第3話 能ある鷹は爪を隠す

血塗りの景色にただ一人の少女が佇む。

虚ろな瞳は全てを喪った如く生の目的から外れた色をしていた。

凍りついたその心を再び引き戻すことが出来たのなら、彼女の心は、身体は…。


少女を救いたい。手をそっと伸ばす。

目の前に見えているのに、何故。

此方に目もくれずもっと向こうを見つめ続ける彼女の名前をいくら叫んでも、手を握ろうとしても。

その声は、その手はもう届かない。

それが事実となって流れてくる、切なさが電流のように身体を駆け巡る。


叫びすぎて声も枯れたその時

少女の見つめるその先から、誰かが来る。

少女の瞳が灯籠のように揺れた。


幾ら呼んでもひとつも反応しなかったはずなのに、その男が歩みを進めるたびに柔らかく優しく変わりゆく少女に、憎悪すら湧いてくる。


なぜ、俺じゃない?

なぜ、なぜ?なぜ…?

駄目だ、その手を取っては、駄目だ。



少女は、男の手を取るー。

男の瞳は、景色と同じ深紅だった。

そして何物にも干渉させない白い長髪。


ふたりは闇に消え、自分だけが血塗られた景色の中に取り残された。



「……っは‼︎…ハァ…っ…ゆ、夢…⁈」


目覚めたのは宿屋のベッドの上。

冷や汗が身体から吹き出し、夢とはいえ現実に近いような感覚を、覚えた。

夢から覚めても尚、喪失感が消えることはなくて、呼吸をする度にこの夢が脳裏から離れない。


「…くそ……胸糞わりぃ…」

布団から起き上がり、まだ薄暗い部屋に気がつく。目覚めには少し早い時間帯だ。

シャワーを浴び、冷たい水を一気に飲み干すと、少しだけ気が楽になる。


「………昨日から、なんだってんだ…」


立て続けに起こる奇怪な事柄に頭がついていけなくなっていた。


(…それに、こんなの益々カイに話せるわけないじゃんか…)


「もう一眠り、するか…」


寝覚めの悪い夢と、冷や汗を流したせいか

やけに身体が重く直ぐにでも眠れそうだ。



薄っすらとした意識の中で、嫌な空気が部屋を包み込んだ気がしたが、その予感は再び沈黙の中へと消えていき少年は眠りについた。




「…なぁ、ところでどこに洞窟があるかお前は知ってんのか?考えてみれば俺たち、エンドブルムに土地勘なんてねえし…地図か何か買ってくしか…」


早朝の気持ち良い風と晴れた空は、小さな冒険に出かける旅立ちを歓迎するかのよう。


二人の少年は、エンドブルム市街を抜け郊外の外れ町に来ていた。

黄金に光り輝く街中とは一変し、野菜畑や民家などが時々見受けられるだけの田舎風景が目につく。


「全くこれだからロジェは…僕が昨日何もせずにぶらぶらと観光だけして収穫もなしに呑気に寝てたとでも思う?」


そう言って少し馬鹿にしたような表情を浮かべたカイはロジェの方に向き直り人差し指を向けてくる。


「えっ…違う、のか……??」


「違うに決まってるでしょ。じゃなきゃ、ここまで計画性のない動きはしないよ。こんな外れ町に来たのだって、アテがあるからに決まってるでしょ?」


あっさりと否定されてしまい、ポカンとするしかない。


「…じゃあお前、昨日情報収集とかしてたわけ?」


「別に、情報収集なんて大それたことしてたわけじゃないよ。ただ、ちょっと色々ね?」


「……ほんとお前ほど怖い奴に俺は今まで会ったことない…」


「ほめ言葉として受け取るよ、それ」

「勝手にどーぞ」


いつもカイはよく分からないけど

本当に何処で何をしてるんだか検討もつかないときがこうして度々ある。


それでも結局はこうして事を解決に導いてくれるから、いつも敵わない。


「この町を東に抜けた先に寂れた山道があるそうだよ。その奥に昔金の金採掘場として使われていた炭鉱が見えてくるみたいだね。その真裏の岩に記された文字がある場所に洞窟への入り口が隠されている…って言うのが、僕の聞いた話」


