第16話

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「え、エリカがメンバーに?」

「なんか問題ある?」

「アイツほんとにギターやってんのかよ!?」

 普段の菩提寺エリカを知ってる俺とユキが大騒ぎする一方、なにも知らないケイとトシは俺らの反応を訝しげに見る。

「おま、ちょ、アイツヤバいって!」

「ああシュンの言う通りだ!さすがにあれだけは爆弾だろ!」

「おいおいどーすんだよマジで!」

 まるでそんな騒ぎを知らないかのように、颯爽とエリカが現れた。

「あら、お揃いで」

「お揃いに決まってんだろ。呼び出されたんだからよ」

「私のために?」

「お前のせいで」

「酷いわね」

「だいたいお前ギター弾けんのかよ」

「失礼ね、何年弾いてたと思ってんの?」

 いきなりユキとエリカが舌戦を始めた。ただこれは日常的な会話だ。別に喧嘩でも争いでもない、至っていつも通りの会話なんだ。ただ、個性派の二人が口を開くとこうなるってだけだ。

「まあユキ、エリカは俺らの中で一番バンド歴長いぜ」

「・・・マジで?」

「バンド歴云々の前にさ、根本的にお前ドラム歴何年?」

「ざっと・・・6年」

「俺はベース歴5年だからね。トシはどんくらいだっけ?」

「ギター歴か?お前と同じくらいだろ」

「シュン、ボーカル歴は長くないよね」

「ボーカル歴ってあんの?」

「あるだろ」

「じゃあ生まれてこの方ボーカルじゃなかったときを知りたいわ」

「ざけんな。とりあえずバンド歴とイコールでいいだろ」

「まあな」

「エリカはさ、もう9年だぜ」

「「「・・・きゅ、9年!?」」」

「私、小1からやってるからね。中学では3つバンド掛け持ちしてたんだけど」

「・・・じゃあなんで軽音部入ってねぇんだよ」

 ユキの質問は、この場にいる大多数の疑問を代弁してた。それだけの実力者が軽音部にいないなんておかしい。しかもエリカは帰宅部のはずだ。

「入らなかったのよ、わざとね」

「入らなかった?なんで?」

「実力ないヤツと組みたくないの。そういう輩に余計に声も掛けられたくないし。どうせ私ほどの美しい女には愚かな男が下心で群がるのよ。おっほっほっ」

「「「「・・・うん、わかった」」」」

 この性格じゃ入れるバンドがないな。

「解った。エリカが一番上手い。素晴らしい」

 俺は棒読みで讃える。あとに続いてトシが白々しい拍手をした。

「これでメンバーは揃ったな」

「やっとな」

 トシの半笑いの冷やかしを無視して、ケイは、

「んでな、もう一つ、重大報告があるんだ」

 深刻そうな表情で切り出す。一同が引き摺られるように深刻な空気を醸し出す。

「6月の終わりに体育祭あんだろ」

「あるわね」

「・・・あーあるな」

「はいはい」

「・・・ナニソレ食えんの?」

 約一名を除いてまともな反応をした。その一名はすぐに机の下でエリカ様に脛を蹴っ飛ばされて悶絶してた。

「んで、後夜祭あるのは知ってるだろ」

「頭おかしいだろ。走りまくったあとに後夜祭とか気が狂ってやがる」

 トシが持論を展開するが、誰も反応しない。まさか体育祭のあとに後夜祭なんざあるとは思ってもなかった。トシの理論も案外間違いじゃない。

「そのステージでさ、やることになったんだ」

「・・・やる?」

「ライブな」

「「「「・・・はあ!?」」」」

 さすがにエリカまでもが驚愕の声を上げた。

