第2話 戦いの始まり

 私は、暗くて汚らしい場所で目が覚めた。床は何かの液体で湿っている。

その液体が全身に付着している。不愉快である。

立ち上がり、身体にまとわりつくような液体を落とす。私の腕はひどく長く、その一本で全身に触れることが出来た。

 ふと、周りを見渡す。私の他に、まだ何か居るようだ。


 「誰かいるのか?」


 大きな声を出した。すると、周囲の影が、黒いものが動き出した。おぞましい姿だった。全身が真っ黒であり、その黒く長い両腕には棘のようなものが生えていて、鋭いかぎ爪を持っている。目が異様に大きく顔の半分ほどもある。濁った色の目。顔のパーツはまた大きな牙のある口がその両目の間にあるのみである。脚も長く、こちらには棘はないが、爪は手と同じく鋭かった。どこにも毛が生えておらず、また、耳や鼻が見当たらない。しかし、その機能を果たすのは黒く、鋭い棘の生えた頭の横に小さな穴がいくつか見えるため、その穴だろうと私は思った。


 「あんたにも、知能があるのか?」


 黒い生き物の内のひとつが、私に声を掛けてきた。知能?何の話だ。


 「どういうことだ?」

 「俺たち4匹だけかと思っていた。しかし、あんたは人の言葉を話す。自我を持っているようだ。」


 改めてみると、おびただしい数の黒い生き物の中心に、私と、私に話しかけてきた一匹、その他に三匹が居た。どうやら彼らがここのリーダー的存在のようだ。それならば、脱出方法を知っているかもしれない。私は、こんなところで、こんな生き物たちと共にいるのは御免だ。


 「どうやったら、ここから出られる?」


 その問いに対し、四匹は暗い表情を見せたように感じた。ほとんど表情など分からない顔立ちというべきか、いや、造形であるから仕方がない。


 「出られない。俺たちは、『アレーナ』の見世物だ。戦って戦って死ぬまで、ここから出られる奴なんかいないよ。所詮は人間の道楽の為の『怪物』なんだ、俺たちは。あんたはまだわかっていないな。そんな顔をしている。そこの水たまりで自分の顔をじっくり見てみろ。」


 言われるがまま、私は水たまりの近くに這っていき、その中を眺めた。薄々感じてはいたが、やはりそうだった。


 「私も、お前たちと同類か。」


 そこにいたのは、私が見ている彼らと何ら変わりない、恐ろしい自分の姿であった。


 「そうだ、出るなんて不可能だ。諦めて、生きる努力をしろ。」

 「いや、待て。ツー、こいつもいれば、もしかしたら、」

 「黙れ、スリー。無理に決まっているだろ。」


 何の話だろうか。スリーと呼ばれたものは、興奮気味に言った。


 「いいや、聞けよ、ワン、ツー、フォー、そしてこの場にいる全員!考えてみろ、ここには知能を持った最強の戦闘種族が五体もいる。最強の戦闘種族に限るなら、その数は無限だ!人間が、愚かな人間が作り上げた機械で毎日量産される!そんな我らが、日頃不当な扱いを受けているのだ!人間から!殺し合いを強いられる!奴らの快楽のために。俺は、もう、許すことが出来ない。ここにいる我らで、奴らに復讐を仕掛けようじゃないか!外の世界で、奴らに、食物連鎖の頂点ではないということを、思い知らせてやるのさ!」


 早口に、大声で、そこまでまくしたてると、スリーは私を見た。私の同意を待っているようだった。どうやら、知能を持った『怪物』のなかでも最も優れた頭脳を持つのは、最後にうまれたこの私であると、その場のものたちは考えているようだった。


 「悪くない。」


 私の答えに、皆の顔が一瞬輝いたように見えた。


 「しかし、いささか早い。もう少し時が必要だ。」

 「どのくらいだ?」


 私は微笑み、答えた。


 「二か月だ。それまでに、準備を済ませ、計画をたてよう。ワン、ツー、スリー、フォー、そして他のもの、良いか。」


 全員が頷いた。


 そして、私たちはその日が来るのを待った。その日までに死んだ同志たちをはるかに上回る数の新たな同志たちが生まれた。


 ついに、その時が来た。


 私は、外に出た。


 私たちは、外に出た。


 人間どもは逃げまどい、必死に私たちから逃れようとした。


 許さない。それは、『アレーナ』では許されない。


 命を惜しむな。そう言っていたのは、


 殺せ、殺せと言っていたのは、


 お前たちの方だろう?


 

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HiSTORY 柚子きつね @historia

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