第25話 夜伽を申し付ける

 ハーレムには、十代の見目良い少年たちばかりが集められていた。寝室は一応別だったが、日中は一緒の大部屋で過ごす。私とコニーとプラミスは、ハーレム用の半裸衣装を断り、武装を解いた軽装で寛いでいた。

 ハーレムと言ってもコージャスタスが私たちに何か要求する事はなく、三食昼寝付きだ。自由に外出が出来ないのは多少窮屈だったが、外出する必要がない程度には、何でも至れり尽くせりなのだった。

「こんなに快適で、報酬まで貰って良いのかのう」

 プラミスが、自慢の髭をせっせと手入れしながらぼんやりと口にする。ハーレムの意味は説明したから、綺麗にしておかないとという考えが働くのだろう、器用に髭を編んでいる。

「あら、頼まれてやってるんだから、良いんだよう」

コニーは、日がな一日、出されるお菓子を消費している。くずの散った蒼いスカートを払う時にだけ立ち上がって、後はクッションに取りついて寝そべっていた。太るぞ。

「ああ。私たちが目にとまる事はないんだから、そんな綺麗にしなくても良いんだぞ、プラミス」

 私は暇潰しに、ディレミーンの差し入れてくれた精霊魔法の本を読みながら上の空で言う。もうすぐ、就寝の時間だった。

 部屋の真ん中で少年たちにチヤホヤされていたコージャスタスが、重々しく語る。

「皆の者、今日も一日ご苦労であった。今宵のとぎは……」

 毎日の終わりにコージャスタスが選ぶのをもう数日聞いていたから、私たちは他人事とばかりに、視線も向けずに聞き流している。

「……ゴーストに申し付ける。湯浴みはしなくても良い、すぐに部屋に来てくれ」

「ゴースト!」

「ゴースト?」

 コニーとプラミスが声を上げる。私は聞いていなかった。

「ん? 何?」

「ゴースト、大変! 逃げてよ!」

「……へ?」

「今、ゴーストに夜伽を命じたようじゃが」

 そこへ、部屋の隅で警備をしていたディレミーンもやってくる。

「ゴースト。俺はコージャスタスの部屋の外に居るから、何かあったら大声をあげろ」

「え? 私?」

「ああ。コージャスタスはもう席を立った。すぐに部屋に行くんだ」

 何てこった! 話が違うぞコージャスタス!

「きっと形だけだと思うけどな」

 う……形だけでも嫌だ。

「部屋の外に居てくれ、ディレミーン!」

「ああ。任せろ」


 そして今に至る。

 コージャスタスは夜着一枚になり、部屋で待っていた。それが、やる気満々に見えてしまうのは、私の色眼鏡だろうか。

「参りました……コージャスタス様」

 私は一応、敬意を払って慎ましやかに声をかける。入り口に立っていたディレミーンと、念を押すように目を合わせてから部屋に入る。そして、コージャスタスに迫って小声で話しかけた。

「どういう事だコージャスタス! 形だけだと言ったじゃないか!」

「そ……それがだな」

 こめかみに汗を滲ませて、コージャスタス自身も困惑したように顔の前で弱々しく手を振った。

「どうやら、警備の者の中に、ダズンの息がかかった者がいるらしい。夜伽をさせずして何の為の女奴隷かと言われてな」

「私たちは奴隷じゃない!」

「す、すまぬ。言葉のあやだ」

 コージャスタスは、胸倉を掴む私から顔を逸らすようにして後じさった。良かった。乗り気でないのは確からしい。

「だから、形だけで良いから、何日間か私の部屋に泊まって欲しい。プラミスやコニーでは、話が上手く伝わらないと思ってな」

 確かにあの二人では趣旨を説明する前に、力に訴えるか助けを呼びかねない。まず私に話を通すのが正解だろう。

「分かった。泊まるだけで良いんだな」

「その……」

 コージャスタスは口篭もった。

「出来れば、声をだな……」

「声が、何だ?」

「だからつまり……あの時の声を……警備の者に聞かせてやって欲しい」

 声って……! 私はカッと頭に血が上った。私はコージャスタスの胸倉を掴んだまま、激しく揺さぶった。

「お断りだ! そんな事を要求するなら、今すぐ帰るぞ!」

 第一、経験もしていないのに、そんな声出せるか。

「あ、ああ。わ、分かった。離せ、ゴースト。では、私が」

 手を離すと、コージャスタスは勝手に喘ぎ始めた。ゴースト!とか名を呼んでいる。へ、変態……っ。ゾッとして、私は鳥肌だらけの上腕を自ら抱き締めていた。三分くらいだと思うが、私には無限の長さに感じられた。やがてコージャスタスは高く一声上げて、ぐったりと横になった。

「では、おやすみ、ゴースト。またの伽を待て」

 そう言って、寝床の隣をポンポンと叩いた。ここに寝ろ、という事らしい。私は警戒しながら、ゆっくりと示された所に寝転がった。コージャスタスは、気を遣っているのか私に背を向けていた。私も彼に背を向けて、私たちは背中合わせで眠りについたのだった。


 やがて正式に、国民に王妃をお披露目する事になった。アイルと結婚するというコージャスタスの意思は変わっていない。元々女性より男性の価値が高い社会だから、男性同士契りを結ぶのに抵抗の少ないお国柄らしい。まあ、結婚するとなれば話は別だろうけど。

 私たちは婚礼の用意に人手を割いて、警備の手薄になったハーレムから、ディレミーンの手引きで抜け出した。報酬はあらかじめ、ディレミーンが受け取っている。

 だが満場一致で顛末を見届けようという事になり、王宮のバルコニーを遠くから眺めているのだった。

「コージャスタス……茨の道を行くんだな」

 バルコニーに、着飾ったコージャスタスとアイルが現れて手を振るのを見て、私は小さく呟いた。

「ああ。アイルが男だっていうのは、追々バレる事になるんだろうけどな」

 ディレミーンも蒼い目の上に掌を翳して、実際の距離以上に離れてしまった二人を眺めやる。

「今度こそ、幸せになれると良いな。……行こう」

 私は、跡を濁さぬように、きっぱりと踵を返す。

「ぶっ」

 しかし何か柔らかいものに阻まれて息が出来ず、そのまま颯爽と去る事は出来なかった。何だこれ……苦しい! 私はその壁に手をついて埋まっていた顔を引き抜いた。

「ぷはっ!」

「はぁい、ゴースト。あたしのGカップ、気持ちいいでしょ? 一緒に旅しましょ!」

 忘れてた。

「……逃げろ!!」

 私は生まれて初めて、全力疾走で走り出した。


Continued?

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ゴースト~ダークハーフエルフの彼女の、幾つかの冒険と恋について~ 圭琴子 @nijiiro365

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