第7話 猫の怪

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「おーい袴田!!もっとのめ!!じゃんじゃんのめ!!ノリ悪ィぞ!オメーこるあぁ!!」

「田中の言うとおりだぞ!!ほら!!俺が頼んでやっから早く言え!じゃねえと無理やり飲ますぞオイ!!」


 うーん……。

 向かいの席に座った高校からの腐れ縁共が、顔を真っ赤にしてもう何度聞いたかわからない台詞を俺に押し付けてくる。


 同じ言葉を返すのも何度目だったか。

 俺は最初に言ったのに、今日は一滴も飲めないと。だから飲ますなと。


「んだぁぁあ!俺らの酒が飲めねえってのかよォ!」

「飲めねえのかオラオラァ!!」


 テーブルから乗り出して、二人の友人は俺の両頬にジョッキをぐいぐい押しつけて無理強いしてくる。

 いてぇいてぇ、つめてぇつめてぇ。


 とび職見習いも、美容師歴二年も酒が入ればあっという間にチンピラに早変わりだ。

 ったく、酒癖の悪い奴らめ。

 どうしてこんなふうになっているかというと、まあ別にたいしたことはない。

 俺を除く社会に出てバリバリ活躍中の高校時代の友人ら三人と久し振りに集まり、飲みをしているだけだ。


 目の前には食べ尽くした料理の皿以上に夥しい数のジョッキが並べられ、二人の友人は盛り上がって肩を組み、出来上がった顔で高笑いしながら美味しそうにビールを飲みほしている。


 およそ一年半ぶりに顔を合わすが、全員髪型や雰囲気は変わっても、全然あの頃とは変わらない。

 どんちゃんしたのはあまり好きではないのだけれど、久し振りに友人と会うというのはやっぱりいいもんだ。俺は少しだけ懐かしさに浸りながらコップのオレンジジュースに口をつける。


「けぇー!オレンジジュースなんてのみやがってぇ!マサちゃんはお酒よりじゅーちゅの方が好きなんでちゅかー?っくく」

「きめぇよ、西村。別に好きでこんなの飲んでるわけじゃねぇんだ」

「ったくよォ!お前ほんとカタブツだよなぁ!一杯くらい大丈夫だろ普通!」

「黙れ田中、この飲んだくれ野郎」


 顔が茹でダコになってる二人に悪態をつきながら今度は大皿に盛られた『大根のパリポリサラダ』を頬張る。

 この二人のうざ絡みは毎度のことだ、鬱陶しいけど適当にあしらっていれば問題ない。


「あんまりしつこくすんなよ二人とも、マサがブチ切れんだろ?」


 フォローなのかと少し疑う言葉を出してきたのは俺の隣に座る、涼しい顔した茶髪の天然パーマ。木下。

 こいつはいくら飲んでも酔わない、ザルだ。


「木下ァ!!お前も袴田になんとか言えよ!久し振りに会ったってのにノリ悪いだろぉ!」

「マサは最初に言っただろ?今日はこれから夜勤があるから飲めないって、バイク乗るんだ、飲酒運転になる」

「一杯ぐらいいいだろー、どーせすぐに抜けるってぇえ」

「ばか。一杯でも飲ませてマサが事故って死んでみろ、おれ達の責任だ」

「うひ……」


 にっこりしながら言う木下に、アルコールが一滴も入ってない俺も、既に出来上がっていた田中と西村も一瞬にして固まった。


「冗談よ」


 木下はクスクス笑いながらカクテル入りのグラスを傾けた。

 それで熱が冷めたのか二人は顔を見合わせてやれやれと肩を竦める。


「わったよ」

「悪かったな袴田」

「別にいいよ、気にしてねぇ」


 軽く謝る二人に、俺もサラダを口に掻き込みながら返事をする。


「ありがとな、木下」

「どーいたしまして」


 ひらひらと手を振って木下はタッチパネルで新しいのを注文し始めた。

 酔わないからってほんとよく飲むよな。

 田中も西村も飲んではいるが木下程じゃあない。

 ああ……、俺もちょっとは飲みたいなぁ。

 居酒屋に来てジュースだけってのは流石に物足りない。

 次こそは思う存分飲んでやる。


 料理と酒、オレンジジュースをガンガン注文しながら、暫くしてお互いの私生活について俺達は談笑した。


 田中は相変わらず勤め先の親方に扱かれる毎日、ゲンコツくらい過ぎて最近じゃ後頭部の形が変わったとか変わってないとか。

 西村は高校時代より断然チャラくなり、喋り方もチャラくなり、指輪とかネックレスとかチャラチャラしたものを身に着けて、東京麻布十番のどっかの美容師としてやっている。最近新しい彼女が出来たらしい。またかよ。

 木下はというと、大学通って教員免許を取得し、漸く念願の中学校の理科の教師という夢を叶えたそうだ。教師なんてこの御時世、モンペと学校に板挟みにされる鬱職だろと西村がからかったが、それがなかなか楽しくやってるみたいで。


 子供の頃から憧れていたビーカー使ってアルコールランプでコーヒーを沸かして飲んでいるのかと聞いてみれば。

 この間、休み時間にこっそり実行したらしい。


「最近の中学生ってマセてて大変だろ」

「まぁなぁ、でも結構充実してるよ」

「俺なんか毎日叩かれっぱなしだぜ……」

「そういや袴田は最近どうだよ?まだバイト渡りしてんの?」

「夜勤って言ってたよな、清掃員とか?」

「うっ……」


 やっぱりその話は回ってくるのか、四人の中で俺だけがいまだちゃんとした職を持たずふらふらしているから、そういう話になるとなんだかいたたまれなさを感じる。

 フリーター街道まっしぐらな俺も、信じられないかもしれないが高校時代は大学を目指し、真面目にコツコツ勉強をしていた時期もあった。

 三人や旧友からはどうしてこうなったんだと、ただただ言われる。


「今は……コンビニで、バイトしてる」

「ぶっ……!!」

「はっ……!まじかよぉ!!」


 言った途端にこれだ、田中と西村が吹き出す。

 待て待てまだ話は終わってない。


「コンビニバイトって……!俺がどこかいい場所紹介してやろうかァ!」

「いや、思ったより時給が良いんだ」

「そうなのか?」


 と、木下。

 俺は小さく頷く。

 時給が良い代わりに大変なことがあるけどなとは流石に言えなかったが。


「へぇー、そんなに良いのかどこの?」

「それはノーコメントで」

「なして?」

「まぁいいじゃん、取りあえずマサもおれ達みたいにやりたいこと見つけて早くそれが出来るようになれるといいよな」

「今の暮らしでも充分だと思ってんだけどな、木下」

「えー?一生フリーターでいるつもりか?」

「いやそれはないけど」


 これと言ってやりたいことは特にない、だからフリーターをやっているのだ、普通に食いっぱぐれなければそれで良いってこと。


「……」

「どうした?」


 まただ……。


「別に」

「なんだよォ?袴田今日はやけにそわそわしててヘンじゃね?」

「そ……そうか?」


 とぼけた顔をしてみるも、三人は不思議そうに俺を見る。

 変に思われても無理はない、確かにさっきからずっと俺の動きは変だからだ。


 認めないけど。

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