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「信じられないかもしれませんが、実際にそういうことはあるんです。強い念が留まる場所なんかには、続けざまに死者を出す不可思議な現象が起こります。それは『連鎖現象』と言うんです。自殺の名所で何人も人が死んでいくのは、一番最初にそこで死んだ人の念が二番目の人を引きずり込み、二番目の人が三番目の人を引きずり込んで次の人へと延々と続いていく」


 そうして負のパワーが連結していくから、死者は絶えない。

 積み重なった念は、人の心に寄生して判断力を鈍らせる。

 つまり、そう思っていなくても、一時の気の弱りからそのような気にさせられてしまうこともあるという。


 竹中さんは、恐らくあの男の人もその連鎖現象に巻き込まれた犠牲者なのだろうと言った。


 そして犠牲者に目をつけられ憑かれそうになった俺は、竹中さんに助けられなかったら、その犠牲者の仲間入りを果たしていた。……ということになるのか。


 そういえば、バイト始めて直ぐの時、青山さんが言っていた。

 確か河内さんって人だったよな。その人も始めて直ぐに辞めたって言ってたけど、辞める数日前まで音信不通で、店長が見つけた時、自宅で手首切ってたって……。

 あの時はなんか女の子って色々大変なんだなーとかぐらいしか思ってなかったけど、まさか。


「そういえばなんですけど、前に青山さんから河内さんって人の話聞いたことがあって。……その人が辞めたのも、あのコンビニでなにかあったからなんですか、ね」


 すると竹中さんは一瞬にして暗い表情になって消え入りそうなくらい小さな溜め息を吐いた。


「お、え!?」


 俺なんか悪いこと言ったのか。


「竹中さん……?」

「俺が」

「は、はい?」

「俺があの時ついていれば、あんなことには……」

「え……」


 どうやら俺の予想はほぼ当たっていたらしい。

 河内さんは俺と似たような体験をしてとてつもなく良くないことに巻き込まれてしまい、挙句精神を病んで自殺未遂という悲惨な形で発見されたのだ。

 幸い命に別条はなく、バイトを辞めてからは精神状態はみるみるうちに回復して、河内さんは今は普通に生きているみたいだが、竹中さんは彼女がそうなるに至るまで気がつかず、救えなかったことを今も悔やんでいるようだった。


 それだけじゃない、今まで辞めていった人達のことも、少なからず気に病んでいる感じがした。

 竹中さんは、ただ単にあそこでバイトをしているだけじゃない。

 新しく訪れる新人に危害が及ばないように、常に気を配って見守り、助言をしたりしているんだ。

 どんなに胡散臭い、気味悪いと邪険にされても。変な目で見られても。

 誰かが犠牲者にならないように。


 確かに、平井さんが言った通りこの人は『守護神』だ。


「なんか、すみませんでした」

「え」


 俺が謝ると、今度は竹中さんがきょとんとした。


「俺。目に見えないものは絶対信じない主義なんで、今まで幽霊とか見えるとか言ってる奴のこと、心の中で馬鹿にしたり、全く信じようとなんてしませんでした。竹中さんのことだって、色んな人から凄い凄いって言われてるの聞いて、胡散臭いとか思ったり、竹中さんがいきなり俺に辞めた方が良いって言った時は正直めちゃくちゃムカついて……。なんなんだよこの人、とか思ったりもしました……」


 新人のくせにあんなに態度悪くして。

 忠告もちゃんと聞かなかったのに。

 それでも、この人は俺を見捨てなかった。

 普通だったらじゃあどうにでもなれよ、ぐらい思うはずなのに。


「竹中さんのこと誤解してました。竹中さんはちゃんと本当のことを言っていたのに、信じなくて、すみませんでした」


 頭を下げて、人にちゃんと謝ったのが久し振りで、俺はなんだか気恥ずかしさで顔が熱くなったが、竹中さんも予想外だったらしく頭の後ろに手を当てて小さく顔を伏せた。


「別に……いいんです。そんなの証明しろって言われてできるものじゃなかったですし、怪しまれて当然ですから」


 本当だ、確かに無愛想で無口だけど、喋ろうと思えばこの人普通に喋るんだ……。

 人は見かけによらない。


 俺はあのコンビニに勤めてから最近そう強く感じるようになった。


「それにしても……、そんなにヤバいヤバいって言われてるのに、残りの二人含め、竹中さんは平気なんですか」


 新人が入ったり抜けたりを繰り返しているというのに、竹中さん達三人は唯一深夜組の固定メンバーと言われている。

 あの夜のような出来事がたまにどころか多々あるというのなら、竹中さん達もそれなりに苦労をしているはず……、が、三人共くたびれるどころかピンピンしている。やっぱり慣れなのか、長年勤めてたりすると何か違うのか。