「なんでそうなったんだよ!」

 ユキが抗議の声を上げるが、意に介さない様子でケイは、

「部長から頼まれた」

「・・・部長って、小林先輩よね?」

「ああ。ほとんどの出演バンドは決まってるんだけどさ、5枠のうちの最後の1個が決まってなくてさ。昨日アヤ姉が出てみない?って訊いてきたからさ」

「・・・アヤ姉?お前小林さんと仲良いのか?」

「まあいわゆる幼馴染みだ。しかもエリカを紹介してくれたのもアヤ姉だしね」

「エリカを紹介した?なんで小林さんはエリカを知ってんだ?」

 聞けば聞くほど、とんでもない事実が浮かび上がってくる。

「小林家と菩提寺家は仲良いからよ。アヤちゃんの妹と私は同じ幼稚園出身だから、昔から仲良いのよ。まあケイっちの言う通りだとしたら、断れないわね」

「やるしかねぇってわけだな。解った」

「マジかよ・・・」

「一ヶ月ないのに出来んのかよ?」

 ユキがノッても俺とトシがなおも懐疑的な声を上げる。解って欲しい。昔バンドで作詞担当は俺、作曲担当はトシだったからだ。間違いなくこのバンドも同じことになるのは見えてる話だ。一ヶ月で本番なのに、曲を作るのに2週間や3週間もかけてられない。

「まあ二人の気持ちは解るぜ」

「解るならやめろ」

「右に同じく」

 二人して抗議するが、まるで秘策でもあるかのようにニヤッとしたケイは、空に指を指す。

「今回1年が後夜祭のステージに立ったら、学園史上初らしいぜ」

「「史上初・・・」」

 やられた。俺らがその類いの言葉に弱いのは理解してやがる。無性に腹が立つが、間違いなく俺らの負けだ。

「・・・やるよ」

「しゃーねーな、感謝しやがれよ」

「わかったわかったありがとさん」

「じゃあすぐにオリジナル作り始めないと間に合わないんだろ?」

「だなー」

 暢気に笑顔を見せるケイには腹が立つものの、久々の作詞に沸き上がる歓喜が勝った。帰ったらすぐに取り掛かろう。

「それでさ」

「お前が口を開くと悪夢の予感しかしねぇな」

 ユキの言うこともわりと正しい。ケイが発する言葉は悪夢の予兆だ。

「まあそう言うなよ。お前ら大事なもの一個忘れてない?」

「なにを?」

「バンド名」

「「「「・・・あったな!」」」」

 すっかり忘れてたのは、みんな同じだった。肝心のバンド名がなければ、活動以前の問題だ。

「んでもさ、どうすんのさ?名前なんて急に言われてもよ・・・」

「じゃあ無名で行くのか?ユキちゃんさあ、そんなバンド聞いたことあるか?」

「殺すぞ。そりゃ無名だといろいろと支障だらけだけどな・・・」

「じゃあどーすんだ?名前付けるしかないだろ」

「・・・まあな」

「ってわけで考えたんだが、ケイバンドってのはよくね?もはやこれぞセンスの代名詞だと「「「「却下」」」」あらマジかよ」

「なんでよりによっててめえの名前なんだよ!」

「・・・お前ら解んないの?この俺こそが真のロッカーであり「「「「却下」」」」ねえみんな俺に異様に冷たすぎんだろ!」

 もはやコイツの話なんざ聞いてらんない。そもそもいつからケイがリーダーになったんだ。コイツほどリーダーの資質を持たない人間なんてこの世にいない。

「真面目にどーすっかなー・・・」

「ほんとそれな」

「なんかないの?」

 ふと俺は考えた。昔のあのバンドの名前を使うってのはナシかな-いや、ある意味それは俺とケイとトシの再スタートであって、他の二人を消し去るかのようなことだ。反対されるに違いない。どうするべきか迷ってるうちに、

