4
今まで開いたままピクリともしなかった自動ドアが勢い良く閉じ、そしてまた開いた。かと思いきやまた閉じられ、またも勝手に開き。
自動ドアは俺の目の前で異常なまでに開閉を繰り返すようになった。
「……おいおい」
流石の俺もそれには気味が悪くなって、思わず半歩下がる。
開いて閉じる度に機械音とチャイムが断続的に鳴り響く。
もしかして……、故障じゃないのか……?だって明らかにおかしい。
「うひっ――」
思わず間抜けな声が出たのはその時だった。
俺の右脚の直ぐ横を、何かが通り抜けたような、なんて言葉に表せばいいのか分からないけど、そんな感じがしたのだ。
ひやりとした風が右足を掠めた。
なんなんだよ……。
脚元の鳥肌をさすりながら顔を上げる。
すると、今まで激しく開閉を繰り返していた自動ドアは静かに閉まり、それから開閉を繰り返したり、勝手に開かなくなった。
ドアにこんなことを言うのも変だけど、落ち着きを取り戻したみたいだった。
「――袴田くん」
「あ……青山さん!」
呼ばれて振り向くと青山さんがさっぱりした顔をして店内の奥のトイレから出てきた。
どうやらこの人、俺がイカレた自動ドアと格闘している間ずっとトイレに籠もっていたらしい。
「どこに行ったかと思いましたよ」
「ごめんねぇ、お便秘四日目でやっと今思うように出せたのよぉ……!はァー、すっきり!」
おいおい……そんなリアルな話聞かせないでくれ。
「それより袴田くんはなんでこんなところに立ってるの?」
「あー、それなんですけど……」
青山さんがいない間に起こったことを全部話す。
「この自動ドアって壊れてるんですか?」
今はすっかり大人しくなった自動ドアを指差して言うと、青山さんは何故か口元を震わせて大声を出した。
うわ、びっくりした。
両腕を揺らして明らかに怖がる素振りを見せる青山さんを、俺は先程の荒ぶる自動ドアより気味悪がった。
「また来ちゃったのね……!?」
「は……?」
青山さんの怖がりっぷりと、言った言葉に眉間に皺を寄せてぽかんとすれば、青山さんは俺の肩をバシバシ強く叩きながらこう言った。
「時々あるのよ、二時ぐらい過ぎると突然ドアが開いたり閉まったりって……!あたしも見たもの……!故障だと思うでしょ!?でも違うの……」
青山さんは言いながら俺の耳元に顔を寄せて小声で囁いた。
「実はあれね、……小さい男の子がドアを出たり入ったりして遊んでるの……」
「え……。小さい男の子って……なんなんですか」
吹きかけられた息にまたぞわりとして、耳を押さえながら聞き返す。
「男の子の幽霊よ」
「ゆ、幽霊?!」
「そう、竹中くんが教えてくれたの、ドアの前で男の子が遊んでるって」
普通の人ならここで怖がるんだろうか。
俺はその話を聞いた途端インチキ臭いと思ってしまったのだから救いようがない。
「それ本当の話なんですか?」
「あらやだ信じてないの?!」
「んー……。俺そういう目に見えない話はなかなか信じられないんで」
なんだかんだいってやっぱりあれは故障としか思えない。
その男の子っていうのが俺に見えてれば、そんなこと思わないんだろうが。
「珍しいわね、この話聞くと大概みんな気味悪がって早くて次の日にはやめちゃうのに」
って。
「俺をおどかす為に言ってるんですか?」
「やだわ、全部本当の話よ。あなたも竹中くんに会えばわかるわよ」
「……」
また竹中さんって人かよ……。
まだ会ったことないけどなんか胡散臭そうなんだよな。
青山さんの話からして幽霊が見えてるって言ってる奴なんだろうけど。
そもそも幽霊が見えるとか、男の子が出入りしているとか言う時点で嘘っぽそうだ。
それに他の人達も他の人達だ。なんで赤の他人が言ったそんな根拠もないことを信じたりできるんだ。
幽霊なんて、そんなもの本当は存在しないのに。
「まぁ、そういうふうに独自の考えを曲げずにいた方が長続きするのかもしれないわねぇ」
腑に落ちないといった表情の俺に青山さんは苦笑しながら言った。
そしてそれから、日が昇るまでの間は何も目立ったことは起きずに俺のコンビニでの初アルバイトは終了した。
なんていうか。正直言って謎は残るけど、あれを一概に霊の仕業だなんだと騒ぎたてる必要性はない気がする。
俺は自分の目で確認したものしか信じない。
信じられない。
他人に言われて怯えたり驚かされたりするなんてのはごめんだから。
「なかなか深夜ってのも、ふぁっ……楽じゃないなァ」
客は来ないし。暇だし。眠気眼を擦りながらバイクに跨り、俺は自宅のアパートに帰るべく朝日に照らされた道路を走ってく。
それから数日後。
休憩の最中に防犯カメラに映し出された奇妙な影を目撃して、俺は思わず飲み物を噴き出すことになるのだが……。
あの出来事がまだまだなんてことのない序の口の現象の一つで、もっとタチの悪いことが起こることを俺が知るのは、もう少し先のことである。
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