2

「たまに通路の方ばっか見たり、店員通る度に首伸ばしてるよな、ははっ可愛い子でもいたか?」

「あー……まー、そんなとこかな」

「可愛いってどのコどのコ!」

「あとで来たら教える、西村座れ」


 嘘を言いながら焼き鳥に手を伸ばす。

 正直に言ったら絶対笑われる。

 それか、気持ち悪いこと言うなって怒られるか。

 どっちにしろ信じちゃくれないだろうな。


「……」


 ……や。

 いや、でも。

 でも、こいつらなら。

 腐れ縁であるこいつらならば。


「あの、さ」


 半信半疑で口にしてみる。

 その改まったような態度に、三人の友人はなんだなんだと体を乗り出して俺に注目した。


「どうしたの?」

「その、な、最近の話なんだけど……俺」

「なんだなんだ」

「ついに女できたか!?」

「実は……な――俺……」


 幽霊が視えるようになったんだ――。


 爆弾投下。

 言ってしまった。

 今まで胸の辺りを渦巻いていた原因を。

 俺は腐れ縁共の前で吐露した。

 瞬間生まれる間。

 沈黙。

 ジョッキの中の氷が溶けてからりと落ちた。


「あは」


 あまりに静か過ぎて堪え切れなくて、にーっと半笑いを浮かべた時だ。


「は――、っは、は、は、はははははははは!!あーっはははははは!!!」

「ふ、ふはっ、ふはは!!ハハハ!ハハハハハハッ!!っ、くくく、ハハハハハハハ!!」

「ぷっ、マサ……おまっ、くくくくくッ!」


 時間差で起動した爆弾の如く、三人は一斉に、そして豪快に吹き出した。

 ああ……、ほらね。

 わかってたさ。予想はしてたさ……。


「ありえねぇだろ!!はははははははははっ!!」

「冗談ぶっ飛び過ぎだっつーのォ!!袴田!もうちょっちマシなウソなかったのかよ!!だはははははは!!」

「ぷっ、ぷぎっ!ごふっ、…………ごほっ、ぉほッ、オェッ!」


 火がついたようにテーブルをバシバシ叩いて顔を真っ赤にしながら笑う田中。

 西村は腹抱えて涙浮かべて笑ってやがる。

 木下に至っては、笑い堪えたのが裏目に出たのか咽過ぎてえづいてる。


 友人三人は俺を指差して高らかに笑う。

 あー、なんなんだろうか、このブルーな気分……。


「全く信じないのかよ……」


 肩をがっくり落とす俺に友人らは口々に言う。

 だって、お前が、そんなこと、絶対、あり得ない。

 だ、そうだ。

 ま……、無理もない話だろうよ……。


「本当なんだって!!最近すげぇんだよ!!」

「へーなにがァ?」

「なにがって、その……なんつーか、とにかくすげぇんだよ!」

「お前がそんなこと言うなんてなぁ、マサー、んなジョーダン言わなくても充分ウケは取れるぜ、確かにウケたけど、ふふっ」

「ちっ、ちが」

「田中と西村の言うとおりだぞ。流石にそれじゃあバレバレだって、まあ迫真の演技は認めてあげよう」

「木下!」


 思った以上にこいつら信じてねェ……。つか、ネタとしか見ていないだと。


「嘘じゃねぇって!」

「ふーん、百歩譲ってそれが本当だとしても。袴田という人間がそれを言うとヒジョーに信じ難いんだなー」

「は?」


 西村が笑いを堪えながら田中に振る。


「はい此処でクイズです。田中君、高校時代の袴田君は夏休みのクラスの集まりで肝試しをやることになった時、どういう行動をとったでしょーか!」

「馬鹿馬鹿しいから俺帰るって言ってさっさと帰りましたー」

「じゃあ、文化祭でお化け屋敷をやることになった時、彼は怖がる女子らになんて言ってたでしょうかー!」

「『幽霊なんているか、お前らの奇声の方がよっぽどこええ』」

「出ると噂になってた旧校舎では?」

「カップラーメン食ってた」

「昔自殺があって立ち入り禁止になってた屋上では?」

「授業サボって昼寝してた」

