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 目的を全て達成し。これにて一件落着。八雲が言うように、これ以上此処に留まれば再び亡者達が生者の気配を嗅ぎつけて群がってくるそうなので、早々にその場を後にし、途中で乗り捨てた八雲のバイクを回収、見えない糸でも手繰りよせるようにして淀みなく進む八雲に連れられて。本当に元の場所に戻ってくることができた。


 久し振りに見る空にはまだ星が瞬いていたが、あと数時間もすれば日が昇り始めるだろう。

 犇めき合う暗闇から漸く解放されて、奇跡的な生還を果たして、俺は盛大な溜め息と共に、車なんて滅多に通らないコンクリートに寝っ転がった。

 またこのコンクリを踏むことが出来るなんて、ああ……、感動だ。

 俺は家に帰れるんだな。


 そう思うと、嬉しいと言うよりも、安堵で全身の力が抜けた。


「あんちゃん大丈夫か?って……かなり無理させてもうて大丈夫もないか」

「いいよ、もう。全部終ったんならもう、いい……」


 俺はこうしてコンクリに密着しているだけで、今凄く幸せなのだ。

 あの誰もが恐れる樹海から生きて帰れたなんて信じられないが。八雲はやはり嘘を言わなかった。本当に無事に俺を戻してくれた。


 その八雲と言えば、肩で息をしながらも、支え無しにちゃんと二本の足で立って歩いているのだから、これまたぶったまげる。もう見慣れてしまったが、頭の先から、足の先まで、どこのホラー映画から飛び出して来たんだと言いたくなるぐらい奴は酷い有様だった。


「一応頑張ってるから突っ込まなかったんだけど、お前の方こそ大丈夫……?」


 これからぶっ倒れて、死んでも別におかしくない。

 てか、崖から落ちて、大木の下敷きになって……、おい。むしろなんでお前生きてるんだ。


「うん……しょーじき言うとな、めっさ痛い。全身なんかヒリヒリ、ぐらぐら、ぎりぎり、ズキズキすんねん」


 訳の分からない擬態語のオンパレード。重症を越えてるだろ、明らか。


「ふー……これがほんとの出血大サービスやな、ぐはは」

「つまんないこと言ってないで、あんまもう動くなよ、座ってろ!」


 厄介事には巻き込まれたが、約束通り俺を無事に帰してくれた礼だ。救急車ぐらい呼んでやる。


 自分のバイクに身を預けて、へぇへぇと浅い呼吸をする八雲の為にと、圏外から復帰した携帯電話を開けば、奴はケツポケットの中を弄り、俺の空いている方の手に握らせてきた。


「お礼と言っちゃ安すぎると思うねんけど、今あげられるようなもんこれぐらいしかもっとらんくて……、っ、すまんな」


 奴が渡してきたのは、名刺ぐらいの小さな厚紙。


「これなあ、俺の働いてるラーメン屋のチケット、無期限で何回でも使える、激レアのタダ券や……、大阪にあるんやけど、もし良かったら遊びに来てくれや、そん時はラーメンたっぷり食わしたるから、俺のツケでな……。ああ、でもそこの店ラーメンよりも餃子のが美味いんやけど、かはは、おっかしいやろ……っ」


