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あの人は、視える人間じゃないんだよな。
普通、とは違うのかもしれないけど、俺と同じそういう能力の無い人間だよな。
「あの」
「はい」
「もう一つ聞きたいことがあるんですけど、えと、青山さんなんですけど、あの人、あの夜勤組の古株ですよね、怖い怖いって怯えてる割にはピンピンしてますよね……あれって」
「あの人は“イレギュラー”ですから」
「イレギュラー……?」
「はい、青山さんは俺達と違ってまったくその気もない普通……、いや霊感皆無の人間なんです、それでもあの場に居てもなんの霊障も受けないし、危険な目にも遭ったこともない」
「どうして……」
「それは、青山さんが普通の人とは比べものにならない程強い意志を持っているからだと思います」
強い、意志……!?
あの人が!?
「強い意志って、あの青山さんがですよね」
俺にも怖いだとかなんだとか言って怯えまくっていたのに。
「表面上は。けれどあの人にはどうしても叶えたい願望があります」
「それって」
「青山さんにはあの場にいなくてはならない理由があります、そしてそれは自分の夢を叶える為のもの」
強い思い、願い、望み、堅い意志、執念や誰にも邪魔できない自分だけの理想。
そういうものを心に強く構えている人間こそ、ブレにくく、ありえないものからの影響受けず、マイナスエネルギーを跳ね返す。
ようは入り込める隙がないということらしい。
「青山さんは力こそ無いものの、強靭な意志を持っている為コンビニに集ってくる悪霊や怨霊達からは近寄りがたい人間として避けられているんです」
「すげぇ、じゃあ青山さん無敵ってことじゃないですか!?」
「ある意味では……」
「ひぇー」
あの空間の霊達の怨念を軽く凌駕する程の強い願望って……、どんだけだよあの人。
確かに、頭ん中性別チェンジのことしか考えていない人に近寄っていこうとは、幽霊でも思わないよな……。
逆に喰われそうだ。
「考えてみたら、俺凄い猛者達の中にいたんですね」
「猛者?」
「だってそうじゃないっすか、竹中さんも、平井さんも、青山さんだって……、俺は本当になにもできないけど」
空っぽになったプラスチックのカップを見ながら呟く。
「俺……辞めるかもしれません」
そこで正直に言った。
あの出来事があってから今までに感じたことのない恐怖を体験させられて、自分でも引くぐらい怖くて堪らなくなっているということ。
今まで身の回りで起きていた怪奇な現象、あれも声無き者達の此処にいるという意志表示だったと思い返すと、背筋がぞっとして吐き気がしてくる。
今まで信じていなかった分、実際に居ると分かったら俺は呑み込みの悪いガキみたいに混乱して、その記憶を拒絶したがった。
いくら拒絶したって実際に起こった事は変えられないのに。
存在するといっても、へぇそうなんだぐらいで済ませられる程、肝は据わっちゃいない。
次あのコンビニに行ったら今度はどんなことが起こるのか、そう思うだけで寒気がするし、あんなホラー映画以上のリアルな体験するんなら……、俺は今直ぐコンビニ店員という職を投げ捨てたいとまで思っていた。
情けないだろ、最初はあんなに大口叩いていたっていうのに。
幽霊?そんなもんはいない、幽霊が視えるなんて言ってる奴は大ほら吹きだ。とまで言っていた奴がさ、今じゃその妄想の産物だと決めつけていた存在にめちゃめちゃ怯えまくってるんだぜ。
誰に馬鹿にされたって文句も言えない。
自嘲気味にそう話せば竹中さんは、俺を諭すようにこう言った。
「そんなことありません。袴田さんはそこまで自分を責めることはないんですよ」
最初に言ったように、幽霊、霊というものは、信じる人もいるし、それこそ信じない人の方が殆どで、やはり実際になにかのきっかけがなければ自分に信じ込ませることはまずできない。
誰かが本当にいると言っても、目に見えないものだ、信じない方が普通だ。
言った通りにしていれば、そんな言葉は一つも掛けず、今まで去っていった人達と同じだ、気にしないで欲しいと竹中さんは言う。
それでも、俺は恐怖を抱いていても簡単に辞めるという自分を身勝手だと思う面もあってなかなかすっぱり決断が出来ない。
此処で辞めれば、まだ早いうちにあの出来事も忘れられるかもしれない。
トラウマだってまだ浅い方で終われる。
そりゃ店長も顔を顰めるだろうし、夜勤の人達にはやはり迷惑がかかるだろう。
けど、新人が入れ替わるなんてのは珍しくないことだし、あの人達にとっては日常なのかもしれない、俺が一人辞めたところで、ああやっぱりもたなかったねと言われるだけで、また俺みたいな愚か者はホイホイ入ってくることだろう……。
それに、ここで辞めたら薄情者だと意地を張って居座り続けたとして、またあの時のような体験をすることになったら、俺はまた竹中さんに助けてもらうのか?
そんなのは絶対に嫌だ。
足手纏いには何があってもなりたくない。
いくら竹中さんには強い用心棒が憑いていたって。夜勤の度に助けてもらって、それで金を貰うなんて、俺には堪えられない。
追い打ちをかけるつもりはないんです。
と、竹中さんは再び俺に言う。
「袴田さん、あの後……変なものを視ませんでしたか」
「変なもの」
「例えば……、窓ガラスの外から覗くボロボロの服を着た女の人とか、不自然なくらい首を折った覇気のない男の人とか……」
それを聞いて俺はどきっとした。
動揺した俺に竹中さんはやっぱり、と言うように表情を厳しくさせた。
「まさかさっきの男の人って……」
詳しく説明をしないのは、竹中さんの心遣いだったのかもしれない。
「袴田さん、あなたはもう既にあの場所で影響を受けているんですよ。強い霊磁場の中に長くいると元々そうでなくても勝手に力に目覚めてしまうケースもあります、袴田さんは今まさにそれに目覚めようとしています」
それって。
俺も竹中さんみたいに幽霊が視えるようになるって、あのグロテスクなものが沢山視えるようになるってのか。
「大丈夫です、今はまだたまにみかける程度でしょうが。それでも霊感に完全に目覚めると普通に視えるようになるどころか、抵抗の術も知らない人間ならば霊はそれを良いことに寄ってきたりします……」
そんな。
う、嘘だろ……。
「唯一の解決法は、その霊磁場から直ちに離れること。そこに近付きさえしなければ、勝手に力が消えていくか、あるいは、多少残るかもしれませんが。それ以上は強くならないはずです」
「……」
「どうしますか……。袴田さん」
喉の奥が小さくコヒッと鳴った。
そんなもんが視えるようになるなんて実感が湧かない。
けど、本当のことなのだろう。
実際に俺は竹中さんが言ったものを視てしまっているのだから。
「少し……考えてみます」
竹中さんがコーヒーを飲み終わり。
俺は小さくそう告げて、それから間もなくして竹中さんと別れた。
俺の頭は既に容量オーバーで、それを察してか竹中さんはそれ以上何も言わずに静かにお辞儀をして駅の雑踏に消えていった。
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