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「こんな話聞いて、嫌になった?」
「流石に格好つけられませんよ。でも、そう簡単には辞めませんからご心配なく」
「袴田くん頑張るわねぇ、ウフ、でもあたしそこがスキよォ」
「けど……、ちょっとだけ迷惑な話ですよね、なんか見せつけてるみたいで。切羽詰まってるのは分かるけど」
「ざっくり言っちゃえばね……。でも、あたしは思うのよ、あれが、自殺に踏み出そうとする人達の、最後のサインだって」
「サイン……」
「そう。さりげなく見せるSOSだと思ってる。もう何もかも迷いが無い人だったら、コンビニなんかに寄らずに樹海に入っていくはずだけど、此処に来る人達は、きっと最後まで迷ってる。誰かに知って欲しくて、誰かに声を掛けて欲しくて。だから、此処に来るんだと思うわ……、あたしの勝手な解釈だけどね」
確かに。そうなのかもしれない、救いが欲しくて、人は無意識に他の誰かを頼ろうとする時もある。この人の考え、あながち間違ってないと思う。
「だから強制はできないけど、あたしは出来る限り誘導はしてるの、それがその人の為なのかわからないけど」
もしも黙って見送るようなことがあれば、それはその人にとって誰にも意志を見抜いて貰えなかったことになり。かえってそれが、最後の一押しになるんじゃないかと。そう青山さんは言った。
そうすることが本当に良いことなのか、確信は持てないと言っていても、それが青山さんの選ぶ手段なのだろう。これが平井さんだったら、なんて言うだろうか。竹中さんだったら、どう対応するんだろう。
俺は……。俺はどうなんだろう……。もし俺だったら、どんな行動を取るだろう。
明け方、店長らが勤務交代に現れた際。
「また来ました、店長」
とだけ青山さんは告げた。
店長はそれに顔を顰め、口をきつく結んだ。
「毎年この時期になると増えて嫌になるね……、お疲れ様。袴田君もね」
ゆっくり休みなね。という言葉と共に俺達はコンビニから見送られ、解散した。
日が昇っても、樹海は完全には照らされない。じめじめとした空気を漂わせ、樹々が織り成す薄暗さで昼でも夜でも不気味さが絶えない。
昼過ぎまでたっぷり眠り、久々に妹がいないお陰で俺は静かに目覚めることがでた。
昨日のあの男の人……、本当にどうなっただろうか。青山さんの言葉に涙を流し、結局何も買わずに去っていった。その寂しげな後ろ姿が印象的で、頭から離れない。
切羽詰まった人間の、精一杯のサイン……、SOSか――。
重なりそうになる瞼を持ち上げ、俺は部屋の壁に目をやる。ボロい壁に張ってあるのは一枚の写真。俺と日向が写ったものだ。
多分、二人で撮ったのこれしかない。あの日、ガラクタに紛れて見つけた写真を、そのまま押し入れに閉じ込める訳にもいかず。俺はそれを壁に貼り付けた。なつかしいから、とかそんな気持ちからじゃない。自分を戒める為にそうしたんだと思う。
忘れないように、もう二度と。そして、自分がどんなに酷い奴だったかをちゃんと心に刻み込む為に。もしかしたら日向が俺にさせたのかもしれない。
わたしを忘れて、のうのうと生きるなと。
写真の中の日向は俺の腕に強引に抱きつきながら笑顔を見せている。
対する俺は、ぶんむくれてそっぽを向いている。なんてヒドイ写真だよ……。
これは、あれだ。文化祭の時の写真。ついてくんなといくら言っても、日向がしつこく俺の後を追っかけまわして……、それで、仲間の一人がふざけて撮影した写真だ。『うわぁお、カップルみてぇじゃん』とか言われてさ。みんなにひゅーひゅー言われて、俺はひたすら不機嫌だった。はやしたてる仲間達がうざくて、物珍しげな周りの視線がうざくて、それの原因となっている日向がうざくて。楽しそうにしていたあいつをわざと邪険に扱っていた。
悪気はなくても、日向はいい気持ちなんかじゃなかったろう。馬鹿だな。もっとこの時、構ってやれば良かった。
先輩、先輩って言って、ひよこみたいについて歩いていた。そんなあいつに、俺は一度だって歩幅を合わせてやろうとしなかったんだ。
この写真を撮影したのは、日向が死ぬ少し前……。あいつは、何に悩んでいたんだろう。いつもふらふらして、固定したメンツの中ではなく大抵どこのグループにも必ず紛れていた。だから孤立とか、いじめとかでは無かったと思う。学年が違ったからなんとも言えないが。あんなにヘラヘラ、毎日笑っていたあいつが、なんで――。