「まあ殆どは慣れ、だと思いますが。俺と平井さんはある程度は対抗手段があるので……」

「対抗手段?」

「はい。俺と平井さんはもともと視えるので」

「あ、ああ……。って――、やっぱ平井さんもだったのか!?」


 そうだよな、初めて会った時なんか雰囲気凄かったしなあ。


「霊とか視えると、やっぱりあれなんですか、有利ってか、普通の人とは違って影響受けないとか」

「いえ、視えるから全く影響を受けないとは限りません、寧ろ少し霊感があるだけだと、あの樹海のエネルギーの強さに負けてより危険です。知識があるから多少問題回避できるだけで、油断すれば危ない時もあります。でも平井さんはそれでも強い方なので、あの場のエネルギーをほぼ無効化しています。まぁ……珍しいケースですけど」

「す、すげぇ」


 確かに、あの人は内なる何かを秘めている気がする。

 その平井さんが尊敬する竹中さんって、めちゃくちゃ凄いんじゃないのか。


「じゃあ竹中さんも強い方なんですかね」

「俺は、自分の力というより、護ってもらっている方なので」


 それがどういう意味なのか聞こうとした時、竹中さんの背後にうっすら何かが浮かび、蜃気楼みたいにゆらゆら揺れたと思ったら。それは突然俺の目の前に姿を現した。


 驚いて俺は席に思い切り寄りかかって、口をあんぐりあけて固まった。

 あの時見たのと全く同じだ。

 腕組みをしたまま、どっしりと構えた姿勢で仁王立ちをしている。


 デカい鎧兜――。


 ラフな格好をした竹中さんと戦国時代にいそうなその鎧兜とはかなり不釣り合いに見えるが。

 まるで竹中さんの影のように、静かに彼の背後に佇んでいた。

 俺はごしごし目を擦るも、その鎧兜は視界から消えなくて。俺のその行動を見て気がついたのか竹中さんはちらりと後ろを見ると俺にこう言った。


「視えてますか」


 俺はいまだに声が出せないまま必死で首を縦に振った。

 み、視えてる……。視えてる!


「っ、な……なんなんですかそれ!!」


 スタンドですか、スタンドなんですか。

 変にテンパっている俺に竹中さんは手を使って静まるよう合図する。


 他の客がいきなり騒ぎ始めた俺を凝視していたからだ。

 でもそれで、鎧兜は俺と竹中さんにしか視えていないことが分かった。


 冷静になり、今度は小声で尋ねる俺。


「なんなんですか……それ」

「一般的に守護霊と呼ばれるものです」


 あ、それはなんか聞いたことあるぞ。


「元は俺の祖父の守護霊だったんですが、小さい頃から体が弱くて、怪我や病気ばかりする俺に祖父が厄除けとして憑けたんです。こいつのお陰で俺はあの強い霊磁場の中にいても平気なんです」


 竹中さんに寄りつこうとする霊は大抵、鎧兜(ヤグラというらしい)が威圧で追い払うので、竹中さんにはそういった被害は殆ど及ばないらしい。また多少なら竹中さんの意志通りに動くので、竹中さん以外の人間を助けることもできる。


 俺に取り憑こうとしていたあの男を追い払ったように。

 わかりやすく言うと用心棒みたいなものだろう。

 成る程、確かにこんなデカイのが後ろにいたら、ヤクザに絡まれたって怖くないかもしれない。



「幽霊って……つけようとすればくっつくもんなんですね」

「まあ、こいつの場合は特別ですから」


 すっと頭上を仰ぎ見た竹中さんが鎧兜と視線を合わせれば、間もなくして鎧兜は空気に溶けるように薄くなり、俺の視界から見えなくなった。

 俺には、用が無いから下がれと鎧兜に竹中さんが命じたようにも見えた。


 短時間で理解し難い話を腹が膨れる程聞いた気がして、俺はここで一気にアイスコーヒーを飲み干して、ついでに口の中に一口分氷を放り込んだ。

 氷を噛み締めながら現実に起こっていることも噛み締めるようにして今までの話全て整理してみる。


 俺が断じて信じなかった幽霊が実際に存在すること。

 そして幽霊を視る人間が本当にいること。

 あのコンビニは、ありえない場所に位置していること。

 その場所が人間に悪影響を及ぼす程のマイナスエネルギーを毎日生産しているということ。


 そのマイナスエネルギーを諸に受けて病院送りになった者、恐ろしいものを見て何十人もがあそこから逃げ出したこと。

 どれだけヤバいかというと、幽霊が視える竹中さんですら危険極まりないと言う程だということ……。


 そこまで整理すると、ふとあることをに気がついた。

 竹中さん、平井さんは良いとして……。


 じゃあ、青山さんは……?

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