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「ありがとうございました、竹中さん。短い間だったけど、俺、あのコンビニで竹中さん達と働けて本当に良かったです」
人生ががらっと大きく変わった気がする。
悪い意味でも。良い意味でもね。
「嫌な思い出もあるし、不自由な体にもなっちまったけど」
俺はみんなに助けられて、こうして生きている。それに、これ以上なく感動したんだ。
ただなんとなしに25年間生きてきてしまったけど。その25年目にして、気づくべき当たり前なことにやっと気づけた。
それを自覚した時……、悔しいのか嬉しいのか、よくわからない気持ちでいっぱいになって、涙が止まらなくなってしまったけど。
気づけて良かったと、今は心から思うことができている。
自分は自分が思っている以上に、周りに大切にされていた。
そして、ただ存在していただけだと思っていた自分は、どうしようもなく、周りの支えがなければ生きていけない、弱い生き物だった。
そして、その支えに感謝の気持ちを抱くことができるようになった。
つまり、なにが言いたいかっていうと……皆、誰しも“ひとりじゃない”ってことになる、のかな。
「俺……もう大丈夫です」
コンビニでの経験は無駄にはしない。きっと活かして、今度は俺が支える側の人間になるんだ。
その為に、まず俺は俺を必要としている奴らのところに行こうと思う。
どこって、……新しい勤め先さ。
「正式に決まったんですか?」
「いえ、流石に事故に遭って話が一度こじれちゃって……。でも木下が粘ってくれてなんとかこの間纏まって、あとは連絡待ちです」
「決まるといいですね」
「ほんとですよ。こう見えてかなり緊張してますから……。早く電話寄越さねーかな、あいつ」
「……、俺も」
「はい?」
「俺も、そろそろ、前に進もうと思います」
風がまた強く吹いて、小さな竜巻が木の葉を巻き込んでいく。
竹中さんは、はっきり言いながら、今度は日向の墓石に舞い降りた落ち葉を拾った。
「俺も店長と話しました。店長はそれでいいと言ってくれましたが……、それでもまだ踏み出すことを躊躇していました、鈴木さんのことがあったから……。あの人の言葉が頭から離れなくて、あの場所で誰一人助けられていない自分が、やすやすと別の場所に移ることなんて……」
そう思っていたんですが……。
竹中さんは空を仰ぎ見ながら言う。
「袴田さんの言ってくれた言葉がきっかけで、長い間引きずっていた気持ちに、ケリをつけることができたんです」
『それは自分の為なんかじゃなく、自分を犠牲にしているだけなんじゃないですか。……なにも知らない俺が言うのもなんですけど、竹中さんはあそこにいることより、もっと他にしたいことあるはずですよね。だったら、それに向かって進んでいいじゃないですか、誰も文句なんて言いませんよ。竹中さんはもう今まで充分、このコンビニで多くの人を救ってきたんですから……、誰も救えてないなんてことないですよ、だって俺の命を、救ってくれたじゃないですか……!!』
竹中さんが言ったのは、きっとこのことかもしれない。数週間前に病室で熱く語ってしまった時のことだ。
「ありがとうございますって……、あんなふうに感謝されたの、初めてでした……。一人でどうにかしようとしないで、相談だったらなんでも乗りますからって……言ってくれたこと、嬉しかったです」
今まで被っていた仮面が剥がれたみたいに、竹中さんは照れくさそうな顔をして告げる。
「青山さんも、平井さんも、その後俺の背中を押してくれました」
此処は自分達が守るから、心配しないで、次のステップに進んで、と。
「俺も。あのコンビニで働けて、良い人達と沢山知り合えて、良かったです。忘れません、これから先ずっと」
「頑張って下さいね、竹中さん。……ああ、俺だって負けてらんないんで頑張りますけど!」
リハビリ、先生が長期戦になるから覚悟しろって言ってたんだよなぁ……。
「絶対、もう一度この脚で立って歩いてみせます。だからその時、また逢いましょう」
「ええ……、また、必ず」
俺と竹中さんは固い握手を交わし、笑い合った。
俺達は新しい場所に、それぞれ旅立つわけだけど、これが最後にはしない、他人には戻らない。同じ夜勤組みの仲間として、これからも繋がり続ける。それは竹中さんだけじゃない――。
「袴田君ー!竹中君ー!もう直ぐバス来るってー!」
「のんびりするのはいいけど置いてかれちゃうわうよ、せっかくの『袴田くんの退院祝い&送る会』なのに、主役が欠席なのは流石に困っちゃうわ」
コンクリートの階段を、平井さんと青山さんが降りて来て俺達を呼びに来きた。
「――袴田君!そういえばなに食べたいか決まった?和食?中華?イタリアンもあるって!どうする?」
上の方では店長がデカイ声出して手を振っている。
