コンビニで夜勤バイトを始めまして。

天野 アタル

本編

第1話 夜勤時給1300円

1


「んー、もう一度訊くけど、ほんとにいいの?」

「はい?」


 ボールペンを器用に指で回しながら、汗でテカついた顔で俺に訊ねるのは、俺の面接相手──〝ニコニコマート〟という、ちょっとマイナーどころのコンビニの店長。


 某県、某市、某所のコンビニでバイトをするべく、俺はたった今、面接をこの汗で顔が異様に輝いているバーコード頭のおっさんに受けさせて頂いていたわけだが。何か問題でもあったのだろうか。面接も終りに差し掛かった頃、彼はなんだか申し訳なさそうな顔をしながら俺にそう訊ねるのだ。


 いいのって、何がだ。


「いやね、君も多分ここの時給に魅力を感じてアルバイト志望したんだと思うんだけどね」


 ほほう、このオッサンよく分かってやがる。とはいえ正直に頷くのは減点対象になりうる気がして、お行儀の良い笑みを浮かべてみる。


「いやいや、そんなことは」

「いいんだって、大体そうなんだよねぇーみんな、ここ都会でもないし時給1300円って魅力的でしょ」

「はあ」

「でも大体もって一週間なんだよ、普通の人は」

「ええ」

「君もやめとくなら今だけど」


 俺が丹精込めて書いた履歴書を右手でぴらぴらさせて言う店長。

 何が言いたいんだろう、全く話が読めない。訳が分からないというふうな顔をする俺にバーコード店長はもったいぶることをやめ単刀直入に叩きつけてきた。


「あのね、ここ、かなり出るんだよ」

「出る、って?」

「おばけ」


 幽霊って言えよ、と言いたがった口をつぐんで、あー、と気の抜けた声を出す俺。うん、場所が場所ですしね。


「怖いでしょ」

「はあ」

「怖くないの?」

「そういうのあんまり信じないんで」

「うんうん、最初はみんなそう言うんだよねぇ」


 何度も聞いているといわんばかりに頷く店長。


「でも、みーんな一週間前後で辞めちゃう、だから年中アルバイト募集してるんだけど、入っては辞め、入っては辞めの繰り返しでさあ、なかなか落ちつかなくてねこれが」

「そうなんですか」

「そうそう。深夜は特に変な事が起こりやすいから、あっ、昼間はなんともないんだよ、ただロープとか……、包丁とか、買っていく人は極たまーにいるんだけどねぇ」


 おいおい、それ笑いながら言う話じゃないだろ。


「面接に来てくれた日に言うのもあれなんだけど、そういうの聞いてもし気持ち悪いとか、嫌だなとか思ったら、他所でした方がいいと思うんだよねぇ」


 その言葉は俺だけじゃなく今まで訪れた多数に言っているようだった。

 脅しとかそんなんじゃなさそうだ、本当に冗談抜きではあるんだろう。

 店長がうかがうようにじっと俺の顔を覗いてくる。此処で引いた方が利口。きっとそう思われていたんだろうけども、あっさり引けるほど俺は賢くは無く。寧ろ止められるほど突き進みたくなるダメなタイプだった。

 

「いえ、俺そういうのと全く無縁なんで、幽霊とか見たことないし、まー見ても多分あんま気にしないっすよ」


 都会でもないこの近辺は、時給は馬鹿馬鹿しいほどに安い。

 時給1300円で深夜客も少なくぼーっとしてるだけでほぼ稼げるなんてのは美味し過ぎる。しかも昇給もありときたもんだ。こんなに良い仕事はそうそうありはしない。幽霊が出る? そんなの気にしている場合じゃない、兎に角時給だ、時給の高さ。


 このバイトさえできれば他に掛け持ちしている安月給バイトを辞めても生活が潤うことは間違いない。店長が言った通り、1300円という時給は本当に魅力的だった。


「そう」

「はい、俺絶対一週間でなんか辞めませんよ」


 幽霊とか怪奇現象とかそんな話をちらつかせられて、じゃあいいですと言うのも格好悪い気がするし。女の子だったら分かるけど、俺、野郎だしね。


「人手も足りて無くてね、結構入って貰うかもしれないよ」

「ぜんぜん構いません」


 寧ろ大歓迎です、店長。

 ダメ押しとばかりに笑いかけると、店長はボールペンで頭を二、三度叩き。


「ん。じゃあ、採用ってことで」

「……まじっすか!?」


 ひゃっほう。

 余程人手が足りていなかったんだろう。あっさり俺はその日に採用決定。明日から来てくれと言われ、快くそれに応じたのだった。


 俺の新しいバイト先は某県、某市にある、コンビニエンスストア。もう少し詳細を明らかにすると。

 自殺の名所とも呼ばれている、樹海近くに面したコンビニである。


「よろしくお願いします」


 だが。その時の俺はまだ知らなかったんだ。

 自分がとんでもないところでバイトをすることになってしまったということ。そういうものに無縁だと思っていた常識が大きく覆され、25歳の夏でもっとも恐ろしい体験が待っているということも。

 時給1300円に釣られた愚か者。


「よろしくね、袴田君」


 その幾人目に、その日、俺はなってしまった。

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