「オカルト研究部が騒いでた心霊写真は?」

「『どういうソフト使って作ったのこれ?』と言って破り捨てた」

「どーうだ!これがお前が過去に積み重ねてきた所業の数々だ!!おぞましいだろォ!!」


 所業って……。

 でもやった覚えはある。

 あの時はやんちゃだった。


「色々と冷や冷やさせられた時もあったぜ……」

「でもマサ面白かったけどね」

「そりゃ世の中には幽霊とか霊魂とかあるだろうさ、けどな、袴田がそういうこと言うと一番信じる気になれないんだよなー!」

「そうそう、誰が見たって言っても、立ったまま寝てたんだろとかバッサリ斬ってたよな懐かしー」

「……」


 そこまで言われて俺はもうなにを言っても奴らに信じてもらうことは出来ないだろうと判断し、それ以上は言わないことにした。

 はは、やっぱり俺がこんなこと言っても全然インパクトないかと、笑ってごまかせば友人らは面白がってまた笑った。


「まあ、ある意味インパクトはあったけどな」


 別にさほどショックは受けなかった。

 そうだ。俺がこの数日間どんなぶっとんだ体験をしてきたか、誰が聞いたって簡単には信じちゃくれない。

 もし俺が聞く側だったらそれこそ、西村達が言ったように笑い飛ばしていただろう。数日前の俺だったら。


「インパクトのある話だったらよォ、ちっと俺の武勇伝を聞いてくれよ」


 西村が思い出したように手を叩いて声を上げた。

 奴の言い出す武勇伝ってのは大概がくだらないもので、どっかの女の子引っかけて妊娠させそうになったとか、どこぞの誰かの女を寝とっただとか、人妻唆したり、一夜限りの関係とか、最高記録七股だとか。どう考えても武勇伝と呼ぶに値しない、取るに足らないクズ話ばかり。というか刺されてねえのがすげえよ。


 なんだよまた変なことしでかしたのかと呆れるも、俺のさっきの爆弾発言が西村の馬鹿話でかき消されそうなので、一応耳を傾けてやるとしよう。


「おい、またロクでもないことしでかしたんじゃないだろうなぁ」

「ちげーよ、女絡みの話じゃないことは確かだ」


 硬派な田中はその手の話を非常に嫌う、怪訝そうな顔をする田中に西村はそう言うと話したくてうずうずしているような顔をした。


「俺さァ、彼女とドライブすんのが好きでさァ、オフとかよく色んな場所に行ってんだよ」


 なんだ、ノロケ話か、くそ。


「へー、それで」

「けど最近マンネリ化っつーか、夜景とか見飽きちまって、彼女もつまんないって言い出すからよ、だからちっと刺激が欲しいなァと思って、近頃はここらで有名な心霊スポット巡りしてんのよォ」

「げっ」

「うっわー、お前」


 田中と俺はドン引きして顔を顰める、木下は興味深々みたいでほぉーと声を上げた。


「お前、罰あたりな奴め」

「それが結構クセになんだよ、彼女は怖がってずーっと腕にひっついてて可愛いし」

「ふーん、どんなとこ行ってんの」


 木下が訊けば西村は得意げに今まで巡ってきた場所をあげた。聞いたことのあるトンネルや、どこかわからない廃墟、廃屋。見捨てられた病棟。その他諸々。


「お前どんだけ行ってきたんだよ、そういうのはテレビだけにしとけって、彼女も可哀想だろ」

「お、なんだよ羨ましいのか田中ァ?うりうりぃ」

「そんなんじゃねえ馬鹿!」

「勇気あるよなー西村、おれはそういうとこ自分から行こうとは思わないなぁ」

「絶対呪われるぞそのうち」

「大丈夫だって、今までなんかあったことなかったし」


 軽い肝試しだと、西村は余裕ぶっている。


「一番新しいのはどこだったっけなァ……、あーそうそう!あれだ、自殺があって廃屋になった町外れの古い屋敷。マイナーだけどかなりリアルだったぜあそこは、なんたって女が自殺した部屋に椅子とロープがそのまんま放置してあるんだからな!流石の俺も鳥肌モンだった!」


