ? そんな話だったっけ」

 俺がネッシーっていう話はしていなかったような気がする。するだけか?

 いや、待て。ここで一つ疑問になった。

 ネッシーというのははたして動詞なのか? どう見ても、どう考えても俺には名詞に見えるし、そう思う。

 もし、仮に動詞だとしよう。だとするのならば、使い方として、『ネッシーする』という使い方をするのではないだろうか。

 その方がなんというか、しっくり来ると想うのだ。俺は。

 そう、思う……思わない?

「いやいやいや、待ってくれ。可能性としてどれくらいなんだ? 俺が能力を得るのは」

「うーん、そうですね。真面目に答えるのであれば、――これはあくまで憶測ですけど、1%も満たないと思ってください」

「1%、か……」

「そうですね、959あるモルモットの中でも、数人しか確認されていませんから」

 1%以上あるんじゃね? って思ったやつは間違っているぞ。こいつがバカなのもあるけど、もっとデータを集めたとしても1%に満たない結果しか出てこないという予想からこの言葉が出てるのだ。

 それを踏まえてなお、やはり、そうか。いやここで改めて確信する必要はないのか。元から同じような事は告げられていたのだから。

 しかし、それはどういう状況だったのだろうか。

 その、能力を発言した者の状況。――――いや、その世界の状況は。

「少しだけでもいいんだ、思い出してくれアリカ」

「ずいぶん気安く呼びますね……まあ、確かに私とあなたでは年齢差はあまりないですけど」

 俺と同い年か、もしくは年下にも見えるこの女。妙な親近感から話をふってみるものの、やってみるものだ、といったところか。

 ここまで律儀に答え思案してくれるとは思わなかったのだが……。っていうか、俺が言うのもなんだけど、こいつ仕事しろよ。

「その能力が発言した人間……、どんな世界に行ったんだ? なんでもいいんだ。例えば――――その世界に、とか」

 かなり核心に迫った。

 発言した者の共通点がソレだった場合、ここからは簡単だ。

 現状、砂漠のど真ん中にでも放り投げ込まれてもおかしくない。だが、ここからうまく話を運べば、とりあえずのねぐらくらいまでは確保できると俺はふんでいる。

「……そう、ですね。その可能性は無きにしも非ず、ですね」

「少しでもいい、確信を持ってくれ。思い出してくれ」

「フム。…………ええ、その通りだと思います。魔法、ないしはそれと同等のモノ。それがあったのだと思います。しかもそれは万物に与えられる類のモノである、可能性が……高いですね」

 彼女の予想する通り、ただ魔法があるだけでは無意味である。

 つまり、『その世界の住民は等しく魔法が使える』世界であること、それが共通点だ。……予想ではあるが。

 ただ魔法があるだけ、覚えられるだけ。それでは意味がない。

 覚える前に死ぬ可能性がある。というか死ぬだろう。ネッシー不可避なのだ。

 だがどうだろう、よく考えてほしい。

 世界に魔法があり、万人が魔法を使う。別に魔法である必要はない、なんらかの能力、異能、なんでもいい。とにかく、この世界……俺が住んでいた世界にはないもの、それが常套であり、当たり前であり、当然で然るべき世界。

 そこに新しい住人が来る。誕生することと同じであり、その時点で能力は発現する。神の恵みでも、なんでもいい。とにかく、万人が使え、なおかつ万人に与えられる能力、それが個々だろうと別々だろうと関係がない。

 それさえあれば、その仕組みがある世界ならば、俺の生存率は格段に上がる。ほぼ生き残れると断言してもいい。俺はそこから生き残る自信がある。

 ただ、やはり役に立つ能力ではないとならないが。

「――――探して、くれないか」

 ここから、始まっている。俺の異世界物語は。

 この駆け引きから、始まっているのだ。

 ここでうまく言いくるめられなければ俺は死ぬだろう。

 死ねばもちろんゼロ。いや、今はマイナスで、しかも、被害を被るは俺だけではない。

「お前、SELNの社員なんだろ」

「ええ、そうですけど。でも探すなんてそんなこと……」

「ここまで、何人が実験台にされた?」

「あなたで960人目ですね」

「つまり、そこまでやってもこの仮説にたどり着いた者はいないってわけだ」

 ……それはどうだか分からない。だが、例の数人以外、気付いていないのは確かだ。

 もちろん気付いているかもしれない。試したかもしれない。その結果で1%未満かもしれない。

 だが、成功しているのならば、自由に能力を得られるのであれば……。それは紛れもなく『成果』だ。

「つまり、ここで成功すれば、見事に能力を手にして、俺がいい結果を残せたのなら、それはお前の成果に直結するということ」

「……………………」

「別に、無理はしなくてもいいぞ。ただその場合、960人いるエージェントの下っ端も下っ端、下の下の下のパシリでお前は通行止めさ。失敗しても同じ事。だが、成功すれば、お前は上の上にまで上れる。試してみようとは思わないか? 960分の1。その頂点になれるんだぜ?」

