第16話 復帰して

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「もう体は大丈夫なのかい?」

「ええ、はい。色々とご迷惑をお掛けしました」


 竹中さん不在の初日。

 熱も下がり、俺は組み換えられたシフト通り出勤した。


「あれから、竹中さんに聞きました……店長と青山さんが俺の為に色々手配して、代わりに出勤してくださったと……。すいません、今度から体調管理はしっかりしますから」

「ハハ、気にしなくていいよ。疲れが溜まってたんだねきっと」


 直ぐに復帰できて良かった、と。頭を下げる俺に店長は肩を叩いて励ましてくれる。


「ん、でもちょっとやつれた感じがするね……、無理そうだったら言ってね、別に僕一人でも大丈夫だからさ」

「いや、流石にそれはちょっと」

「また倒れられても困るから、無理は禁物ってこと」

「……はい」

「竹中君、心配してたでしょう?」

「ええ、料理までしてもらって……、申し訳なさでいっぱいっす」

「ふふ、いいんだよ。彼、そうやって面倒見ること大好きだから、此処に来る前は介護福祉の仕事やってたらしいし」

「そうだったんすか」


 店長の言葉に俺は竹中さんに看病してもらった時のことを思い出す。

 成る程ね……。そりゃ慣れてるわけだ。


「だったらなんで、今こんなとこでバイトなんか」

「さあ、それは僕も聞いたことがないからわからないけど。彼も色々あったんだよ……、でも今は新しくやりたいことを見つけて、勉強しながらここでお金溜めてるんだってさ」

「へえ……」

「でも、もうだいぶ経ったし、そろそろ此処を出てもいい時期だと思うんだけどね……、なかなか踏み出せないところがあるみたい」


 腕組みをしながら店長は困った顔をして笑う。


「竹中君。『守護神』なんて異名がつけられてるけど、彼自身もその名に少し気を使っていてね」

「気を使っている?」

「うん、自分は此処を守らなくちゃいけない、だから簡単に離れちゃいけないって……多分、心の底で思ってる部分があると思うんだよね」

「竹中さん、そんなこと言ってたんですか」

「いいや、でも見た感じでわかるよ……」


 じゃなければ、体質があっていたとしてもこんな場所にずっとは留まらない。

 そりゃそうだ……。


「彼からなにか聞いた?」

「いいえ。別れ際に少し……聞いたんですけど、なんか曖昧に返されてしまった感じで」

「そっか」

「竹中さん、俺や他の人達を助けていたのは、全部自分の為だって言ってました……、でも俺にはそうは思えなくて」


 もっと他に、理由があったんじゃないかって。

 あれは絶対に、付け足すべき言葉を足さなかった答えだ。


 自分の為って。

 俺にはどうしたって竹中さんが、そんな自己中心的な人には見えない。


「店長、……もし知っていたら。教えてくれませんか、竹中さんのこと」


 あの人が、ああやって俺や他の人を助けるのは、どうしてなのか。

 あの人に、なにがあったのか。


「ん~……」


 口を結んだまま、唸る店長。


「んー、や、それはさァ」


 そんなきょろきょろすんなよ!余計うざってぇわバーコード!


「竹中君には絶対に言わないでって言われてることだしさぁ」

「いや、そこをなんとか」

「でも、ねぇ……」


 脂の滲んだ額に掌をくっつけて、んーんー言って。

 個人情報がどうのとか、もがもが言ってたが。俺が断固として引かなかったお陰で、店長が折れるのにそこまで時間はかからなかった。


「あー……こんなこと竹中君にバレたら怒られちゃうよ。いい?聞いても絶対に秘密だからね」


 抵抗を感じつつも話出した店長に俺は耳を傾けた。


「二年前くらいかな……。そう、まだ平井さんも入ってなくて、竹中君がここの新人だった頃」


 店長は当時のことはよく覚えていると、懐かしそうに語った。

 仕事を辞めて間もなくして、このコンビニを訪れた竹中さん。

 口数は今と変わらず、笑うことが苦手で、必要以上にコミュニケーションを取ろうとしないのは二年前も一緒だったようだが。入ってきた当初は特に表情が薄く、今よりずっと暗い雰囲気だったらしい。


 前の職場でなにか嫌な経験をしたんだろうと店長は思ったそうだ。竹中さんはなにも話さなかったけど、今思えば……竹中さんの持つ力、あれが関係していたんじゃないかな、と。


「鈴木さん……だったっけ。竹中君が入った後に、続けて入ってきた人がいてね」


 鈴木さんは、当時24歳の独身女性。

 先に入った竹中さんとは正反対の明るく社交的な人で、コンビニのスタッフ達と直ぐに打ち解け、年が同じだったからか、竹中さんともよく絡んで。

 最初はよそよそしかった竹中さんも、鈴木さんのペースに乗せられていくうちに少しずつ笑顔を見せるようになり、自分から喋るようになったそうだ。


「二人とも仲が良くて……多分、竹中君は鈴木さんのことが好きだったんだと思うよ、ポーカーフェイスでも彼女の前ではいつもなんか嬉しそうだったし」


 でも……。

 店長や他のスタッフも認めるくらい仲良しだった二人は、なにがあったのか、ある日を境にぎくしゃくし始めた。


「突然、鈴木さんが竹中君を避け始めたんだ」


 店長がその理由を訊いてみると、鈴木さんは竹中さんが最近おかしいのだと言い出した。


「いきなり不気味なことを言って自分を困らせる、どうしたらいいか分からないって……。僕も最初は気づかなかったけど、どうも竹中君には彼女が危険な目に遭うことが視えていたらしいんだ。その時直ぐに信じてあげられたら良かったんだけど……」