 興奮を隠せない様子で不気味に笑う西村、この前までの俺だったら奴の話を聞いて馬鹿馬鹿しいと軽く流しただろうが。

 今はそんなこと言えない、ごくりと喉を鳴らす。


「それでその後どうしたんだよ」

「玄関でセックスして帰ってきた、フハハ」

「完璧馬鹿だわ……」


 ビビるけど実際出て来ないしちょろいちょろいと笑い飛ばす西村に対し、田中は額に手を当てて呆れた声を出した。


 なにか痛い目をみない限り絶対に止まれないタイプ、西村は昔からそうだったな。


「……」

「どうした袴田、黙りこくって?」

「いつもみたいに叩いていいんだぞ、ほらほら」


 木下に肩を揺さぶられ、お前らしくないと言われても。

 俺は何も言えずに唇を硬く結んでいた。


 頭が、痛い――。


 後頭部を縄か何かで思い切り縛られているみたいだ。

 ギリギリと鼓膜に不可解な音が響く。

 三人が気にしていないということは、この音は俺にだけしか聞こえていないと言うことらしい。

 酒は一滴も飲んでいないのに、突然気持ち悪くなって、次第に肌寒さを感じた。


 なんだ……。おい。

 なんだよ……あれ。


 俺は込み上げてくる吐き気を押さえながら、瞬きすることも忘れて、あるものから目を離せないでいた。


 目の前の、西村の首元に。

 枝みたいな細い腕が絡まっている。

 後ろから抱きつくみたいに、腕だけが。奴の首を緩く締めるようにして。

 気持ち悪い……。

 顔が自然と強張ってくる。


 骨の浮きあがった腕は西村の肩に乗っかり、時折生き物みたいにゆらゆら動く。

 直ぐに理解した。あれは、西村が廃墟から“連れてきた”ものだって。


 廃墟で自殺した女の一部だ。余裕ぶっといて西村のやつなんてところに足を踏み込んだんだ……。


「あーなんだろな」


 何気なく両肩をぐるぐる回し始めた西村。


「最近肩が変に重い気がするんだよなァ」


 という独り言に断じてそれはないと言ってやりたかった。

 ずっと目を見開いたまま動かない俺に木下も田中も、どうしたのかと声を掛けてくる。

 目の前の西村は呑気に肩を拳で叩き、その度に絡まる白い腕が離れまいと強く絡み付く。

 腕からその先は視えないし、ましてや顔がないからどんな表情なのかはわからないが。俺にはその絡まる白い腕から静かだがどす黒い、悪意が感じられた。


 憎い、殺す。

 とか、単純で鋭いものじゃなくて。なんか――。


 ねっとりとして、深い。

 お前も……同じ目にあわせてやる、みたい、な……。


 なんとなくだが、そんな不気味な言葉が浮かんでしまった。

 ギリギリとまたおかしな音が聞こえてくる。

 その音を振り払うように俺はコップのジュースを一気飲みして立ち上がった。

 いきなり立ち上がるもんだから勿論三人は目を丸くして俺を見た。


「西村ぁあ!お前近いうちにどっかでお祓いして貰え……!いいか、っ、絶対、絶対に行けよ!!」


 舌ったらずにそう吐き捨てて、通路側に座る木下を押しやって俺はトイレに直行した。

 眉間に皺を寄せて、すれ違う客や店員にぶつかりながら。心の中で何度も繰り返した。


 くそったれ、くそったれくそったれ。

 くそったれ。

 まただ、また……。

 また変なモノを見た――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る