最終話
1
墓地周辺の木々は紅葉を迎え、少しずつ葉を散らし。頭上には無数の赤とんぼがあちこちを飛び回って、運命の相手を探すのに大忙しの模様。残暑は過ぎ去り、季節はもうすっかり秋色に染まった。
膝上に乗っかった赤のドット柄のブランケットは妹の私物。男がこんな女もん使えるか、なんてお袋に言ったら。いいから使いなさい、かけていきなさいの一点張りで押し通されてしまった。まだそこまで寒くないっていうのに、外に行くってだけで大袈裟すぎだ。終いにゃ毛糸の帽子や腹巻きまで勧められて……久々に実家に帰ればこれである。
「らしくねぇだろ、これ。言っとくけど俺のじゃないからな」
話しかけた相手は日向……、じゃなくて日向家の墓石。
「御礼にくるの、だいぶ遅くなっちまって……ごめんな……。ほんとはもうちょい早く来たかったんだけど、このザマだからよ、色々時間かかっちまった」
あれから二ヶ月――。検査結果も問題なく、俺は退院して今は自宅のアパートではなく、実家に戻り療養をしている。
眼帯をつけ、両足をがちがちのギプスで固定され、ほぼ片腕片目だけの不自由な車椅子生活にはまだ慣れていない。覚悟はしていたが、これから先も当分周りの人間の助けが必要不可欠で。当たり前のことのようにできていたことが、一人ではできない歯痒い毎日が続いている。
なかなか思い通りにいかなくて、悔しかったり、助けられる度に申し訳ないと思いっぱなしだけど、その分前より人に感謝できるようになった、周りにいる人達の有難みが改めてわかったっていうか。
「見ろよ、俺がこんなに髪短くなったのお前見たことないだろ。でも我ながら結構似合ってると思うんだ。あ、服役中みたいとか言うなよ」
ニット帽の下は入院してた頃より少し伸びた坊主頭。最近やっと包帯が外せたんだけど後頭部と額付近に厳つい傷痕が残ってしまった。髪がもう少し伸びれば目立たなくなるらしいけど。そのままでいたらなんか勘違いされそうだから、俺は黒のニット帽を常時装備しているわけ。
「髪、また黒く染め直すつもりだったから、まあ丁度良かったよ」
唯一動く左腕で線香と花束を供え、合掌ができないから、静かに手を胸に置いた。
「今度からはまめに逢いに来るからさ、あんまり寂しがるなよ」
墓石相手に喋っても……そう思うだろうが、俺はこれでも結構真剣。
あいつはちゃんと成仏してあの世に逝ったのだ。今なら、ここで話しかければ声が届くんじゃないだろうか。だから返事が返って来なくても、俺はどこかで日向が耳を傾けていてくれると信じて、懲りることなく墓石に語りかけていた。
「まったく、お前もさ……物好きだよな、こんな奴を、その、好きになっちまうなんてよ……」
そんなこと言ったら怒っちまうか。けど……。
「俺も人のこと言えねぇよな。……お前みたいな変わりもん、気に入っちまったんだから」
あの時は口には出さなかったけど。今ならはっきりと言える。
「……俺だって、実はお前のこと、ずっと尊敬してた。俺こんなだから、誰にでも好かれて、色んなことができるお前を、本気ですげえって思ってたんだ」
こんなこと考えてた俺を日向が尊敬していたなんて今でも信じられない。多分日向も、俺と同じ気持ちなんだろうけど。
「おかしなとこで、すれ違っちまってたんだよな、俺達」
一つの事に専念した俺。
様々なことに挑戦した日向。
自分に素直すぎて、周りに気を配れなかった俺。
周りを気にしすぎて、自分に素直になれなかった日向。
本当はお互い、惹かれあっていたはずなのに。
自分達が全く真逆の存在だと自覚していたばかりに、それぞれの真の気持ちを結びあわせることができなかった。
あの時、お互いが勇気を出してもっと歩み寄っていれば。もしかしたら、別の未来も、あり得たのかもしれない。
「って……、んな過ぎ去ったこといつまでも言ってらんねぇよな」
お前には、前に進めって言われたんだもんな。
「ちゃんと言われたようにするから、安心しろよ、もう……立ち止まらねぇ」
日向が最後に言い残した言葉は、先に進むことへの迷いを振り払ってくれた。
それが日向の願いならば、俺はもう一度歩み出すまでだ。
「日向」
お前にもらったこの命。必ず大切にする。
「……ありがとうよ」
日差しが暖かいくせに、今日は時折風が強く吹いて、俺の膝上のブランケットにまた数枚落ち葉を置いていく。
横から伸びてきた長い腕が、それをそっと拾って、地面に落とす。
「――竹中さん」
そう言えば、その人は微かに笑って、またもう一枚、膝上の葉を拾ってくれた。
「どうもです」
「お話の邪魔になってしまいましたか」
「いえ。もう散々長話しました。これ以上聞かせようもんなら、あいつ退屈して悪ふざけし始めそうですよ」
「そうですか」
「って、言ってももう日向は成仏してるから、視えないんですけど……」
「そう言えば、あれからどうですか、なにか変化の方は」
言われて首を横に振る俺。
「前よりかは弱まったみたいですけど、やっぱりまだ残ってるみたいです」
こんな体になって、当たり前のことなのだが、復帰しようにもかなりの時間を要するということで、俺は店長と話をつけて、あのコンビニを辞めることになった。
相性が悪かったことが影響したのか、あれから視る回数は減ったものの、目覚めた力は完全には消えず、残ってしまった。
「やはり……消えませんでしたか」
「でもいいんです」
力は確かに残ってしまったが、一つだけ改善されたことがある。
それは、俺が前より霊障を受けにくくなったこと。
耐性ができたとでも言えばいいのか。あやめさんに「厄介な霊媒体質」と称される程、前は掃除機みたいに吸い寄せていたというのに、あの出来事から俺はそういった面倒ごとにはまだ一度も巻き込まれていない。
「もしかしたら、日向が助けてくれた時、一緒に力も分けてくれたんじゃないかって……思うんです。……都合良すぎですかね、こう言うのは」
「そんなことないですよ、俺もそう思います」
「だといいです……、ほんとに」
「日向さん。意思の強い、素敵な方でしたね」
「はい」
竹中さんは目を閉じ、墓石に向かって丁寧に合掌してくれた。
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