第5話 可憐な訪問者

 

 その子はとても可愛らしかった。

 特に透き通った白い肌とつぶらな瞳が印象的で、俺の鼓動はウサギのように飛び跳ねた。

 ――何、やってんだよ、俺。

 俺は平静さを見つくろうと、その子に聞く。


「何か用か? ここは『超すいりくらぶ』という怪しい団体が使っている部室だが」


 するとその子は、もじもじとした態度を数秒続けたのち、ぼそりと呟いた。


「あ、あの……探して欲しい物があって。その……推理で見つけてほしいんですけど、そ、そういうことってやっていますか……?」


 やたらとか細くて消え入りそうな声が俺の庇護ひご欲を刺激する。

 とはいえ、それとこれとは別だ。

『超すいりくらぶ』の活動内容は先日、橘から聞いた通りであり、それが全てなのだから。


 だから俺は言った。


「あー、悪いんだけど、うちはそういうことはやっていないんだ。部活の名前で勘違いしたんだと思うけど、諦めて――ぬはっ!?」


 俺の体が誰かの体当たりを受けて掃除用具入れに激突する。

 いってえええええ。くそ誰だよっ!?

 ――摩耶だった。


「いやいや、遠路はるばる我が『超すいりくらぶ』へようこそっ。それで探し物とは何かな? エラリー・クイーンの御霊に選ばれしこの名探偵摩耶ののかが、スキル『演繹えんえきの芸術』でもって必ずや見つけてあげようではないか」


 瞳を爛々らんらんと輝かせている摩耶は、その子をエスコートするようにしてイスに座らせる。どうやらじっくり話を聞くようである。

 

 ちなみに演繹とは、[諸前提から論理の規則にしたがって必然的に結論を導きだすこと]であり、演繹的推理はエラリー・クイーンが得意とする推理法だ。

 そしてそれは、地球がひっくり返っても摩耶ごときには扱えないものでもある。

 

「何が『演繹の芸術』だよ。舞空術とか平気で言うやつがおこがましいにも程があるわ。そう思うだろ、橘も。どうせ失望させるだけなんだし、その子には悪いがお引取り願ったほうが――」


「来ましたよぉ、チャッピー君っ!」


「え?」


「えぇ? じゃないですよぉ、初めての依頼人じゃないですかぁ。うんうん、楽しくなってきましたねぇ。こういうの待っていたんですよぉ、私ぃ。ミステリー好きの血が騒ぐなぁ。あ、そうだ、お客様に紅茶、紅茶♪」


 摩耶同様に両目を輝かせる橘がそこにはいた。

 どの口が言うんだよと呆気に取られる俺だが、すぐに吹き出していた。


 そうだよな、ミステリー好きならその反応が正しいんだ。それに摩耶がボケても俺と橘がしっかり推理すればいいだけのことだしな――。



 ◇



 その子は名前を倉持日向くらもちひなたというらしい。

 倉持日向は摩耶に探してほしい物は何かと問われ、おもむろに口を開いた。


「……あ、あの、探してほしいのは、猫……なんです」


「え? ……ね、猫?」

 

 分かりやすいほどに声のトーンが下がる摩耶。

 そりゃそうだろうよ。猫の探索なんぞ、推理の出る幕ないからな。ま、推理ボケを出すシチュエーションは多くありそうだが。


「はい。オスのマンチカンで名前はニャ太郎って言うんですけど、あまりにも懐いてくるのでその、学校に一緒に連れてきてしまったんです。でも一緒に授業を受けるのはさすがに無理だから、ソフトケージに入れたまま体育館の裏に置いといたんですけど……帰りに迎えに行ったらいなくって……。今思えばジッパーが開きっぱなしだったような気がするんです。だから……だから、そこから…………」


