第3話 茶色い部屋の謎

 


「おい、橘」

 

 俺は摩耶に聞こえないように小さな声で橘に話しかける。


「なぁに、チャッピー君」


「単刀直入に聞くが、摩耶ってバカなのか?」


「え? うーんバカと言うか……」

 

 橘は人差し指をあごに当てて、上を見る。どうやら考え込んでいるようだ。

 そうだよな、橘だって言葉を選ぶさ。いくら摩耶のことをバカだと思っていても、友達だったらオブラートに包むってもんだ。

 ――で?


「大バカかなぁ」

 

 オブラート破いちゃったよっ!


「言い切ったな、おいっ。容赦なく。無慈悲に」


「でも大バカって言ってもぉ、愛すべき大バカだよぉ」


「愛すべき?」


「うん。だってののちゃんと一緒にいると凄い楽しいからねぇ。あの大バカぶりは私にとって、日々の疲れを癒すアリ〇ミンEXゴールドみたいなものかなぁ」

 

 素直にそれを飲んだほうがいいんじゃないのか。逆に疲れが溜まるだろ、摩耶あれの相手は。


「そっか。ところで確認したいんだが、『超すいりくらぶ』の活動内容って、謎について推理をするであってるんだよな?」


「そうだよぉ」


「具体的にはその、どんな感じなんだ? 謎を抱え込んだ誰かが『超すいりくらぶ』に依頼しにくる感じか? 例えば――恋人が意味不明なメールを送ってきてそのまま失踪してしまった。メールさえ解読できれば恋人の居場所が分かるかもしれない。だから解読してくれ――みたいな」


 すると橘が笑う。それは失笑に近かった。

 え? 何で?


「チャッピー君はぁ、ドラマやアニメや漫画の見すぎですよぉ。そんなことが実際に起きるわけないですもぉん。仮に起きるとしてもぉ、まだ四月の上旬だし気が早すぎですぅ。五月になっても起きないと思いますけどぉ」

 

 いや、まあ、そうだけど……。

 やけに現実的な橘に、そして聞く。


「じゃあ、何をする部活なんだよ?」


「それはぁ、さっきのが全てですよぉ」


「さっきのって?」


「なんでもかんでも謎にしちゃうののちゃんが、あぐれっしぶに推理してぇ、私とチャッピー君はそれを見て癒しを得るんですぅ。あぁ、チャッピー君の突っ込み、あれいいですねぇ。締りますもんねぇ、ここで終わりぃ、ピシャッみたいな? 今まではののちゃんの話いつまで続くんだろうって感じだったのでぇ、毎回お願いしまぁす」


 ……。

 …………。

 ………………。


 はあっ!?



 ◇



 どうやら本当にまともじゃなかったらしい。


 ミステリー好きなら誰だって探偵に憧れる。だからこそ『超すいりくらぶ』に淡い期待を抱いたのだが、とんだ期待はずれだ。まさかバカのおバカ推理に付き合うだけの部活とはな。

 このままきびすを返して、帰路に就こうかと本気で思ったそのとき、


「やっと着きましたねぇ。生徒会室」


 橘が目的地への到着を告げてしまった。

 生徒会室はB棟三階の最奥にあり、A棟二階の一番端にある『超すいりくらぶ』からはかなりの距離がある。

 

 ここからまた部室に戻るのかよ。えらい億劫おっくうだな。

 俺はますますゴーホームの衝動に駆られたが、


「チャッピー君が入部すれば『超すいりくらぶ』もにぎやかになるなぁ。それにぃ、チャッピー君とは話が合いそうだしぃ、ののちゃんの推理に付き合う以外の時間も有意義に過ごせそうだなぁ」


 と、ルンルン気分の橘を見て、すぐに考えを改めた。

 俺も橘とは話が合うと思っていたのだ。橘のほうがミステリーに対しての造詣ぞうけいが深そうだが、それってつまり俺のレベルにも合わせられるということだろうから。

 

 それに橘は――巨乳だ。

 それと別れるのは正直、後ろ髪を引かれる思いでもあった。

 

 いつだって退部はできる。だったら入部したっていいよな。どうせ暇なんだしさ。

 俺は眼前にある木製の仰々しい扉に、『生徒会室』と彫られているのを確認すると、ドアノブに手を伸ばす。


 が、しかし――。


「たのもーっ!」


 摩耶が先に扉を開けた。

 たのもーってお前は武士か?


「生徒会の諸君に話があってきたぞ。話というのはほかでもない、このチャッピーを我が『超すいりくらぶ』に入部させ――んはっ!?」


 開け放った扉の先の何かに驚いたのか、摩耶が素っ頓狂とんきょうな声を上げた。


「始まりそうですねぇ、わくわく」


 そうみたいだな。

 俺は肩をすくめると、突っ込むそのときまで傍観者へ徹することにした。


 摩耶は定番らしいポーズを決め、準備万端のようだ。

 ところでそのステッキどこで買ったんだか。そんなカラフルな模様のステッキをエラリー・クイーンは使ってないだろうに。


「クイーンの御霊よ、いざ降臨せん。我、謎見つけたりッ。……これは一体どういうことだ? 部室から見えた生徒会室には確かに人がいて、多くの机や本の溢れかえった本棚も置いてあったはずだ。だというのに今あたしが見ている生徒会室は、茶色いカーペットが敷かれているだけでもぬけの殻ではないかっ。そんな短時間で部屋の移動は可能なのか? 

 否、ありえないっ! ならば、ならば…………………………………………」

 

 シンキングタイムか?

 ま、せいぜい、突っ込みがいのある推理ぼけを頼むわ。


 ――一分後。


「はっ! そうか、そういうことかっ!! ……ふ、ふふふ、ふははははっ! そう、あたしの推理はいつだって真実の扉にしか繋がっていないっ! つまりこういうことなのだよ、ヴェリー部長にファインバーグ警部。

 彼ら生徒会は、ア〇さんマークの引越社を使ったのだよ。生徒会だけでは短時間の部屋移動は無理でも、彼らプロの力を使えばそれは容易い。おそらく常時待機させていたのだろう。生徒会は潤沢な運営資金を持っているからな。さて、部屋はどこに移動したかのかな? まずは隣の部屋を――あいたっ!?」


 俺は本日三度目のげんこつを落とす。

 今後のことを考えるとかわいそうだから、今度からは別の何かで叩くとしよう。






【生徒会の面々と室内の机や本棚は一体どこへ――? 真相はこのあとすぐっ】






「お前は本当に大バカのようだな。一体、今の答えはどんなロジックに沿って導き出されたものなんだよ。思い付きだろ、どう考えたって。しかもその結論はまるで、生徒会が俺達をあざむくためにア〇さんマークの引越社を普段から常駐させてたみたいじゃないか」


「ち、違うのか? じゃあ生徒会が使用している部屋はどこへいったというんだっ!?」


「どこにもいってないだろ。最初からここにある」


「ここ? ここって隣の部屋――って、あれ? ドアに『生徒会室』って書いてあるじゃん」


「そりゃそうだよ。ここが生徒会室なんだから。。……じゃあ、入ってさっさと手続き済ませちゃおうぜ」

 

 俺達は生徒会室へと入り、そして五分ほどで手続きを終えてまた部室へと戻る。その際、俺は生徒会室を一度だけ振り返った。そしてこう思ったんだ。


 

 本当に本が溢れかえっていたな。隣の部屋を書庫室にする予定なら、まあ、カーペットは茶色いほうがいいわな――。 

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