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妹の話によると。寄ってきたり通り過ぎたりするのはまだいいが、かなり強い霊や危険な霊は客や店員に取り憑き、そのまま憑きまとったり、悪影響を及ぼすんだそうだ。
霊感がある人間でも、マイナスオーラの強く出るあの環境に長くいるのは危険なことで、普通の人だったらとんでもないことになる……、らしい。
「とんでもないことってどんなことだよ」
「さぁー」
キャラメルプリンを平らげて妹はパソコンに向かい直して続ける。
「あたしどうなっても知らないよー。それにあそこの樹海付近何故か毎年事故が多くて、この間もガードレール飛び越えて崖に落ちちゃったバイクの転落事故があったし、よく心霊番組であそこのトンネル取材されてるし」
「それはコンビニとは関係ないだろ」
「あそこの周りがヤバいって話だよ」
「そんなのはただの事故で、心霊番組はやらせだろ」
「もー……、お兄ちゃんって相変わらずそういうの信じないよね」
「あー、信じねえよ、信じてなんの得になるんだ。そういうこと言う奴は別の人間を怖がらせたいだけなの」
んで思い込みが強くなって騒いじゃうのがお決まりのパターン。
「ミスズちゃんはほんとに霊感あるんだけど!」
「さー、どうだか、見える見えないなんて証明しようがないだろ」
「ちっ、ダメだこいつ早くなんとかしないと……。ミスズちゃん言ってたよ。そういうところに干渉し過ぎると視えない人も視えるようになっちゃうって」
「俺は見えるようにはなりませんー。あー、あっちぃ、おい俺今日も夜勤あるから、もう一度寝るから起こすなよー」
そう言う前から妹はヘッドホンをつけてまた動画サイトの世界にとんぼ返りしていた。
……、寝ようと思ったけど、腹減ったな。
ソーメン茹でよ。
戸棚からソーメンを出して、小鍋に水を入れて沸かす。
「……」
ふつふつと上がってくる空気を見ながら、俺は二日前、休憩時に見かけた防犯カメラのモニターのことを思い出す。
あの時、不可思議なものがモニターには映っていた、不可思議だけどはっきりと、灰色っぽい小さな影みたいなものが。
あれは一体なんだったんだろう。
灰色っぽい影は店内の自動ドア付近を行ったり来たりしていた。
あまりにも異様なその光景に驚いて、缶コーヒーをぶちまけたくらいだ。
『小さい男の子が扉の前で遊んでいる』。
まさかあの良く分からない影がその男の子だっていうのか。
あんなの今までに見たことなかった。
それに……、あの時、脚の横をすり抜けられた感覚。今でもはっきり覚えている。あの生暖かい風とぞわぞわと広がった鳥肌。
実はその話、青山さんには言っていない。
だってあの人話すくせにビビりなんだよなぁ。
初出勤のあの日も一人でキャアキャア言ってたっけ。
年長者でキャリアもあるっていうのにかなり怖がっていた。そんなに怖がってじゃあなんで別のところにしないのかと訊いたら。
「怖いけど他でコツコツ貯めるなら我慢した方がましよ……!」
と、言い返された。
彼、いや彼女(?)は下半身の突貫工事に相当熱い思いを抱いているらしい。
ぼーっとしていたら鍋が吹きこぼれていて、慌ててコンロの火を止める。
「……」
あの影……。
……。いや。
寝ぼけて見間違えたんだきっと。
あの時間帯は客も全く来ないし、暇すぎて眠くなることもしばしばだ。
あれは幽霊なんかじゃない。
第一、俺そんなもの見えないし。見えるとも思えないし。
てか結論幽霊なんか存在しないし。
自分の中で納得づけながら、俺は茹であがったソーメンをざるに入れた。
そう言えば今日の夜勤で一緒なのは、あの噂の竹中さんって人だったような……。
◆◆◆
「おつかれさまでーす」
「や、バトンタッチの時間だね」
二十二時前に入店して、夕勤の人と交代する。