「はぁーい!今行きますんで!」
返事をして、車椅子を漕ぐ。
竹中さんに押すのを手伝ってもらいながら。
「二人ともー!ほらほら早く!」
平井さんはラベンダー色のカーディガン、インナーをぱっつぱつにさせた胸をぼよんぼよん揺らしながら俺ら二人の隣に並ぶ。
あどけない、ふんわりとした笑顔が今日も素敵に輝いている。
うん……、個人的にこのロリ顔、悩殺ボディが見られなくなるのはちょっとどころか……かなり寂しいかも。
「だから――、色目使うなって言ってんだろが」
「ヒィ!!」
あやめさんに睨まれてしまった。
ビビって悲鳴を上げる俺に竹中さんが苦笑する。このやりとりともしばらくお別れなのも、ちょっとだけ寂しかったり。
「どーしたの?袴田君?」
「いや、なんでもないっす、むしろ最後まで(胸しか見てなくて)すいません」
顔を強張らせたまんま謝ったら平井さんは頭上に疑問符を浮かべた。
「平井さんと青山さんと会えなくなるの寂しいなーって」
「……っ!袴田君!」
あやめさんがまた出てこないように、言葉を選んで口にすれば、大きな瞳を潤ませていく平井さん。
「っ、う、わたしも!わたしもだよぉ!わたしも寂しいよ!」
「おわわ!」
「しかも竹中君もいっちゃうんだもん、もう寂しすぎるよ」
鼻をすんすん言わせながら平井さんは俺達に抱きつく。平井さん……。
「そんな……っ、わたし、堪えられないよぉ……二人ともっ」
そ、そんな顔しないで下さいよ。別に海外に飛んじゃうわけじゃないし、集まろうと思えばいつだって集まれるし。また連絡取ってさ、みんなで食事会しましょうよ。
あんまりにも悲しそうな顔を見せるから、頭を撫でてそう言おうとした。
「これじゃあ来年のコミケはどうなるの――!?」
「そっちかァァア――!!」
割とガチで車椅子からずり落ちそうになった。
「あっ、ぶねえ」
「大丈夫ですか?」
「わたしはちっとも大丈夫じゃないよぉお、まだ他に描きたいシチュエーションがいーっっぱいあるのに!!」
「平井さん頼むから、俺達をそっちの道から解放してよ……、これをいい機会にさ」
竹中さんもぶんぶん首を振る。
「うっ……、そうだよね。こんな送り方じゃ流石にあんまりだよね……、ごめん二人とも、我が儘言って……」
「ああ、いやいや」
「新人さんが馴染むまで迷惑かけるのはこっち、ですし……」
平井さんは体を離して鼻を啜る、可愛いんだけど、考え方が想像の斜め上を行き過ぎているからどうにも本気で慰めきれない。
「ううん、いいの……もう、…………すっごく惜しいけど、わたし我慢する……オリジナルドラマCDの、アフレコ」
…………。この人は…………次のコミケに一体どんな恐ろしい産物を売り出すつもりだったんだよ!もう!!
「あ!でも別撮りでもいいから、協力してくれるなら台本渡すね、それらしい台詞を色っぽく読んでくれればいいだけ――」
「「お断りします」」
シンクロ率120%のハモリでした。
「ま。でもほんと、いつまでもうだうだ言ってたらダメだよね。『二代目守護神』としてさぁ」
目を擦って、顔を手で何度か叩いて、平井さんはキリッとした顔付きになる。
「離れるのは正直なところ凄く寂しいけど。袴田君の言うとおり、会おうとすれば今の時代簡単に会えるもんね……。こんな腐女子だけど、また会ってくれますか?」
言われて、俺達は同時に頷いた。
「勿論ですよ」
「でもそん時は、腐女子トークはセーブして欲しいっすよ」
って言ったら、平井さんは「それはわたしのキャラだから無理かなぁ」なんて、舌をぺろっと出して笑った。
「コンビニのことは、わたしと青山さんに任せて」
「そうそうなにも心配はいらないわよ。……でも今はちょっとスピードアップしないとねぇ」
「青山さん……!」
俺達がもたもたやっているから、今度は青山さんが迎えに来た。
「ほぉら。怪我人は黙って運ばれなさいよ」
青山さんは両腕の筋肉をムキムキにさせながら軽々と車椅子ごと俺を抱え上げる。
「ああ、すみません青山さん、重いのに」
「んふふ、じゃあお礼にほっぺにチューしてくれる?」
「い」
「冗談よ、そんな本気で嫌そうな顔しないでってもう、袴田くんウブで可愛いんだから♪」
「平井さん平井さん、俺と竹中さんじゃなくて、青山さんと店長で今度から描くのどう」
「やだ、それは萌えない」
真顔。しかも早かった。
後ろで竹中さんがオエッてえずいてる、そりゃそうだよな。
「なにが燃えるの?」
「ああ、いや、べつに」
「あー、でもでも!袴田君総受け展開なら萌えるかも……!」
「ちょ、ソウウケってなに――!?」
「なんの話してるのよ」
「わからないです」
なんてぎゃーぎゃー騒いでたら、バスが着きそうなのか。店長が慌てながら俺達四人を呼ぶ。
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