HiSTORY

柚子きつね

第1話 出会い

 建国神話にも登場するほどの歴史を誇る、とある古い「人類」の家系の現当主が、禁忌をおかしたとして国家権力によって消されたという記事は、記憶に新しい。彼が一体どのような罪で裁かれたのかを知る者は少ないが、どのような方法で裁かれたかという項目の方に殆どの民衆は関心があるようであった。

 近年、一般の国民の興味が分かり易く権力によって操作されていることを感じる。それも、娯楽施設である闘技場、「アレーナ」が完成してからというもの民は日頃の鬱憤をはらすために、新鮮な歪んだ興奮を求めているように思う。無論、皆が皆そうであるということではないが、大多数が以前よりも「怪物」同士の闘いや、反逆者への処罰として行われる「怪物」と「人類」との闘い、所謂「公開処刑」に高揚している。


 「最近、何か不自由していることはございますか?」


 長く沈黙が続いた面会にしびれを切らした、若い男が少し苛立った声で切り出した。


 「いいえ。」


 無愛想にたった一言返す。相手に恨みがあるわけではないが、別段気に入っているわけでもない。百瀬雪政は高慢な性格も相まって、良好な関係を他人と作り上げることをもっとも苦手としている。雪政と対面するように座っている若い男は、不自然なほど白く清潔な空間に長時間無愛想な少年と向かっていることに疲弊したのか、一度ため息をついて立ち上がり、奥にある真っ白な扉を少し開けた。


 「無いというのならば、何故また我々のもとにお越しになったのですか?百瀬様。」

 「その呼び方は大変不愉快です。」


 雪政はこちらに振り返った若い男を睨む。まだ14歳の少年であるが、その濃い紫色の瞳から感じる怒りは確かなものであった。


 「また、お父上の事件のことを訊きにいらしたのですか?ええ、何度でも申し上げますが、我々であの件は解決をいたしましたので、どうかお引き取りください。貴方が知るべきことでは無いのです。」


 口をはさむ前に、若い男は雪政に再び背を向けて早口で言った。百瀬霧政、すなわち雪政の父が「公開処刑」されたのは、一か月ほど前のことであった。百瀬の家は、まだ「日出ノ国」が存在した頃から続く、由緒正しき家柄である。そんな名家の現当主が一体何をしでかしたというのか。それは、世間にはもちろん、唯一の息子である雪政にすら伝えられていない機密事項であった。


 「父がした過ちを、僕が継ごうとしているとでも考えているのですか?」

 「そうではありません。しかし、教えるわけにはいかないのです。」


 そのことを不満に思う雪政は、一か月間ほぼ毎日、この「影」の機関に足を運び、同じ質問を繰り返した。そして、同じ返答を繰り返し受けてきた。まだ幼さの残る端麗な顔を出来る限り険しくしても、事態は変わらないようである。


 「分かりました、それでは、」


 言いかけて止まる。それは、若い男の後ろの少し開いたままの扉から、見覚えのない褐色の細い腕がのぞき、雪政の声を遮るようなどなり声がしたからである。


 「緊急事態発生!『アレーナ』より『怪物』五体が逃走した模様!近辺に居るものは至急応援に向かえ!」


 音声と同時に、扉を大きく開け、腕の主が姿を現わした。背の高い女性である。後ろで一つに束ねた黒く長い髪と、大きな碧い宝玉のような瞳が印象的である。


 「ユリハ、その子を連れてできるだけはやくこの街を出ることが私らの特別任務だってさ。さっさと上着を引っかけて出るよ!あいにく走る以外の移動手段は主動部隊が持っていっちまったみたいだからな。」


 「俺は個人的にはお断りしたいんですが、我儘は言えないような状況みたいですね。じゃあ、お坊ちゃま、立ってください。走って逃げますよ。命が惜しければ命令通りに行動することです。」


 雪政が何か言う前に、褐色肌で黒髪の女性は彼のすぐ近くまで歩いて近づいてきた。そして、紺色の地味なマントで雪政を無理矢理包み、胸の所をボタンで留め、そのまま彼を軽々と肩にかついだ。


 「はあっ?!な、何を、」

 「この方が置いてく心配がないからな。坊ちゃんの足は丈夫とは思えない。悪いが私に黙って運ばれてくれ。」

 「さすがの怪力ですね。俺は結構ですよ。」

 「分かっているから無駄口を叩かずに早く出発の準備をしろ、あと十秒で出るぞ。」


 見知らぬ女性の肩に担がれたまま、雪政は放心していたが、いざ女性とユリハと呼ばれた若い男が白い部屋を出たのちに地下道を抜けて走り出したところではっと意識を取り戻し、何が何だか分からないまま女性に大声で尋ねた。


 「一体、何が起こったんだ?!あと、あなたは誰だ?!」


 女性は走りながら雪政のマントのフードをもう片方の手でぎゅっと強く被らせて答えた。


 「ちょっと黙っておきな、百瀬の坊ちゃん。あと、私のことを呼ぶときにはルルと呼んでくれればそれで構わないよ。」


 ユリハとルル、そしてルルの肩に担がれた雪政の三人は、長い長い地下道をひたすら駆けて行った。

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