「ん?どしたシュン」

 考え込んだ俺を覗き込むように、ユキが顔を近づける。微妙に息がかかるのが気持ち悪い。

「いや・・・実は一つ、思い付いたんだ」

「マジで!?」

 エリカが歓喜の声を挙げる。

「なんだよ?」

 ケイも興味津々といった表情で見つめる。迷ったけど、言いかけた以上ははっきり言うしかない。

「renovation」

「リノベーション?」

 エリカの素っ頓狂な声が響く。対照的に、トシとケイとユキの表情は想像以上に強張ってた。

「お前まさか・・・あの名前を付けようなんて思ってないよな」

「ケイ、お前が付けた名前だろ。それこそ最っ高にセンスあると思うぜ」

 冗談めかして言ってみたが、ケイの反応は鈍い。

「おいおい、それだけは勘弁しろよ」

 トシも頭を抱えながら懇願するように言う。なにごとか分からないって表情のユキとエリカを置いて、三人で話は進む。

「いいじゃん、過去の闇になってるものがさ、新しく生まれ変わってスタートするんだよ」

「それはあくまで建前だろ。あとの二人はどーなるんだよ。このまま置き去りか?」

 やっぱりそうなるか。その言葉が出るのは分かってたことだから、さほど答えに迷うことはない。

「俺ら三人はさ、こうやって新しくスタート切ったんだぜって示したいだろ?そりゃ残りの二人がどこにいて、どこで会えんのかなんて分かんないけどさ、どっかのライブハウスとかで遭遇したときにさ、見せてやりたいんだよ、アイツらに。俺らは前に進んでるって」

 俺の言葉を受けて、ケイは考え込むような素振りを見せた。トシは黙ったまま場を見つめる。ユキとエリカは空気を読んで会話に割り込まない。

「そしたらアイツらも解ってくれると思うぜ」

 深く息を吐き、顔を宙に向けたトシが、

「だとしてもさ、さすがにまんま使うってのには賛成できない。俺だって思い出したくはないことだからよ。ケイだってそうだろ?」

「・・・本音はな。ただシュンがそう言うなら、まあありかな」

「でもさ、いちいち思い出したいか?」

「・・・嫌だな」

 暗い雰囲気がテーブルを支配する。底のない闇を切り裂いたのは、意外にもエリカの提案だった。

「あの・・・それならいっそ頭文字だけ使うのはどう?」

「「「「頭文字だけ?」」」」

「だから、リノベーションのRだけ使って別の名前にするの。そうすれば三人とも満足でしょ?」

 なるほど。珍しくエリカがまともなことを言ったと思う。

「今なんか考えた?」

「いや特には」

「あらそう」

 ・・・コイツの察知能力の高さ。もはや自意識過剰なんじゃないか。余計なことは考えないようにしよう。

「そしたらRはrabbit「「「「却下」」」」さっきからずっと却下の一言だよね!」

「もっとてめえがマシな案出せばいいだろ!」

「じゃあrobberは?」

「盗人かよ。つーか発想がマジ中ニ病」

「黙れタコ!」

 ユキの冷静すぎるツッコミに、ケイが食って掛かる。いや実際中ニ病全開だと思う。

 その後、めいめいがスマホを取り出し、辞書で単語を調べ始めるっていう奇妙な光景が繰り広げられ、あれはダメ、これはよくね、いやなんかダサいなど、約10分に渡ってグダグダと議論らしくない議論が続いた。延々と続くと思われたカオスに終止符を打ったのは、トシだった。

「あ、これよくね?」

「ん?なんだそれ?」

「roamerってのは、確か放浪者・・・あ、やっぱそうだな」

 辞書をスクロールしながらトシは呟く。

「・・・よくね?」

「いいんじゃないの?ある意味放浪者の集まり、だしね」

「まあ俺よりはセンスに欠けるけど「「「「黙れ」」」」はいはいすんませんね!」

「そしたらバンド名はこれで?」

 俺の質問に答えたのは、なぜかユキだった。キメ顔で俺を指差す。

「roamers一択だな」

 捻りがなくて良いのかは解らないが、放浪者の集まりとなれば、わりとメンバー個々の過去を表すみたいだ。エリカは知らないけど。

「放浪者が集まると、新しい旅になる・・・」

「なに感慨深そうにぼやいてんだよ!」

 ケイからのツッコミを無視し、言葉にならない感慨に浸る。

 3年前、季節も場所も違うけど、当時の5人でこうやって騒ぎながらいろんなことを決めてきた。そのときのケイもユキも、そして俺も、誰一人なにも深く考えてなかったし、終わりが来るなんて思ってもなかった。今の俺らも終わりが来るなんてことは考えてさえないけど、いつか終わりが来ることを知ってる。たとえ鋭い刃の集まりだからこそ傷つけ合うこともあるけど、いつか訪れる終わり方がこのバンド名のように、結束力や絆のあるようなものであってほしい。

 思い出した過去は、久々に振り向いてよかった思い出だった。


 roamers-新たな絆の物語が、始まった。

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この恋は許されない 黒嶺紅嵐 @judas_writer24

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