ジジババコロシアム

不二式

ジジイとババアと私

「どうもー」

「どうもー」

「最近どうです?」

「どうもこうも、腰が痛くてー」

 腰をさするジジイ。

「いやああたしもそうなんですよー」

 同じようなジェスチャーをするババア。でもそこは明らかにケツだと思う。

「よっしゃ、じゃあ殺し合い始めますかー」

「おっし、いっちょやりますかー」

 ジジイとババアはお互いに屈伸したりちょっとストレッチしてから、

近くにある刀剣類や盾などの所にいって、

「よっこらしょ」みたいな感じで立ち上がりやすい椅子に座って、

鎖かたびらとかを着始める。観客がワーワーと騒ぎ立てる。

いや正確には騒ぎ立てるっていうかどよめきみたいに聞こえる。

観客もみんなジジイやババアばっかりだからだ。

高い声が出ない。歓声って感じじゃない。

ゲートボール大会の声がめっちゃボリューム上がったみたいな感じ。

「うし、じゃあ始めますか~」

「うぃっす」

 いよいよ皮の鎧を着てバスタードソードとラウンドシールドとを着たジジイと、

鎖かたびらを羽織って槍とラウンドシールドを持ったババアが、

そんなもん持って立ってられるとかその歳で筋力ありすぎでしょみたいな感じだけど、

戦闘態勢みたいな感じでポーズを決めたくらいのタイミングで私は言った。

「いや、おかしいでしょ」


 ね?もういい加減、言っていいよね?言わなきゃダメだよね?って自分に言い聞かせる。

いやもう言った方がいいと思った。うん、いや、言わなきゃダメだと思う。

なにこの果てしないツッコミ待ち。

なにこのボケ・オン・ザ・ボケのミルフィーユ。

ジジイとババアだからってボケてればいいと思うなよ。

なに殺し合い始めますかって。たまには体操するか~みたいなノリでなに言ってんの。

「いや、だってさあ」

「うん、ねえ」

「だって何よ」

 ジジイが頭を掻く。「弱ったなあ」って感じの様子で。

いやまあ全然弱ってないけど。

盾持った手に剣まで持って篭手付きの手で頭掻いてるし。

現代の若者にもそんなナチュラルに鎧付けたまま頭掻ける奴いねぇよ。

「法律で決まったんだもん」

「何が」

「年金がねー、こうしないと出ないのよー」


 うちの孫がねーまだ結婚しないのよーみたいな顔でババアが言う。

槍を杖みたいにして立ってるけど今さっきまでそれと盾まで持って

行進してる人が振り回すバトンみたいなアレみたくグルングルン回してたじゃん。

くるくるくるりんみたいなノリになってたじゃん。

いやコレもはや古すぎて分かんないゲームネタかもしれないけど。

絶対杖にしなくても平気でしょそれ。今更高齢者アピール出来ると思うなよ?

「いや年金のために殺し合おうとするなよ」

「だって孫にプレゼントあげたいじゃん?」

 ジジイが駄々っ子のような声音で言う。

なるほど、ジジイやババアなりの優しさなのか。

…いや納得行かんでしょ。

「そもそも戦わないと年金が出ないのがおかしいでしょ」

 なにその戦わなければ生き残れない!みたいなの。どこの龍騎だよ。

年金のためにジジイとババアが鎧着て戦うとか地獄にも程があるだろ。

「だって出生率下がりすぎてもう、

高齢者人口減らすでもしないと少子高齢化で日本が壊滅するらしくてさー」

「それはまあ分かる」


 仮にも私はまだ18歳だし。めっちゃ働きにくい世の中だし。

年金貰えるアテがないのに払わないといけない決まりで、

しかも既に免除制度も公に知らされてて、

免除してもらって、なおかつ人によっては生活保護での額の補填前提で、

働き出すのが普通になっちゃってる。

しかももはや年金貰えない前提だから、

社会保険税的なふわっとした名前で天引きされまくる事もある。

みんな結婚したいとかマトモに働きたいなら、

海外に行くのが普通になっちゃってる。

「だからな、もういっそ、ジジババ同士で殺し合ってだなー」

「すっっっごい過程飛ばしたと思う。

ものすごーーーーく重要なところをすっ飛ばしてると思う」

 いやまあ確かに今となっては10人中1人しかいない若者に、

10人居れば9人はいるジジババを支えさせるのに無理があるのも、

年金とか介護とか医療費の増大とか色々と複雑で、

でもだからって姥捨て山みたいなことが出来ないのも分かる。

「だからって殺し合うのはおかしくない?」

「だってまあ楽しいし」


 楽しいのか。いやまあ楽しそうではあるけども。

剣とかぶんぶん振ったりとかもう普通RPGの世界だもんな。

非現実感ハンパないもんな。

ジジババがそれ振るってるってすっげえシュールだもんな。

「死ぬのは怖くないの?」

「いっつも明日死ぬかもー明日死ぬかもーって何もなくても言ってるし」

「いやまあそれはそうかもしれんけども」

 確かに病院とか埋め尽くすように居るジジババが、

対して体調悪くもなさそうなのに病院の席でそういう話してんのよく聞くけど。

もうジジババが増えすぎて若者の患者に順番を譲るっつー、

電車の優先席の逆現象起きちゃってるけども。

電車の優先席ももう若い障害者や妊婦さんや、

赤ちゃん抱えた人用になっちゃってるけども。

「だからって殺し合うのおかしくない?」

「だってー、私らの数も減るし、観客やテレビ中継でも税が取れるじゃない?」


 まあ確かによく出来たビジネスだとは思う。

倫理や人権を差し置いて考えれば。

「いや倫理や人権を差し置いちゃダメだろ」

 食糧難だから人間を食べようみたいなノリじゃないか。

そんなアメリカ人が野菜不足を解消して健康になるために

ケチャップを野菜だと言い張ってホットドッグにドバドバかけるみたいなノリで

少子高齢化問題を解決しようとしちゃダメでしょ。


「っていうかさーさっきからババアとジジイの境目が怪しいんだけど」

「歳取ったらババアとジジイなんて似たようなもんになるのよ」

 ババアの言にジジイもうんうんと頷いている。

「いやそこは区別が付くように努力すべきじゃないの?」

「えーだって今セックスフリーの世の中じゃん?」

 ユニセックスな。セックスフリーじゃあねえよ。

なに突然性の倫理まで自由にしようとしてんだよ。

世の中気が狂いすぎだろ。どんだけ狂えば気が済むんだよ。

ジジイとババアが鎧着て殺し合ってる横で

セックスフリーとかどんな世紀末だよ。B級映画も真っ青すぎるだろ。


「せめてジジイとババアとでどっちがどっちか区別が付くようにしてよ」

「えー面倒くさい」

 夏休みの宿題をやりたがらない子供みたいなことを言うなよ。

お前はババアなんだよ。どんだけ鎧着て若者っぽい軽薄な口調でも、

お前はババアなんだよ。そこんところは間違いねえんだよ。

むしろ年金を稼ぐために戦うところを面倒くさがれよ。


「なんだかなー、孫のために戦ってるのに、変な世の中になっちまったもんだなあ」

 ジジイが空を仰ぐ。私も空を見上げる。

こんな異常な世界でも相変わらず空は残酷なくらい青かった。

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ジジババコロシアム 不二式 @Fujishiki

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