「な、る、……ほど。私の明るい家族計画のために一肌脱げと。そういうことですね」

「え……別にお前の将来の家族とかは知らないけど」

 明るい家族計画で一肌脱ぐというのはなかなかにして淫猥……ゲフン。そんな話はしていないのだ、俺は。

「いいでしょう。本来、選ぶことはできないですが、今回は私の一存で、独断で、やらせていただきます」

 ――――かかった。

 俺はここで勝利を確信する。絶対の勝利を。

「ああ、そうだ。重大な規則違反かもしれないが、成功すればそんなものは免除だ。むしろ二階級特進まちがいなしだ。よく選べよ、良い世界を」

「ええ、大丈夫です。心配しなくても、今見つけましたよ」

 二階級特進は死ぬことを暗喩したのだがそれに気づかず女は続けた。

 よし、これでいい。これで俺は……。

 アリカと名乗った俺と変わらぬ年の女は、タブレット端末を操作していた。

 ずいぶんとハイテクな世界移動だが、その世界移動そのものがハイテクなものなのだから仕方ない、か。

「ここでいいしょう。いや、ここしかないでしょうね。明細な詳細、そしてこの事項。まちがいなくこのために、今のために用意されたとしか思えない世界……。ここが本当の第960世界です」

「よし、早くしてくれ。俺はもう待ちきれない」

 ここにきて、元の世界とか、生活とか、持ち物とか、関係とか、なにもかもがどうでもよかった。戻れないし、拒否すれば死ぬとか、そんなことは些末なこと。どうでもいい。

 それよりも、能力を手に入れ、そして新しい世界で暮らすことの方が魅力的だった。

 悲しいかな、俺には魅力を感じる日常がなかったのだ。……だからか、だからこそ、なのかもしれない。俺が選ばれた理由は。

 そういうヤツばかり選んでいるのであれば、生存する者など少ないに決まっている。だが、元の世界に未練があっても同じ事。

 つまり、これは俺にしかできなく、俺がやるべき役割なのだ。

 なぜ? ――――俺は頭がいいからな。しかし学力的な意味ではないことだけは注解しておく。

 タブレットの画面は見えないが、手の動きから察することができる。今、彼女はまちがいなく『決定』を押した。

 これからゲートが開くはずだ。

「よし、あなたの足下に次元の穴が開きます。割と一瞬なので、伸びとか、手を伸ばしていると手が置いていかれるのでご注意を」

「持ってかれるのではなく置いてかれるのか……」

 なんとなく手足がさみしくなり、ポケットをまさぐってぬくもりを求めたところ、コインを見つけた。

「なるほど、運試しってことか……」

「……それは私からのささやかなプレゼントです。雀の涙ならがも金銭に換えてくれれば幸いです。――――って、なにを?」

「いや、ただのコイントスだよ。最期の運試しさ、表と裏、どっちだと思う?」

 俺は超電磁砲など撃てないが、同じポーズならすることができる。

 さて、もちろん俺が選ぶのは幸先が良くなるように表だ。

「じゃあ、裏で。でも、もう開きますよ。穴が」

 その言葉が終わると同時に、開いた。

 開くと同時に、俺は重心を後ろに移し、仰向けの状態で落ちていった。

 そうすることで、腕を持っていかれずに済む。

 俺から見て前、つまり上に目一杯手を伸ばし、穴が閉じきる前に、コインを弾き入れた。



 ――――――――俺はそのコインが何を示したのか分からないが……、結果から言うと、。


 そうして、長くの暗転。いずれ意識すら暗転していた。

 そうして、俺は元の世界、日本を離れ、次の世界へ旅立ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高2の時、俺の書いたレポートに「ウ○キペデ○アを丸写ししたみたい」って文句つけたAくん見てる? ライズ @Rize_tan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る