最終話 『超すいりくらぶ』の日常は終わらない


 ニャ太郎は見つかった。

 外が気になったのか、大手アパレルショップから出てきた美人さんがその手に持っていたのだ。


「ニャ太郎っ!」


「ニャアッ」


 倉持日向とニャ太郎の感動の再会である。

 しかしまあ、よくこんなところまで歩いてきたな、お前。

 まるで美人さんに抱かれたくてここまでやってきたみたいじゃないか。


「良かった、良かった、うんうんっ。これも全てあたしのおかげだ。秘技『審判の聖杖ジャッジメント・セントステッキ』は必ずや正解へと導くのだ。ワッハッハ」


 自画自賛して、しかもグルグルバットに大層な名前を付けている麻耶。

 言っておくが、お前のしょうもない推理ボケがなければ、ニャ太郎はもっと早く見つかったんだからな。特に屋上のやつ。


「本当に良かったですねぇ、ニャ太郎が見つかって。さあ、皆さん学校に戻りましょう。雨で濡れて汚れたシルクハットとお髭を早く洗いたいですぅ」


 びしょびしょの制服やぐちゃぐちゃの髪を一切気にしない橘が、小道具への愛着を示す。

 オーケー、分かった。橘にとってその小道具がとっても大事だってことで、ファイナルアンサーだ。もう言及はしないさ、うん。


 そして俺達は学校への道筋を辿る。



 ◇



「あ、散らなかったんだっ」


 途中、あの凶悪的な暴風雨にも負けなかったのか、僅かながら花を残している桜の木を見つけたとき、倉持日向が明るい声を出した。


「やけに嬉しそうだな。思い入れでもあるのか?」


 何とはなしに俺は聞く。

 すると倉持日向は答えた。

 

「思い入れとかは特にないですけど……あの、決めていたんです。この桜に一枚でも花が残っていたらちゃんと言おうって。……あの、も入部していいですか? 『超すいりくらぶ』に。その、とても楽しそうだから――」


 俺、麻耶、橘が顔を見合わす。

 別にどうしようかって確認し合ったわけじゃない。

 皆がみんな、大歓迎の意を分かち合いたくて、そうしただけだ。


 その旨を麻耶が伝えると、男のくせに可愛い倉持の顔に花が咲いた。

 ドキドキさせんなよ、くそ。

 ところで一つ言っておくと、例え花が全部散っていたとしても俺が誘っていたけどな。

 橘までが若干、麻耶バカ寄りになった今、制御役にもう一人欲しかったからさ。

 

 ということで、これから宜しくな、倉持。



 ◇



 ◆4月22日


「クイーンの御霊よ、いざ降臨せん。我、謎見つけたりッ!」


 俺がたまたま出会った麻耶と共に部室へと向かっていると、突然それは始まった。

 まだ早くないか? いやなんとなくそう思っただけだけどさ。

 ――あ、やべっ、スリッパ、部室だ。


「あたし達は今、部室へ向かうために廊下を歩いていたはずだ。なのに何故だっ! 廊下の奥に集まっているのは、奇妙な態勢で、且つ苦痛に顔を歪めて断末魔の叫びを上げる白装束を着た男達ッ! ……廊下を歩くという日常の前に突如現れた、目を背けたくなるような非日常――。

 このような光景を目にすれば誰もが夢だと片づけてしまうが、だがしかしっ! あたしは違う。あたしは現実から目を背けることは断じてないのだッ!!」


 どの口が言ってんだか。

 アルカトラズ刑務所にバミューダトライアングル。そして地球外生命体――。

 お前ほど現実から目を背けてるやつはいないだろ。


 俺は、“やれやれ”と欧米人並みのオーバージェスチャーを済ませると、スリッパの代わりのを握りしめて麻耶の次の言葉を待つ。


「謎は解けたっ。真実はたった一つ! あたしの推理はいつだって真実の扉にしか繋がっていないっ! 聞けぃ、ファインバーグ警部よ。そして心して聞くのだ。決して平静さを失ってはダメだぞ。

 ……奴らは生前に大罪を犯した死人。よってここ地獄、それも大叫喚地獄だ。あの耳を塞ぎたくなるような断末魔からそう断定せざるをえない。そう、我々はどうやら死んだらしい。死んだ理由はそうだな、トラックにでも轢かれたのかもしれないな。記憶にないが」


 言ったな、おいっ。

 まるで最終回かのように、これ以上ないくらいに現実から目を背けたぞお前っ。

 まあいいやっ、取り敢えず食らっとけ――。  


 ズゴオオオオオオオオンッ!




