5
事実、体力的に限界を迎えていた八雲は、暫くして空気が抜けたように大人しくなった。
散々文句を並べたが結局連れの青年に肩を支えて貰い、やっとこさ落ち着く。
「えーっと、アカネこの人は?」
「ちょっとな……、今回のヤボ用に巻きこんでもうた、命の恩人。あんちゃんがおらんかったらヤバかったわ」
「ええっ!そうなの!?駄目だよ!一般の人巻き込んだら!」
「…………だから。誰の所為だ、誰の」
黒スーツの青年は俺に向き直り、何をするかと思いきや強く両手を握ってきた。不思議なことに、握られた瞬間、手から両肩にかけて重く乗っかっていた気だるさが一気に吹っ飛んだ。
なんだ今、なにされた……?わからない。でも凄い楽になった。
俺がそれに驚いて固まっていると、彼は人懐っこそうな顔でにっこり優しい笑顔を浮かべた。
「どこのどなたか存じませんが、この人が大変御迷惑をお掛けしたようで……どうもすみませんでした!」
「って、オイ!半分はお前が原因……ぶほぉっ!」
深々と頭を下げるスーツの青年の隣で八雲が八重歯を剥き出しにすると、青年はすかさず裏拳を飛ばし強制的に奴を黙らせた。
顔笑ってんのになんつうことを……。
「もうあんまり喋っちゃだめだよ、でなきゃ本当に死んじゃうよ、アカネ?」
「つ、つぅう……チクショーてめェ、後で覚えてろよ……」
「大丈夫なのか」
「うん。一応頑丈だから、ノープロブレムッ!」
たじたじの俺にスーツの青年は親指をグッ、と立てて笑顔で応える。
「お兄さん、僕の大事な……友達を、助けてくれてありがとう」
「あ、ああ……いやいや」
改めて御礼を言われるとなんて返せばいいのか分からなくなる。胸糞悪いのが嫌で八雲を助けただけだっていうのに、そんな善意丸出しの表情で言われちゃ、調子が狂うってもんだ。
「俺は別にそんな感謝される程のことしてねぇよ、殆ど叫びまくってただけだし……、それよりそいつ早く病院に連れてってやれよ」
ずっと八雲のことを探してこの方角も分からない樹海を走り回っていたのだという、二人揃って躊躇もなしに……なんて奴らだ……。本当に人間なのかを疑う。
まあ、彼なら責任持って八雲を連れて帰ってくれそうだし、後は任せてもいいだろうか。
「うん。了解です、後はお任せください!」
青年は大きく返事をして、ビシッと敬礼した。
「依頼されたもんはちゃんと取ってきた、ほら」
「アカネもお疲れ様、手伝えなくってほんとごめんね」
「ったく、次は頼むぞ。それと……、此処は出直しや、今の俺じゃ一部を浄化するのが限界や、お前の補助があってもなんとかならんかもしれへん、予想以上にヤバいもんが此処にはおる」
「そっか、君がそう言うなら出直した方がいいだろうね」
難しい顔をして二人は果てしなく広がる樹海を振り返る。俺にはなんの話をしているのかさっぱりだった。
口を挟むべきじゃないんだろうと空気を読んで黙っていたら、難しい顔をしたままの八雲に言われた。
「あんちゃん。あんちゃんには、これ以上ないくらいマジで感謝しとる。だからこそ、命の恩人のあんちゃんに言いたいことがある、此処に長くおるんは、やめといた方がええ」
「えっ」
「悪いことは言わん。此処には居つかん方がええ……その方が身の為や。あんちゃんは良い人や。こんなとこで人生めちゃくちゃにしたら、あかん」
具体的に何が起こるか奴は言わなかったが、それこそが気遣いだったんだろう。
今回のことで、少しでもなに恩を返したいという、奴の精一杯の気持ちだということはちゃんと伝わったが。それに俺は、残念だが力強く頷けなかった。
だから代わりにこう応えた。
「俺は、まだ此処にいなきゃいけない理由があるんだ。それにきちんとケリ着けたら、……離れることにする」
「そか…………、せやけど、くれぐれも気いつけてな」
「ああ、お前も、これからはあんまり無茶すんな、もう化けて出て来られたくないしな。そんなことやってたら、体が幾らあっても足りないだろ」
「……耳が痛いわ」
「まーなんだ。今回の件のお返しとして、今度死ぬほどラーメン食べに行ってやる、次会ったら覚悟しとけよ」
俺を巻き込んだこと後悔するぐらいタダメシ食ってやる。そう宣言する俺に、八雲は待ってる。と返事を返せば。
奴の腹部が一拍置いて情けない叫びを上げた。
「……って、あー、流石に腹へったなぁ」
「この期に及んでお前どんだけ呑気なんだよ……。腹の前に病院だろ、八雲、お前CT撮って貰えよ、絶対ヤバいだろ」
「いや……病院の前になんか食いたい。もう何十時間も食ってないし、がっつり食えばなんかいけそうな気がする」
なにがいけそうな気がするんだ。なにが。
「せや……!このまま焼肉屋直行せえへん……?あ、あんちゃんも一緒に」
「アカネ!何言ってるの!だめだよ!この時間だとどこも開いてないよ、お店!」
違うだろ。そうじゃない。
「いいから早く病院行けや――!!」
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