 一生懸命言葉を繋ぐ八雲は、辛そうに息を乱す。

 やばい、本当に今直ぐ救急車呼ばないと。


「もう喋るなよお前、口も閉じろ!」

「あんちゃん、おおきに、な……」

「だから、喋んなって……!」


 冗談抜きで死ぬぞ!そう警告すれば、奴は弱々しく笑顔を見せる。


「心配せんでもええって、痛いけどこのまま大阪まで歩いて帰れそうな気もせんでもないし」

「いや、いやいやいや!」


 それは絶対無理だろ。


「大丈夫、こんなん唾つけときゃ……治る」

「治らねぇだろ!?」


 眠気が襲ってきたのか、八雲はバイクに寄りかかりそのまま深くしゃがみ込む。


「八雲……、おい!八雲!寝るな馬鹿!」


 俺は奴を揺さぶる、首がガクガクなって、奴は既に虫の息。


「今っ、救急車呼んでやるからな……、もうちょっとだけふんばれよ……!」


 ガチできてるぞ……こいつ。焦りながら携帯の番号を押す。

 せっかく一件落着したってのに、目の前でころっといかれたりなんかしたら……。もう俺泣くかもしれない。


「八雲……?は、え、おい死んでないよな…………頼むよまだ死ぬんじゃねぇよ!」


 もはや人間にかける言葉じゃないことにツッコミは入れないでくれ。指が震えまくって、ボタン操作を何度も誤る。


 てか――、あれ……。救急って110か119か……、どっちだっけ――。

 テンパってド忘れした途端に、俺の頭が真っ白になった。丁度その時。


 樹海の入り口の茂みがざわめき、大きく揺れた。何――。

 首を持ち上げたら。



「わっふぅぅぅぅぅううう――!!」


 超ハイテンションな大声と共に暗闇から人が飛び出してきた。


「アカネ――!助けにきたよ!おまたせえい!!」


「どうぅぅわぁぁあああぁぁあああああああああああああああああああ!?」


 そんな場所から突然現れた第三者に、驚くなと言われる方が無理なわけで。

 この日何度目になるか見当もつかない絶叫を俺は上げた。

 臓物が飛び上がって、一気に腹の底まで落ちてくる感じ。俺はもうこれで何歳寿命が縮まったのか。


「だっ、だだだだ、だだだだ!」


 誰――!?

 暗がりから飛び出してきたのは、見慣れない顔。

 ボディーガードみたいなかっちりした黒いスーツに、赤いネクタイを首元に締めた。栗色の髪に碧眼の、八雲と同い年ぐらいに見える、青年。


 肩や髪にいっぱい葉をつけて、かなり場違いな清楚な格好をして、凄いタイミングで登場してきた。

 透けていないから幽霊では無いのだろうけれど……。それにしたってなんでこんな樹海からこんな最高スマイルで出てきたんだ。怖すぎる。

 ていうか今、八雲の名前さらっと言ったような……。


「……お前の知り合い?」


 引きつった顔で訊ねれば、今まで肩で息をして静かにしていた八雲がすくっと立ち上がり。

 そのまま、現れた青年に無言で歩み寄ると。

 目にも止まらぬ速さで再会のハグ……ではなく頭突きをかました。


「てんめぇぇぇ……、どのツラ下げて出て来やがった」

「いったいなあ……!で……でも元気そうでなにより……ってァ痛ああっ!!」

「大遅刻や!ドアホ!」


 頭突きの次は胸倉を引っ掴んで背負い投げ。

 キャンと悲鳴を上げるスーツの方、さっきまで虫の息だったにも関わらず、スーツ男の登場により何かのスイッチが入ったのか口元を吊り上げてけんか腰で詰め寄っていく八雲。


「お待たせじゃねぇっ!このたわけ!お前がさっさと来ないから、危うくくたばるとこやったわ!」

「うん。その様子だとまた派手にドジ踏んじゃったみたいだね」

「誰の所為だ!誰の!救いようのない方向音痴が!」

「だってこの、新型すまぁーとほん?使いにくくてアカネがいないと上手く動かせないんだっ!」

「だぁから先走って使いこなせないもん無理に買うなっつったろーが!」

「ううう、ごめん!すいません!申し訳ござらん!」

「すいませんで済むか!このすっとこどっこい!あかんわもう……お前、一発しばく!」

「ファッツ――!?」


 逃げ腰の青年に、殺人鬼も泣きだしそうな顔をしてにじりよる八雲。


「ちょーっ!それはナシ!ダメダメダメダメ!僕たちバディでコンビじゃないか!傷つけあうのよくない!」

「うるせぇ!散々苦労させやがって!俺の痛みをケツで受け止めやがれコノ野郎……!」

「あわわわわ!!」


 見ていたら俺の周りで鬼ごっこが始まった。

 八雲が話していた連れとは、どうやら彼のことだったらしい。どういう経緯があったか知らないが、八雲は大そうご立腹。このまま見ていたらバット片手に乱舞しそうなので俺は慌てて取り押さえた。


 流石にそのバットはあかんやろ。

 どうどうどう……。

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