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 竹中さんが『猫』という単語が出てくるだけで過剰反応するので、俺はそれ以上深く聞かず、そっとしておくことにした。


 それにしても、あの猫の死骸、帰る頃にもまだいるんだろうなぁ。


 店長がどうにかしなきゃねって言ってたけど、あれって普通はどうしてやるべきなんだろう。


 にしても竹中さんが可哀想だよなあ。帰りもあれ見て帰らなきゃいけないわけだし。俺も出来ればあんまり見たくないけど。


 真夏だからあれは一気に腐るぞ……。


 そんなことを考えていたら、今度は珍しく竹中さんが話を振ってきた。


「袴田さんの方は……」

「はい?」

「大丈夫ですか、その……」

「ああ」


 俺は気にしないでくださいと小さく笑う。


「俺が決めたことですから、竹中さんにはなるべく迷惑かけないようにしますし」


 以前は視えなかった竹中さんの背後に佇む守護霊“ヤグラ”も、窓にへばりつく女も、出入り口付近をうろつく上半身と腕だけの子供も、今は普通に視えるようになってしまったけど。


 俺はまだまだ此処を辞める気はない。

 幸い先日のようなことはまだ起こっていないし、あのモニターに映っていた男は来ていない。


 それはきっと、密かに竹中さんが俺のことを助けてくれているんだと思う。


 店長からはよく聞くんだ、竹中さんがいない時、夜勤で俺に何かなかったかといつも聞いているんだと。


 本当にこの人は此処の守護神だ、有難すぎる。


「限界が来るまで此処にいますよ、俺」

「そうですか」


 そう言った竹中さんは、少しだけ笑ってくれた。


 前と違うところは、俺に辞めることを強く勧めなくなったこと。

 その代わり、ちょいちょいこっちのことを気にしてくれる。


 足引っ張ってんのはこっちの方だって言うのに。


 なんか、申し訳ないけど、嬉しい。


「あ、そういや竹中さんさっき犬が好きって言ってましたよね、どういう犬が好きなんですか」


 猫の話で嫌な思いをさせてしまった償いとして俺は全く真逆の方に話を持っていく。


 竹中さんは今までの表情を一変させて話に食いついてきた。


「大型犬が、特に……実は今一人暮らしなんですけど、実家で一匹飼ってて……」

「へええ、犬種は?」

「ラブラドールです。メスで、今五才なんですけど、凄く頭がいいんです。たまに帰ると大歓迎で。……かわいいです」


 竹中さんはなんだか楽しそうな柔らかい表情でそう話す。


 考えてみたら、此処の話以外の話を竹中さんとしたことなかったかもしれない。



 最初はどうなるかと思ったけど、この人も慣れれば結構喋るタイプだ。


 せっかく話も弾んできたし、もう少しこの話題を続けてみようか。


「俺も一人暮らしだからなにも飼ってないんですけど、従兄弟の家に雑種がいて、シバ犬みたいな感じの奴なんですけど、外飼いだからめっちゃ臭くて汚くって、だからたまに遊びにいった時、なんでか俺がシャンプーしてやってんですけど、そいつがまたビフォーアフターが凄くって、ハハ」


 って、話をしたら。お、結構興味津々みたいだ。


 成る程、竹中さんとの会話に困ったら今度からこれでいけばいいのか。


「今度それ写メ取ってきて見せますね、ほんっと凄いんですよ――」


 当たり前のように続いていた静寂が破られたのはその時。


 耳をつんざくような、けたたましい音。


 無数の何かがコンビニの外を通り過ぎていく。

 しんとした空間を切り裂くようにして、遠くからまた大きな破裂したような音。

 真っ直ぐ伸びて、通り過ぎていく。馬鹿でかいエンジン音。


 派手な色をしたバイクが何台も何台も駆け抜けていく。


 見ただけでわかった、ああー、ありゃ。


「うるせぇなぁ、今何時だと思ってんだよ」


 夜中の二時過ぎだよ。

 盛んなもんだ、確かに此処で大暴れしたって車も人通りも少ないから苦情も来ないだろうけどさ。こんなさびれた道でも一応公共なんだけどなぁ。


 呆れて外を眺め、竹中さんの方に目をやると案の定、不快を露わにした表情になっていた。

 うんうん……。この人はああいうの嫌いそうだしな。


「いやー、めちゃくちゃ五月蠅いですね。あれ絶対わざと音響くように改造してますよ、迷惑な奴らっすね」


 全くだと言わんばかりに竹中さんは頷いた。


 まー、なんていうかどうでもよくない話だけど。あいつらこっち来ないといいなぁ。


 いくら客来ないからって暴走族の相手は勘弁だわ……。


 スタンド持ちの竹中さんがいるっていっても、流石に物理の方はできないだろうし……。


 それから数時間後。


 道路を何周もしてブイブイ言わせてた奴らは、俺が一生懸命拝んだお陰かコンビニに立ち寄ることなく帰っていったようで。


 明け方頃にはすっかり外は静かになっていった。


 俺は二つの意味で何事もなかったことに安心し、その日の夜勤を乗り切ったが。


 結局、来た時に見たのと同じ猫の死骸を見て、なんともいえない気持ちになりながら家路に着いた。


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