第2話 自動ドア
1
歓迎なのか、新人いびりなのか。
初出勤の当日、面接を受けた翌日の深夜に、俺は生まれて初めてその類の現象を垣間見ることになった。
◆◆◆
「25なのォ、へぇーわっかいわねぇ」
初出勤でまず一緒になったのは深夜組では一番のベテランという青山さんだった。
人見知りである俺には有難い、気さくで、面倒見のよさそうな人。
新人である俺に要領よく仕事のあれこれを丁寧に教えてくれた。
「分からないことならなんでも訊いて頂戴ねェ、期待の新人なんだから」
「期待?」
「やだぁ、店長言ってたわよぉ、今度の子は長続きしそうだって!」
「あ、ああ」
「深夜ってだけじゃなくて、ここは場所が場所だから、なかなか人もこなくって、朝まで誰も来ない時もあるのぉ。だからあたしと一緒の時は気楽にお喋りでもして過ごしましょ」
そう言って俺の肩を叩いてくる。
深夜と聞いて忙しいより、暇なイメージの方が強かったから、俺としては喋って時間を稼げるのはかなり嬉しい。
なんだかこれじゃあ給料泥棒みたいな気もするが、そんなことを言ったら青山さんは、「ほんとよねぇ」と爆笑した。
青山さんとはものの一時間程度ですっかり打ち解けることができた。入ってそうそう人間関係の心配もなくなり少し安心した。
まあ、この人、男なんだけど。
所謂オネエってやつ。
体格はがっしりしていてスキンヘッド。身長も肩幅も外人かってぐらいのかなりの巨漢なんだけど、口調はまんま女の人。
実は下半身の突貫工事をする為の資金を稼ぐためにここでアルバイトをしているらしい。
突貫工事って……。
初対面の相手に凄いことカミングアウトするよな……、それからなんか無駄にボディタッチが多いのは気のせいにしておこう。
個性的だけど、いい人だ。
「やっぱり時給ですか、青山さんも」
「袴田くんもでしょお?」
「ま、まー……1300円は目が眩みます」
「んふふ、そうよねぇ、もっとオープンにしちゃってもいいのよ?店長も知ってるから」
青山さんは不敵な笑みを浮かべて肩を上下させる。
「でも、そうやって言ってみんな直ぐに辞めてっちゃったけど」
今まで出していた愛想笑いが蝋燭の火を吹き消したようにして一瞬で消えた。
「やっぱり多いんですか、辞める人」
「ええ、年間に何十人っているわ。その中でも残っているのは、私と竹中くんと、平井さんだけ、ああ、その二人は特別なんだけどね」
「へえ……」
「普通の人は大抵一週間前後よ。それでも踏ん張る子もたまにいるんだけど、精神的にもきちゃうみたいでねぇ。数人病院送りになったわ」
「病院送り!?」
驚いて声が裏返ってしまった。
一体何があったっていうんだ。
「数ヶ月前くらいにね、河内さんって女の子が入ってたんだけど。十日間くらいぱったり連絡とれなくて、店長が心配して親御さんに連絡したら……、アパートで手首切ってて――自殺未遂だって」
自殺――。
生々しい話に思わず背筋がぞわっとした。
「うわ……。でもそれって、このバイト関係あったんですか?」
「まあ若い子ってプライベートの悩みとか、色々あるんでしょうけどねぇ。でも同じ深夜組の竹中くんが言うには、彼女――」
青山さんが言いかけた、その時。自動ドアが開いて、誰でも一度は聴いたことのあるであろう緊張感の無いメロディが店内に響き渡って、開いた自動ドアからスーツを纏った中年の男性が入ってきた。
「あら、やだお客さんきちゃったわね」
ちょ。客来て開口一番それはまずくないのか。
青山さんの言葉を掻き消すように俺は慌てて声を張り上げて挨拶を飛ばす。
仕事帰りに通りかかったんだろう、カゴにペットボトルのお茶と弁当を入れて早々とレジに来る男性。
良くありがちな光景だ。
レジ打ちは初めてじゃないが、初日ということでまずは青山さんの接客をお手並み拝見。と言っても、コンビニもスーパーとほぼ同じでほとんど流れ作業なんだなあ。基本レジ打ってお釣り返すだけ。発注や清掃、検品、諸々あるが、慣れればなんら難しいことはない。
「ありがとうございましたー」
釣り銭を受け取り、男性は駐車場に停めてあった車に乗って去っていった。男性が去ってから、それからまた小一時間程客足が途絶えてしまい。
俺と青山さんはまた会話を再開させる。
清掃も棚田しも、検品もだたい済ませたし、あとは正直言ってそこまですることがないから仕方がないのだ。
外からたまにオートバイなんかのエンジン音が聞こえても止まらずに過ぎていくだけ、人通りなんてものは殆どない、目の前は道路と、道路を囲うようにして広がる樹海。
どこもかしこも真っ暗だ。
こんなところに、こんな時間帯で人がふらふら歩いていた方がそれこそ変だろうし。
本当に此処は客が訪れること自体が珍しい場所みたい。
「それで、さっき言いかけたあの話の続きなんだったんですか?」
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