なにがあったんだ。自殺したい程のなにが――。
『どうして……、あの時わたしを信じてくれなかったの――』
あの時、俺の前に現れたあいつは、やはり本物の日向だったのかもしれない。あの言葉が、日向の本当の気持ちならば。ああして俺の前に現れ訴えかけたということは。
それが、答えになるのかもしれない。日向が、自殺に走ったのは。俺の、所為。俺が、全部……。あいつを、傷つけたから。だから、日向、死んだのか……。
わからない。わからないけど。俺が、あいつのSOSを見抜けなかったのは確かだ。気がつけないで、挙句突き離してしまったあの時、受け止めてやらなくちゃならなかった日向の大事ななにかが、落ちて割れてしまったんだ。音を立てて、ガラスみたいに散って……。
日向は俺に助けを求めていたのかもしれない。俺なら助けてくれるんじゃないかと、思っていたのかもしれない。そう考えれば辻褄が合う。
それなのに、俺は――。日向のサインを受け止めることが、出来なかった。
脳天から墨汁を被ったみたいな、暗い気持ちに染まっていく。あの日のことを全て思い出すことができたら、真相を全て知ることができるのだろうか。日向が何故死んだのか、俺は喉から手が出るほど、その真実を求めていた。
日が経つにつれ、その気持ちは大きくなり。日向への罪悪感が増していく。本当に俺が殺したのか、それとも他に理由があったのか、けどあんなことがあったんだ絶対に俺があいつの死に関係しているに決まっている。
答えの出ない自問自答。いくら頭を絞っても晴れない気持ちを抱え続けるのは、正直気が狂う。俺は、いつまで。こうしていればいいんだろう。出口はないのか。これからずっと、答えは出ないのか。
なあ日向、お前は今俺にこう言ってるんだろ。もっと苦しめって……、もっと悩めって……。
額の汗を拭い、腕で両目を覆って想像する。
もしハリウッド映画みたいに時間を飛び越えるぶっ飛んだ真似ができたのならば。俺は――、あの日の俺を殴りに行きてぇよ……。
「どうやら無事帰ってこれたみたいじゃん、新人クンよぉ」
勤務時間が半分を越し、人っこ一人来なくなった店内の奥、バックルームにシニカルな笑い声が響く。
一通りやることをこなし、平井さんと二人で休憩を取っていたら、少し前まで饒舌にBL話を展開していた彼女が急に黙り込み、何事かと思って見ていたら、これだ。
「無傷とまではいかないけど、ふーん。悪いものは連れて帰ってこなかったのか。あの小坊主、……いや、もう一人が気を利かせたな……」
俺の額の絆創膏、そして二の腕の包帯をまじまじ眺めながら、彼女は口端を鋭く吊り上げてにやりと笑う。
出た。平井(母)。またの名を平井 あやめ。自分の意識を圧縮し生霊に近いものにすることで、本人は北海道の札幌に居るも娘の体を媒体にすることによって対話が可能になり。それを利用して時折俺の前に姿を現す、平井さんの実母。
見た目は平井さんのままだが、中身は全くの別物。ふんわりとした雰囲気は一変して刺々しくなり、目付きも変わり、何よりも口調が平井さんのものでは無くなる。最初は平井さんにお母さんが憑依しているなんて信じられなかったが、最近だいぶ慣れてきた。とは言っても忘れた頃に顔を出すのだから、これはもう。
「心臓に悪いです、あやめさん……」
「かなめが『これからママンにかわるねー』なんて言って出てきても困るだろ?」
「そりゃあ、まあ」
てか、それじゃあ電話じゃないか。
うん、……電話みたいなものだよな、今の平井さんの状態って。
「なにも娘さんの体を操ってまで俺にちょっかい出さなくても」
「人聞き悪いな。ちゃんとかなめには許可は取ってある、お前と話がしたいってね」
「あ、……そ、なんすか」
「で、初樹海はどうだった?感想聞かせてよ」
思い出したくないものをあえて抉るように、あやめさんはニヤニヤしながら訊いてきた。テーブルの上に置きっぱなしにしたセブンスターの箱を指で手繰り寄せ、「なんだお前これ以外吸わないの?」とか言いながらさっさと口に咥えて俺のライターで火を着けて。
「感想って……」
映画の内容教えてよ、みたいなノリで言わないでくれ……。
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