時間帯が別だからあまり絡みはないけど、こうやって挨拶を繰り返したり交代間際に少し喋るようになって、夕勤の人達は俺にちょいちょい声を掛けてくれる。
バックルームに掛かっているハンガーからユニフォームを外して着替えながら店内を軽く見回す。
この時間帯だとまだ客が多く出入りしている方だ。
「どう?夜勤は慣れた?」
俺に話しかけてきたのは、もう既に上がる準備をしている夕勤の長瀬さん。ワックスでセットしたロングウルフに左目の下の泣きボクロが色気を漂わせる大学生さん。
全体的にバンドが似合いそうなイメージの人だ。
「どうですかねぇ……まだ数回しか入って無いんで」
「そっか、夜勤ってさぁ良く暇って聞くけど、眠くなりそうだよねー」
「あーそれはありますよ、暇すぎると。でも最近じゃ昼と夜逆転しちゃってるんでそんなには眠くなりませんね」
「だよねぇ、そーなるかぁやっぱ。それよかこの前青山さんに聞いたんだけど、あったみたいじゃん」
「え?」
「ドア開いたんだって?そこの」
「あー……」
ちろりと横目で自動ドアを見る。
客が出入りする度にチャイムを鳴らして規則正しく開くドア。それ以外は勿論開いたりしていない。
「怖くなかった?」
「別に、変だなぁとは思いましたけど」
「ははっ、肝が据わってるなァ。この前夜勤に入った人なんか凄い大騒ぎしちゃって、三日で辞めちゃったんだよ」
「ひぇー、そうなんですか」
「店長がたまに点検してるみたいなんだけど、あれ、故障じゃないみたいなんだよねぇ、不思議だよねぇ」
「ゴミでも詰まってたんじゃないですかねー」
そう言うと長瀬さんは笑った。
「ははは!そのイキだよ、やっぱ夜勤の人はそれぐらいでなきゃもたないよきっと」
「ですよねぇ、あんなんで幽霊とか騒いでたらキリがないっすよ」
俺も釣られて笑い返す。
それから少し適当に喋って、長瀬さんは帰り支度をし、俺はカウンターに入った。
それにしても竹中さん遅いな……。
もう直ぐ勤務時間だってのにまだ来てない。
「あ。言い忘れてた」
コンビニから出る前に長瀬さんは思い出したように立ち止まった。
「今日ね、竹中さんの代わりに平井さんが入ったって。間際にチェンジしたらしい」
ということは今日一緒になるのは平井さん?
「もう直ぐ来るんじゃないのかな。てことで俺帰るから、袴田君、夜勤頑張って」
それだけ言って長瀬さんは大型二輪に跨って帰っていった。
長瀬さんを店内から見送って、残った三人の客を次々に相手にしていく。
唐揚げ棒に、アタリメに、ビール缶三本のおっさんに。
エッチな雑誌の上にポテトチップスと、ペットボトル乗っけて持ってきた若い兄ちゃん。
菓子パンとパックの牛乳。……それと。女性限定の日用品。
レジに持ってきたOLの女性にめちゃめちゃ嫌な顔をされた。
あー、はいはい、嫌だよね、男にこういうの見せるの。
分かってるって。
俺は平然とした顔でレジ下の透けない袋にそれを分けて入れて、他の商品の入った袋に更に一緒に入れて渡した。
「ありがとうございましたー」
三人の客を同じように同じ言葉で送り出して、店内はあっという間に静かになってしまった。
時計を見れば二十二時を過ぎている。
夜勤開始は二十二時。
平井さん……。遅刻か……?
別に遅れようが、夜勤だし、手が回らなくなる程忙しくなることは無いだろうから、そんなに気にはしないけど……。
そう思っていたのは数十分前の俺で。
一人カウンターに立ってぼんやりしようにも、逆に静かすぎて落ち着かなかった。
流石に一人でいるのは退屈すぎる。
平井さんどうしたんだよ。連絡取ろうにもまだ会ったことないからメールも電話も出来ないし。
ていうか、それより。
俺は視線を時計から斜めに動かし。
雑誌やコミックが並んだ棚の後ろ、ガラス張りの方を見た。
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