第7話 雨の七分間


 ラジコンヘリコプターが壊れて半べそ状態の坊主が言うには、白い猫が西の方角のほうへ歩いていったらしい。

 なので俺達は西へと足を向けた。


「追えー、追えー、きゃつは西へと向かったっ。皆の衆、逃がすでないぞっ! 大捕り物じゃあああっ!!」

 

 ステッキをブンブンと振り回して住宅街を西へと突っ走る摩耶。

 おい、キャラがぶれてるぞ、それとも何か? エラリー・クイーンは引っ込んで、代わりに銭形平次の御霊でも降臨したのか?

 

「うんうん、いいですねぇ、いいですねぇ、この獲物を追いかけている感覚ぅ。やっぱり『アンリ・バンコランモード』になったのは正解だったようですぅ」


 そして俺の横を仮装した橘が駆けていく。

 引退後、アンリ・バンコランは狩猟に没頭したというが――橘よ、ニャ太郎は獲物ではない。狩るなよ。


「はあ、はあ、……みんなよく走りますね。なんであんなに体力が……はあ、はあ」


 振り向くと倉持日向が疲労の色を浮かべて、よたよたと走っている。見た感じ体力がなさそうだったから、俺は別段だらしないとは思わない。

 というより前を走っている二人がおかしい――。ただそれだけだ。


「あの二人はどちらも変なのが宿っているからな、疲労を感じる暇もないんだろう。付いてくるのが辛かったら学校で待っててもいいぞ。ニャ太郎見つけたら連れていくからさ」


「いえ、一緒に行きます。ニャ太郎は家族みたいなものですから、自分で見つけて抱きしめてあげたいんです」



 倉持日向の瞳に確固たる意思が宿る。

 俺はそれを見て無言で頷く。

 そうだよな、家族だったら他人任せになんてできやしないもんな。


 ――ところで空がどんよりとしている。風もさきよりも吹き付けてきて、今にも嵐でも発生しそうな天気だ。

 早くしたほうがいいな。

 俺は足を早める。が、すぐに立ち止まっている摩耶と橘にぶち当たった。


「何やってんだ? んなとこに突っ立って。早くニャ太郎探そうぜ。どうやら嵐の山荘並みのでかいのがきそうだぜ」


「分からないんですよねぇ。どの道に行ったのかぁ」


「え?」


 橘のそれを聞いて俺は周囲を見渡す。そしてすぐに合点がいった。

 十字路の真ん中に俺達はいたのだ。しかもどの方向の道もすぐに左右どちらかに折れてしまっていて、どの道が正解か分からないのだ。

 いや待て、四人別々に別れて探せばいいだけのことだろ。

 単純なことに気付いたとき、


「秘技を使うしかあるまいな」


 摩耶が呟いた。


「秘技ってなんだよ? ふざけたことしてる暇はないんだぜ」


「ふざけたことではないっ。秘技はこのステッキを使って行うものだからな。ステッキの有効利用、それは敬愛するエラリー・クイーンだってしていたことだぞ」


 確かにエラリー・クイーンは代表作『ギリシア棺の謎』の中で、ステッキの先の金具に針を差し込んで、即製の槍として有効利用したことはあるが、それをここでするというわけではないだろう。

 では、摩耶はどう使うのかと見ていると、


 まず、ステッキを押さえながら地面に垂直に立てる。

 次に柄の部分に額を乗せる。

 その状態でステッキの周囲を十回周る。

 そして酩酊めいていしたサラリーマン状態で向かった道の半ばで倒れると、言う。


「おぉい、猫太郎はこっちだぞ~。うえっ、気持ちわる――」


 スパコオオオオオンッ!


