第8話 平井さんの秘密
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翌日のバイトも、俺はいつもの時間帯に家を出て深夜のコンビニに向かった。
途中のトンネルを抜けて、心の準備はそれなりにしていたが、やはり昨日と同じ場所にはあの猫の死骸があり、腸や臓器は干からびて、無数のハエが
それを直視し、通り過ぎるのにほんの数秒程しかなかったが、酷い腐敗臭が容赦なく鼻を刺してくる。
思った通り、夏の太陽に照りつけられて、こんなところに放置されたんじゃあ、あっという間に腐敗は進む。
とは言ってもこんな場所じゃ誰かが土に埋めてくれるわけもないだろうし、第一こんなぐちゃぐちゃになって、なおかつ干からびた見るも無残な死骸を誰が処理するんだろうか。
こういうのって動物愛護団体とかに連絡してなんとかしてもらうべきなんかな……。
放置される猫も哀れだが、毎回行き来するごとにこれを見るのはなかなか堪える。
とはいえ。俺に何が出来るのかって言ったら、別にないんだけどさ……。
念のため後ろを少し振り返ってみたが、あの斑模様の不気味な鳴き方をする猫はいなかった。
◆◆◆
「からあげサマのー、アー、ゆずぽんず味?アー、これ十個」
嫌な予感は当たるもんだ。
昨日の今日でこれかよ。
レジの前にはマッキンキンの刈り込み頭にガラの悪そうな服にガラの悪そうな顔(如何にも親不孝ですって感じの)をした、サングラスの若いにーちゃん。
鼻に牛輪みたいなピアスつけて、ダルそうな口調でレジの横のホットスナックのケースを叩く。
俺は数秒程フリーズしてしまった。
一体全体。
これ、これ……これ。
どういう状態だよ!!
深夜帯じゃ絶対にこんなの有り得ない、店内が人で溢れている。
いや、暴走族で溢れている。
ざっと十人以上はいるぞ。雑誌の陳列棚にも、酒売場にも、つまみの陳列棚にも、スイーツ売場にも、そこら中にいる。
めちゃくちゃ派手な格好した厳つい顔のにーちゃんらが!
隣のレジに目配せすれば、青山さんが先程から忙しく動き回ってる、揚げ物揚げたり、タバコ取ったり、年齢確認したり、タバコ取ったり。タバコ売らなかったり。年齢確認したり、酒売らなかったり。
この時間でこんなに動き回ることってない。てか、年確されんのに堂々とタバコと酒買おうとすんなよ。
「あのォー、からあげサマ」
「うっ、あ、はいっ!」
やべぇ!不良相手に意識そらすとか俺命知らずもいいとこだろ!
昨日の暴走族達が今日は店の中にまで乗り込んできて、店内に溢れかえっているのを見ると、コンビニを占拠されたような錯覚に陥る。
へんな汗(けして暑さではない)が額に滲むのを感じて、俺はホットスナックのケースを見た。
おい!からあげサマが2個しか残ってねぇぞ――!?
「も、申し訳ありません、か、からあげサマはただいま此処にあるだけしか直ぐにお出しできないのですが……」
「じゃー揚げて下さい」
ですよねー。
かしこまりましたと、気持ち悪いぐらいの笑みを貼り付ける。
あーもうやだ、こういう客相手にしたくない。
「出来上がりが今からですと、二十分少々かかってしまいますが……」
「ア゙ー?」
鼻ピアスの不良が不機嫌そうな顔で前屈みになった。
はひいぃい、こえええええー!
俺より遥かに高い身長、肩幅は竹中さんより広い、なんで腕にそんな筋肉くっつけてんだよ!ア゙ー?とか言うなよ仕方ないだろ十個くれなんて言うから!
頭の中がプチパニックの俺にそいつは機嫌悪そうに貧乏揺すりをしながら言う。
「アー、もう少し早くなんねーんすか」
なんねーよ!
なんて言えないから。
「努力します」
と俺はなるべく逆撫でしないように小さい声で言った。
からあげ揚げるのに何を努力しようってんだ。俺よ。
ちょっとでも止まろうもんならレジから腕伸ばされて掴まれそうな感じがしたから。
俺は引きつった顔をしながら冷蔵保存庫から『からあげサマゆずぽんず味』を引っ張り出して、フライヤーの中に投げ込んだ。
「アー、揚げたてがいいんで十個とも揚げて下さい、アァー、外にいるんでェ、出来たら持ってきて下さーい」
「はーい」
……。
早く言えよ!
それから弁当屋じゃねんだよここは!
レジに押し寄せるヤンキー共の対応に少々手こずったものの、青山さんがなにかとフォローしてくれたお陰でなんとか全員外に出す事が出来て、漸く店内に静けさが戻った。
ホットスナック系は殆ど売れて、カップ麺の陳列棚はところどころ品薄になっていたり、明らかにそこじゃない場所に商品が置き去りにされていたりと、店の中を少しだけ荒らされた感じがしたが、なにも言わないことにする……。
奴ら店の前でたむろしてるんだからな。
派手なバイクが何台も駐車場に停めてある。そしてそこに思い切りヤンキー座りをしてコンビニで大量に買い込んだ食料や酒、煙草に手をつけていく暴走族達。
迷惑だ……、あれじゃあ車が停められない……、っていうか、まず人が寄りつかないだろ……。
肩の力を抜いて盛大に溜め息を吐けば、後ろから両肩をぐいっと掴まれて、思い切り左右に揉まれた。
「青山さん!?」
「疲れた顔してるわよー、マッサージしたげる♪」
「あ、ありがとうございます……」
ビビった、なにかと思った。
言ってもやめてくれそうにないから俺は暫く青山さんに肩を揉まれておくことにした。
あ、意外と気持ちいい。
この人のボディタッチの多さにもだいぶ慣れた気がする、慣れていいんだかわからないけど。
「大丈夫よー、あーいうの此処でやってるとたまに来るからー」
「へー、そうなんすか」
「夏は特にねー、店長も困ったって言ってたわー、あれされると他の客が来ようとしても来れないからねぇー」
……確かに。
「青山さん随分対応に慣れてますよね、さっきなんか年確で引っ掛かった奴が逆ギレしそうになった時も、普通におさめてたし」
あれは心臓が止まりそうになった。
年齢確認に引っ掛かって、一人がレジのカウンターに乗り出して、「売れねぇのかァアア?」とかって思い切りメンチ切った時だ。
俺は流石にやべえと背筋を凍りつかせたが、青山さんは普通に冷めた目で「法律ですからね?売れる訳ないですよ」と言って追い返そうとした。
ヤンキーは不機嫌そうな顔をしてさらにカウンターの方に身を乗り出したが、そこで族長だか、リーダーみたいな男に止められて渋々店を出てったのだ。
「あれ見てて怖かったです」
「あんなのに怖がってたらやってらんないわよ、特に此処は深夜帯だと変な客多いしね、不良軍団だけじゃなくて、たまに不審者も入って来るから、露出狂とか珍しくないわよ」
「ん、ま、マジッすか!?」
この人……慣れてやがる。
でも青山さんなんだかんだ言ってベテランだもんな。
「今日青山さんと一緒に入ってて良かったっす……」
「あっらぁ!それ褒め言葉!?んもぉおう、サービスしちゃう!」
無駄に広い肩幅、デカイ腕、適度な力加減。人間マッサージ器かこの人は。
だけど……、顎を頭に擦りつけるのはやめて欲しい。
スキンヘッドに筋肉体質。どうみてもダンディズム溢れる男性なのだが。
何故この人はこんな方向に人生転がってしまったのやら……。
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