3
まだなんかあるのか。
「俺は一刻も早く帰りたいんだが」
「ちっとだけ待ってくれや、俺かて長居する気はない。ああやって大勢送っても、時間が経てばまた寄ってくるしな」
「おおおい!?それほんとか!?」
「成仏させたゆうても極一部だけや、悪霊はまだまだぎょうさんおるで、せやからさっさと済まそか」
言いながら、八雲は大胆に釘バットで大破した車の扉をこじ開け始めた。
その行動に、まだ落ち着かない心臓が跳ね上がる。
「おま!いいのかそんなことして……!」
「どうせ遺体は回収済みやし、こんな場所にあるスクラップこれから先誰も取りにけぇへん」
「遺体って……スクラップって」
それにしたって思い切りがよすぎるだろ。この中で人が死んだなら尚更だ。
俺の言葉を無視して、八雲は車内を漁り、少ししてから何かを見つけたらしく、車体から体を出して戻ってきた。
手にしっかり握られていたのは、かなり保存状態の悪い環境にあったと思われる茶封筒。
「それなんだ」
「依頼主に取ってこいって頼まれたブツ。まあ平たく言うと――遺書やな」
「ぶっ……!!」
聞き返したくない単語を聞いた。
「いしょ、遺書って……!なんで、お前が……!」
「このバンの持ち主、三年前に峠のカーブで車ごと落下して死んどる」
「それって、じさ……」
「いや、そうやない。確かに一度は死のうとしたが、踏み留まって、戻ろうとしたんや……」
八雲は目を細め、一番最初にバンを見つけた時。車体に取り憑いた死者の思念と、その死に際を垣間見たと言う。
最初は死にに来た。それでも、残してきた家族を思い出し、あと一歩のところで改心した。こんなことをしてはならないと、家路に着こうとしていたのだ。しかし。
「ここの奴らが邪魔したんやろうな。足先突っ込んで、思い直したこのバンの持ち主を、無理やり引きずり込んで事故を起こさせた」
これが真実だったのだ、と八雲。
「その遺書、家族に……」
「かなりショッキングなもんやけど、依頼人達も真実と向き合うことを望んではる。誰にも見つけられず、警察にも回収されずに此処に置いておかれるよりは、このバンの持ち主も少しは救われるやろ。誰だって本当は、こんなところで死にとうなかったはずなんや……。せやから、これが家族の手元に渡ることで少しでもそいつの痛みが癒えればええんやけどもな」
「それを探す為に、そんな大怪我までして……」
死にかけるまで体張って……。
「死んだもんと残されちまったもんを繋ぐ手助けをするのも、退魔師の仕事やからな」
心霊スポットを潰すとか、無知なカップル達の邪魔をするとか……。下らない理由ぬかしてたくせに、呆れた。それが本当の理由かよ。
「お前、とんだお人好しだな」
「はあっ?」
「あんなこと言ってた割にはまともな動機があるんじゃないかよ。死んだ人も、残された人も、影でお前は助けてるんだな、自分に関係ない他人なのに」
「助けてるって言うのはちゃうわ、俺のは商売やし」
「でも、商売だけだったらそんなになるまで普通やらないだろ」
八雲の表情が全てを教えてくれた。
微かに日向を思い出す。こいつは、日向と同じ。他人だろうが、情を沸かせずにはいられない。自分の真っ直ぐな意志のままに動く。
ちゃんと人を思いやることのできる人間だ。でなければ、よれよれの茶封筒を大事そうに胸に当て、誰かの残した痛みに共感しようとするような、こんな切なそうな顔はできない。
「はは、それ言うんなら……あんちゃんの方がよっぽどや」
「……え、俺?」
「ああ、こんな場所まで俺についてきてくれて、力貸してくれて、しかも大変な目に遭わせたっちゅーのに逃げずに最後まで一緒におってくれて。あんちゃんの方がごっついお人好しや、そういう知らん奴にも優しくするとこ。俺の知ってる可愛い子に良く似てる……。それから、多少意地っ張りでなかなか自分曲げないとこは、俺の腐れ縁に……よぉーく似てるわ」
どこか嬉しそうにしながら言う八雲。
一体、俺を見て誰を思い出していたのだろうか。
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