 俺は寝ている摩耶の顔面をスリッパで叩く。


「ふざけてんじゃねーかっ! なにが秘技だよ、それはグルグルバットをステッキでしただけだろっ。……くっそー、無駄な時間を食った。おい、どうする、どの道を行く? それとも別れて探すか?」


 俺は倉持日向を見て問いかける。

 ニャ太郎の飼い主に決める権利があると思ったからだ。

 倉持日向は特に考えることもなく即答した。


「エラリー・クイーンの魂が宿っている摩耶さんを信じます。みんなでこっちに向かいましょう」


 本気で信じてんの!? 君っ。

 しかし決めたのは倉持日向であり、俺は素直にそれに従うことにした。選んだ道が絶対違うというわけではないからな。


 それから右へ左へと摩耶の当てずっぽうで道を進んでいくと、憂慮ゆうりょしていた事態が現実となった。

 雨が降り始めたのだ。それはすぐにどしゃ降りとなり、強風が吹きすさぶ。


「ひえぇ、早く屋根の下に避難ですぅ! 体が飛ばされてもこれだけは絶対守るんだからぁ」


 シルクハットと付け髭を必死になって押さえている橘。

 そんなに大事かよ、それ。

 半ばあきれ気味の俺、そして倉持日向がなんとか大手アパレルショップの屋根の下に避難し終えたそのとき、


「クイーンの御霊よ、いざ降臨せん。我、謎見つけたりッ!」


 先に避難していた摩耶が謎を見つけちまった。

 状況を考えろよな、しかもそんなぐっちょり濡れてる状態でよく推理なんぞやる気がでるな。

 と言ってる俺も無意識にスリッパを取り出している。

 やばい、バカのノリに感化されてきたのか、俺。

 

 そして始まるいつもの一幕。


「台風の如き、突然の大雨と烈風……。誰もが身の安全を求めてその場からの退避を試みるのが当然という中、それを良しとしない人間が二人いる。一人は爺さん、そしてもう一人は年端もいかない幼女だ。彼らはこの暴風雨の中で笑顔を浮かべ、そして全くよろめかない強靭きょうじんな足腰でもって立ち続けているが、一体なにをしているのだっ?

 常人なら理解不能の行為だろう。しかしあたしなら、彼らの心理を推理して理会会得することができるっ! できるのだああッ!!」


 続けて始まるシンキングタイム。

 ある意味常人じゃないお前なら、今度こそ真相にたどり着くかもな。

 俺は濡れたスリッパの重みを感じながら待ってやる。


「よし、できたっ! できあがったぞおおおおっ! そうだ、あたしの推理はいつだって真実の扉にしか繋がっていないっ! 聞いて驚くがいい、ヴェリー部長にファインバーグ警部。そして……えーと、ポーラ・パリス嬢よ。そう、彼ら二人は人間ではないのだよ。まずはその先入観を捨てなければならない」

 

 あれ――。

 おいおい、本当に真相にたどり着くつもりか。


「捨てたならば気付いただろう。彼らが地球外生命体だということにッ! 彼らはMなんたら星雲とかいう銀河から地球の内情を知るためにやってきたのだよ。いずれ侵略するそのときのためにな。爺さんと幼女という一見して弱々しい外面と親近感のある笑みも、内包している圧倒的なパワーをカモフラージュするためのものなのだ。しかし今回はそのカモフラージュが仇となったようだな。だってそうだろう、この豪雨の中ではあまりにも不自然過ぎ――」


 スパコオオオオオオンッ!






【爺さんと幼女は一体、何者なのか――? 真相はこのあとすぐっ】






「惜しかったよ、お前。人間でないと疑ったところまでは良かったんだがな。正直、今回俺の出番はないと思ったが、安定の推理ボケがあってなんだか安心したわ」


「地球外生命体でもないというなら、なんだというんだっ!? それとチャッピー、今回のスリッパすごい痛かったんだけど」


「濡れたことによって攻撃力が上がったんだよ。その攻撃力に相応しい推理ボケだったからいいだろ。ところで人間でないなら地球外生命体とか、なんでトンデモ側に振れるんだよ。


 そういえば嵐が収まったな。地球全体で異常気象が多いって話だけど、今のもそうなのかね。時間にして七分か……だからなんだという話だが。

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