 入ってきたばかりの竹中さんに、まさか人に視えないものが視える力があるなんて、つゆほども知らなかった店長は、怖がる鈴木さんの要望に応え、二人を別々の日に当ててシフトを作り直したのだが。


 シフトが変わっても、竹中さんは鈴木さんに近いうちに此処から離れるように言ってもらえないかと執拗に訴え続けた。

 あんまり熱心に頼むものだから、店長ももしやと思い、話を詳しく聞いてみれば、そういうことだった。

 そしてその時初めて竹中さんが視える人間だと知り。竹中さんが言ったことを信じて、鈴木さんに竹中さんが伝えたかった話を店長からすることになった。


 けれど――。


「……遅かったんだ」


 店長が彼女に話をしようとしたその翌日の夜、コンビニに来る途中の道で、彼女はハンドル操作を誤り、バイクごとガードレールに直撃。

 転落こそしなかったものの、スリップした車体と共に道路に叩きつけられて……。


「……亡くなられたんですか……」


 店長は静かに横に首を振る。


「幸い、一命は取り留めたものの……もう少し発見が遅れていたら、死んでもおかしくなかったらしい……。事故で負った怪我がかなり酷くてね……」


 顔にまで包帯を巻かれ、首や脚を固定され。

 二人が見舞いに来た時には、明るく聡明な彼女の面影は何処にもなかった。

 包帯の間から覗く顔半分はげっそりと痩せこけ、唇は逆剥け、何より目から生気が抜けていたそうだ。

 なにを言っても、彼女は事故について一切話さず。ただ帰り際に一度だけ、竹中さんに言ったそうだ。


『これで、満足……?』


 憎しみをぶつける為、口を必死に動かしながら。


『あなたと出会ってから……、おかしな事が立て続けに起こった……。あなたがあんな話してからよ……、私、関係ないなんて思えないの。ねえ、私がこうなったのも……みんな……あなたの所為なんでしょう――』





「ひでぇ……」


 そうは言っても、俺も人のことは言えない、俺だって日向にもっと酷いことを言ったし、そもそもつい最近まで、幽霊も幽霊が視える奴のことも信じていなかった。


 彼女が言い放った時の気持ちも……わからないでもない、かもしれない。


「責任を感じることは無いってあれから何度も言ったんだ。けど竹中君はあの出来事を今でも自分の所為だと思い込んでる」

「竹中さんはただその鈴木さんって人を助けようとしただけじゃないっすか」

「そうなんだよね……。彼女の最後の言葉が無ければ、竹中君もあそこまで気に病まなかったかもしれない」


 分かっていたはずなのに、回避できなかった惨事。

 自分がもっと、うまく伝えられていたら……。


 そんな思いからか、竹中さんはそれからというもの、鈴木さんのような人を二度と出さぬようにと、俺を含めこのコンビニと相性の悪い人間に声をかけ続けた。

 いくら怖がられても、怪しまれても……。信じてもらえなくても……。


「そうしているうちに、此処に残って新人を守るのが竹中君の仕事の一つみたいになっちゃってね……。彼も今更離れるに離れられないんだよ……、自分が抜けたらと思うと、怖いんじゃないのかな」

「……自分の為って……」


 ああ言っていたけど、そんなの全然自分の為なんかじゃないじゃないか。

 自分を、犠牲にしているだけだ。

 なにも知らなかったし、そんなことがあったなんて思いもしなかった。竹中さんの気持ちもだ……。


 嫌な思いしても逃げずに残って。色んな人に嘘吐き呼ばわりされて。他にやりたいことあるってのに……それでも此処を離れないで。いい気持ちになんかなれっこないはずなのに……。

 どんだけ我慢強いんだ。あの人は……。


 そして、クールな顔して一人でみんな背負いこむ竹中さんに毎回助けられる俺は、すげぇダセェじゃねぇかよ。


 たった一回、壁にブチ当たっただけで周りが見えなくなって、他人に八つ当たりして、挙げ句、俺は人を自殺に追い込んだってのに。

 竹中さんは一人でじっと堪えて影で多くの人を危険から救っていた。


 誰からも感謝されることもなく。


「感謝ならされてるよ」


 顔を上げたら、店長はテカった顔でにんまり笑う。


「袴田君が、ありがとうって言ってあげたでしょう?」

「あ……」

「それで彼は救われてるよ。今までは辛かったかもしれないけど……、袴田君が信じてくれたから、彼はきっと、今嬉しいんだと思うよ。ずっと自分のやっていることが意味のあることなのか迷って。でも君が信じてくれて、初めて竹中君は今までやってきたことは無意味じゃなかったんだって思うことができているんじゃないかな」

「そう思ってますかね……竹中さん」

「思ってるよ」

「ですかね、俺、迷惑かけっぱなしなのに」

「迷惑なんかじゃないさ、自分の行動に意味をくれたからこそ、袴田君を守りたいんだよ、竹中君は」


 店長の言う竹中さんの心境がどこまで本当なのか定かではないにしても。

 俺は三日後、また竹中さんに会うことになったら。

 改めて、心からお礼を言おうと思う。


 そして今度は、この間聞いてくれたぶん、俺でよければなんでも悩み聞きますって言いたい。


 そんなことを言ったら、店長に聞いたことバレるかもしれないけど。


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