 


【彼らは死人でないのであれば何者なのか――? 真相はこのあとすぐっ】







「期待を裏切らないよ、お前は。最高だ、ははっ。……で、大叫喚地獄だって? 仮に死んでそこに行くなら、殺生、盗みに邪淫に妄語のたぐいの罪を犯さないとダメだろ。ボケという名の妄語を繰り返しているお前はともかく、全うに生きてる俺が行くわけないんだよ。いや、待て。面倒くさいから言う。俺達は死んでいない。以上」


「じ、じゃあ、あたし達は生きているのかっ? それは良かった――つつッ、せ、生を実感したら急に頭が痛くなってきた。なぜだ?」


 俺はこぶしを摩りながら答える。


「知らん。そして謎の答えだが、、な。雨が降ってるから校内で筋トレをしてるんだろうけど、全部員で空気イスをして、しかも苦痛の表情で叫ぶ姿は異様にも程があるな――」



 ◇



 俺と麻耶が部室に入ると、すでに橘と倉持が来ていた。


「遅かったですねぇ、お二人さん。どうかしたのですか?」


 シルクハットに付け髭で『アンリ・バンコランモード』の橘が聞く。

 そういや、今日は親睦会。しかも何故だが知らんが、“仮装をして”だったっけか。


「いや、麻耶こいつが来る途中で早々に推理ボケを始めちゃってさ。あとは野球部共が廊下で筋トレしているせいで迂回するはめになったってのもあるな」


「それは災難でしたね。……あ、あの、チャッピー君。僕のこの恰好ですけど、その……似合って、ますか?」


 麻耶の推理ボケも含めて災難と断じる倉持が、恥じらうように顔を赤らめて俺に聞く。

 倉持は肩まである金髪のかつらと、ミニスカポリスのような制服を装着していた。


 こんなに可愛い子が女の子のはずがない――。

 いやいやっ!


「な、何やってんだ、お前。何がどうしてそうなったっ? いや、可愛いけども!」


 やべ、言っちゃった。

 その瞬間倉持の瞳が見開き、顔の赤みが更に増す。まるで熟れたトマトのようだ。


「嬉しい、です。チャッピー君にそう言ってもらえて……」


 その反応、何なの? え? え?


「日向ちゃんにはぁ、キャロル・オコンネル(マロリー・シリーズ)の探偵役でもある、巡査部長キャシー・マロリーになってもらったんだ。やっぱり似合ってるよねぇ、うんうんっ」


 自分の手柄とばかりに喜ぶ橘。

 いや、キャシー・マロリーは確かに美人だよ。

 そんな恰好してたかどうかは知らないけど、その鮮烈すぎる美貌ゆえに張り込みや尾行もできないって言われてるしな。

 

 だがしかしっ! ――倉持は男だ。


「おい、チャッピー。お前はこれを着るんだ」


「ん? うおっ!」


 俺は麻耶が投げてきた衣装を受け取る。

 何だよ、これ? これじゃ俺はまるで――そうか、俺の名前に関連付けたってわけか。

 バカみたいだけど、今日という日くらいはいいか。


 ――いつからだろうな――。


「で、麻耶。お前は何も着ないのか?」


「あたしは着なくていいのだ。あたしにはエラリー・クイーンの御霊が宿っているからな。コスチュームなどという紛い物のくだらん体裁など必要ないのだ」


 ――このクラブを自分の居場所にしちまったのは――。


「お前、今全員敵に回したけど、分かってる? ……ところで親睦会って何やるんだ? 仮装するってところまでしか聞いてないけどさ」


「聞いてないのか、チャッピー。仮装してみんなが名探偵モードになったところで、外を練り歩くんだ。そして見つけた謎に全員で立ち向かう。正に親睦を深めるに相応しきイベントであるっ」


 ――それが正しいのかは正直わからない。だってそうだろ? 俺が求めていたのは普遍的なミステリー研究会ってやつだったんだからさ――。


「……は、はははは、くくくく、はははははっ!」


「むむ、な、何を笑っている? チャッピーのことだからてっきり反対でもするかと思ったぞ」


 ――だけど、もうそんなことはどうでもいいんだ。居場所にしたってことは、このクラブでこいつらと一緒にいたいってことなんだから。そう、それだけでいいんだ――。


「いいぜ、行こうぜ。今日は俺もバカになってなるよ。通報されたらそん時はそん時だ」


「そ、そうかっ! では行こうではないか――むっ!? ま、待てっ、その前に――」


「お、早速見つけたか? よし、こいっ」


 ――だって楽しいんだからさ。人生それが全てじゃないのか? そして――。


「クイーンの御霊よ、いざ降臨せん。我、謎見つけたりッ!」


 

超すいりくらぶおれたち』の日常は始まったばかりだ。



 


 ――おわり――。


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