 倉持日向の言葉が途切れる。

 思い出しているうちに悲しみがこみ上げてきて、二の句が継げないようだ。

 しっかし猫バカだよな。普通猫持参で学校にくるかね。

 ……で、どうするんだ? 摩耶。一応お前が部長なんだし、ちゃんとストーリーを進行させろよな。そんな渋い顔してないでさ。


「さっそく探しにいこぉ!」


 摩耶の隣の橘が進行させた。


「えー、探すの? だって猫だよ?」


 露骨に嫌そうな態度の摩耶。

 だから依頼人の前でそんな顔するな。お前が歓迎したんだろ。


「名探偵だからこそ猫を探すんですよぉ。あのエラリー・クイーンだって『九尾の猫』で猫探しをしたんですよぉ? そのエラリー・クイーンの御霊を降臨させるんだったらぁ、やっぱり猫探しは外せないと思うんですよねぇ。猫探しを制する者は、名探偵を制するですよぉ、ののちゃん」


 どんな格言だよ。その前に『九尾の猫』の猫は犯人の仇名あだなですから。

 ということで橘よ、お前のやる気は賞賛に値するが、摩耶がそんな陳腐な甘言かんげんに釣られるとは思えないぞ。



「探そうではないか、猫のニャ太郎君をっ。『超すいりくらぶ』、いざ出陣じゃっ!」

 


 俺は失念していた。摩耶が大バカだということを。


 ――そして『超すいりくらぶ』の面々と倉持日向は外へと向かうのだった。

 入部して二日目にして学校を飛び出しての部活動ということになるが、さてどうなることやら。

 

                

 ◇



 外に出ると、心地よい春風が全身をなでるように通り過ぎていき、青空に浮かぶ太陽が暖かな日差しを届けてくれる。こんな快晴の日は、いつもはやかましい野球部の掛け声も調和のとれたBGМに聞こえるから不思議だ。

 

 いやはや、気持ちがいいね。無性に体を動かしたくなるが、それは後に取っておこう。ところで――。


「おい、摩耶、お前なんで――」


「クイーンの御霊よ、いざ降臨せん。我、謎見つけたりッ!」


 俺の言葉は摩耶の蒼穹そうきゅうを貫くような声に妨げられた。

 やっぱりそう来たか。しかしさっそくこれじゃ前途多難だな。

 俺はやれやれといった体でスリッパを握り締めた。


「あたし達は確かに外に出たはずだ。だと言うのになんなんだ、ここはっ! 人が誰もいないではないかっ! しかも周囲には威圧的な柵が出現し、人っこ一人いないというのに怖気を誘う唸るような声すら聞こえてくる……。

 一体何が起きたというのだ? ……考えろ、考えるんだ、あたし。そして論理の楼閣ろうかくを築けっ、あたしならできるッ!」


 何が論理の楼閣だよ。ボケの積み重ねだろうが。で、早くしろよ。ニャ太郎探す時間がなくなるだろ。


 刹那、摩耶の目が見開かれて、同時に俺はスリッパを構えた。


「キタコレッ! ……フッフッフ、あたしの推理はいつだって真実の扉にしか繋がっていないっ! そう、ここは刑務所なのだよ。しかも普通の刑務所ではない。囚人の怨念が声となって響き渡ると言われる、あのアルカトラズ刑務所だっ! 

 正直どこの刑務所か悩んだが、というファクターが決め手となった。正に論理的思考。やはりあたしはエラリー・クイーンの御霊に選ばれるべくして選ば――」


 スパコオオオオオンッ!(以後、これはチャッピーがスリッパで摩耶の頭を叩いた音とします。ご了承下さい)






【一体、チャッピー達がいるのはどこなのか――? 真相はこのあとすぐっ】






「いい加減にしろ。なんでここが刑務所という前提で推理が始まってんだよ。学校の隣に刑務所があればまだしもだが、にしたってアメリカのアルカトラズ刑務所のわけないだろ。論理的思考とか口に出すな、ほんと」


「じゃあここはどこなんだ? 刑務所じゃないなら中世の闘技場しか思い浮かばないけど」


「逃避するな、現実からっ。ここは学校だよ、学校っ。そして。柵もあって人もいなくて室外機もうるさいが、刑務所じゃない。まあ、一応ここも外だけど、猫がいる外は下のほうだろ。ほら降りるぞ」


 倉持日向がポカンとした顔をしている。


 ごめんな。だけどこれが『超すいりくらぶ』の本来の活動なんだ。あと何回かあると思うけど付き合ってくれな。猫は探し出すからさ。多分――。

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