第3話 青山さん、平井さん、竹中さん

1

「ねー、お兄ちゃーん、いつまで寝てるの?もうお昼なんですけどぉ」

「うるせー」


 唸りながら布団を被って寝返りを打つ。


「お兄ちゃーん」


 うるさいな、揺するな。

 さっきまで気持ち良く寝てたって言うのに、俺は妹の下品な笑い声と、しつこいクリックの音と、ベランダに何故かいる蝉の爆音ですっかり目が覚めてしまった。


 一度目が覚めようが俺は今日十四時まで睡眠を取るって決めたんだ。こんなことぐらいでは屈しない、もう一度寝よう。


「お兄ちゃんってばー」

「腹が減ったならソーメン茹でて勝手に食っとけ」

「えー」

「えー。じゃない。寝かせろ疲れてんだ」

「ニートのクセにこんな時間までぐうたらして、社会のゴミだな全く」

「……おおおおい今なんつった?!」


 聞き捨てならない台詞に布団を突っぱねて起き上がった。眠気なんて今ので吹っ飛んだ。


「お前兄貴に向かってなんっ!なんつうこと!ニートって、俺は立派とは言えなくとも一応働いてるっつの!フリーターって言えフリーターって!」

「フリーターもニートも対してかわんないじゃん」


 ばかやろう!全国のフリーターの皆さんが発狂してもおかしくない台詞だそれは……!


「変わります!同じじゃありません!」


 狭い部屋の中に閉じこもってパソコンとにらめっこして親の脛かじってる奴らと一緒にすんな……!

 こちとらアルバイトを渡り歩いて自立してんだぞ!


「どうでもいいから、さっさと安定した職に就いてウチにお金入れなよ」


 こっ……のやろう。


 中二の分際で。


 つか、お前こそなんだよ。朝の十時から訪ねてきて、それから堂々と扇風機の前を陣取り、俺のノートパソコンで動画サイトを満喫しながらさんざん布団の隣で大爆笑しやがって。


 夜勤明けに、妹の天まで響くような甲高い声はかなりキツい。


 しかも俺のパソコンのアドレスでアカウントまで作って、この夏休み中の暇な時に押し掛けては一日中入り浸っている。その間ずっと動画サイトを物色し、飯は俺に全て作らせ、おまけに冷蔵庫のアイスやらスイーツやらを断りもせず勝手に平らげていく。


 こんな堕落した生活を送っている妹にニート呼ばわりは苦痛以外のなにものでもない。


「俺んちはネットカフェじゃないんだぞ。一日中パソコンとにらめっこしてないで、外行きなさい外。宿題あるんだろ?ちゃんとやったのか?」

「今日はプールが休みだから来たのー、それに宿題はお兄ちゃんと違って七月中に終わらせましたー」

「む」

「それにあたし、お兄ちゃんの様子暇な時に見てやってってお母さんに言われてるから」

「……」


 俺の様子というか、パソコンが目当てだけどな。


 フリルの重なったワンピースにショートパンツから覗く白い太もも。夏休みだからといってはしゃぐテンションにまかせて明るい色に染めてしまった髪、ショートボブ。


 目がくりくりしていて、バサバサした睫毛は人形みたい。


 兄の俺が見ても、見た目は悪くない。というより良い方だ。


 中学でも色んな男女と絡んでいるんだろう。良くお袋から話を聞く。この格好で渋谷なんか歩こうもんなら直ぐナンパされるんだろうな。悪い男とかに目つけられたり……。


 とはいえ、そーんな心配は全くないんだけど。

 だってこいつは地元に籠もって、兄貴の家でチューペット吸いながらどっぷり某大型動画サイトにハマってるから。


 パソコン相手に手を叩きながら大喜びしているうちはナンパなんて一切無縁である。


「なー」


 冷蔵庫から廃棄でもらったキャラメルプリンパフェを二つ出しながら、ホラーゲームの実況動画を見て、ワーキャーしている妹に話しかける。


「なぁにー、今いいとこなのー、邪魔しないで」


 ケツ向けてダルそうに返すなよ……!

 悲しいなぁ、ここ俺んちなのに、兄妹の会話くらい普通なはずなのに……。


「俺新しいバイト始めたんだけど、聞きたいだろ」


 キャラメルプリンパフェを一つ妹の側に置くと、やっと話を聞く気になったのかヘッドホンを外して俺を見上げた。


「これどうしたの?」

「廃棄、もらってきちゃった」


 期限が迫っていたとしても表示価格よりずっと安く買えるのは独り住いには有難い、こういったアルバイトの特権だ。


「廃棄?ああ、コンビニね……」

「なんだよその顔」

「だって、コンビニなんて時給馬鹿安いでしょー」

「ちが!昼間じゃねえよ、深夜!」

「深夜ー?どこの?」


 某所付近のコンビニだと言うと妹はキャラメルプリンを口に入れ、盛大に破顔した。


「ぷぎゃあああああああっ!」

「ぷぎゃ……?!」


 人差し指をこちらに向けたままゲラゲラ笑う。

 やめろ、かーちゃんにそれしちゃいけないって言われてきただろ。


「お兄ちゃんザマァ!てか乙ッ!」

「ザッ、……はぁ?」

「そこマジでヤバいらしいから、マジで早めに辞めた方がいいから」

「なんでだよ」

「え、お兄ちゃん知らないの?あそこ幽霊の寄りどころになってるんだよ」

「寄りどころ?」

「そう、あたしの友達のミスズちゃんって子が霊感あるんだけど。あの樹海で自殺して死んだ人とか、あの近辺で事故で死んだ人とかが、寂しくて助けてほしくて寄ってくるんだって言ってたよ」

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