淡々と真実味を帯びたように話すカイに思わず感嘆の息を漏らす。


「そ、それってもう殆ど完璧な手かがりじゃねえか…⁉︎お前、本当誰にそんな話聞いたんだよ…」


「さあ…どうだろうね⁇ まあ細かいことは気にしないで早いところ町を抜けようよ」


「いや…細かくないんだけどな……まあいいや。…行くとすっか!」


エンドブルムの街はずれ。

太陽が登るのを見つめながら、これから知る秘密に想いを馳せながら少年たちは歩き始める。


流石に足に痛みを覚える頃、同じ風景ばかりが淡々と続く山道に一つの異変があった。


「…おかしい。…ほら、さっきまで木は葉がついていたはずでしょ?登りがきつくなった辺りから突然木が枯れて緑が全くない…」


カイの言葉に辺りを見回してみる。

その言葉の通り枯れ木が羅列しているだけの殺風景さが際立つ道が奥まで続いている。

清閑な土地には動物や虫たちの鳴き声すら聞こえず、ただ自分たちの靴が地面を蹴る音だけが辺りに響く。


「言われてみれば…いくら人気のない山道とはいえ、様子が変だな…空気も淀んでるように感じるし…」


「…うん。ひょっとすると君が知りたい秘密はもう目の前に迫ってるのかもね…? 気を抜いちゃダメだよ。ロジェも言ったように、空気がさっきとはまるで違ってる…」


ごくりと生唾を呑み込んで気を紛らわそうとしても、道を進む歩みを止めることはできずただ近づく秘密への入り口と立ち込める嫌な空気へと向かうことしかできない。


自然とお互いの口数も減ってゆく。


ついに、何かが自分たちを待つ場所へと足を踏み入れるのだという覚悟が、今更心の中を掻き乱す。


「なあ…カイは、怖いか…?…その、WSUの秘密を知ることが…」


思わず、本音を尋ねていた。

この地へ旅立ったそのときから、ずっと聞きたかったその言葉を、今口にするべきなんだと誰かに言われた気がして。


「…え?」

ひどく驚いた様子でこちらを見るカイの瞳は

何故か曇っていた。

正確には、ロジェが聞いた瞬間に曇った。


「そ、そんなに驚くことか…?」


「…ううん。ごめん。…僕は怖くないよ。今まで僕が怖がって逃げ出すところとか、君見たことある?」


(あ…)


瞳の輝きが戻った。

さっきのはただの気のせいに違いない。

見間違いだったんだろう。


(昨日から俺…疲れてるのかな…)


(今は気にしてても仕方ない……か…)


「そ、そういえば…そんなの見たことない」


「分かれば良し。…そんなこと言って、怖いのはロジェの方なんじゃないの⁇ 」


「怖いのは…俺…か。…確かに、そうかもしれねえな…自分が怖いからお前に同意を求めたかっただけ、なのかも」


そうだ。

一番知りたいその秘密に近づきすぎると、今度は興奮を通り越して恐怖すら覚えてしまった。

そんな己を認めたくなくて、ただ共に同じであると言って欲しかっただけなのかもしれない。そんなことを思う。


「やけに素直だね。…でも、怖くて当たり前なんじゃない?」


「え…」


「ひとは大切なものに近づきすぎると、それが愛から壊したいという感情に変わるんだ。…それと原理は一緒なんじゃないかな。ロジェはWSUの秘密を知ることが楽しみで仕方ない。でも実際に手前まで来てみたら、怖くなっちゃった、ってね。…よくあることさ」


「……はっ…お前、相変わらずワケわからないヤツ…でも何でだろうな?すげぇすっきりした。…ありがとな」


カイとなら、WSUの秘密を知るだけでなく本当に全てを明らかにできるんじゃないかと思えてくる。


「僕はなんもしてないよ。君の立ち直りが異常なまでに早いってだけだよ」


「…もう何でもいいよ……あ…‼︎」


無の景色から、祠のような穴が見えてくる。

岩から流れ落ちる水流は勢いを失ってはいるが、それが一層情緒溢れるものになっており入り口にはまだ金の採掘現場であった頃の名残なのか、金が張り付いた石がたくさん転がっている。


それはまさしく、探し求めて歩いた先の到達点(ゴール)だった。


「ついに…ここまで来たんだ…」


「…この真裏に、文字が書かれた岩があるはずだよ。ロジェ、手分けして探そう…僕が右回りから行く。君は左から頼むよ」


「…ああ!任せとけ。文字の書かれた岩、だったな」


祠の裏側に回り込むと生い茂る草が伸びきっている状態で、地面は梅雨でぬかるみ歩くたびに足が泥にとられる。

暫くの間人が立ち入っていないことが伺えるのが何故か嬉しく感じてしまう。

【秘密が眠る洞窟】としては最適な立地と条件。そして何より、自分がこれからこの洞窟に足を踏み入れようとしていることに気分が高揚してゆく。


「…!!これ…薄くて何かよく分からねえけど……文字、なのか…?」


目に飛び込んで来たのは、ひときわ大きく老朽化が激しい岩に書かれた文字。

傷みのせいで何が綴られているかはわからなくなってしまっているが、間違いなく此処が洞窟の入り口であるという確信があった。


「…カイっ!!カイ、見つけたぞ!洞窟の入り口、あったんだ!」


右側から回り込んだ筈のカイに、この喜びを早く伝えたくて叫びのような声で呼びかける。


「カイ!………カイ?」


辺りに木霊(こだま)するほどに叫んでいる筈なのに、求める者の返事は何故かない。


ーその代わりに、背後に迫る足音。

その足音の主は、ロジェの真後ろで止まる。


「アンタの友達はもういない」


カイの声だった。


「カイ……?お前何言ってるんだ?」


カイの顔だった。


「…カイは俺が破壊したよ。…油断した、まさか…只の魔導師風情が俺の術に抵抗してくるなんて」


カイじゃない。


「お…お前……だ、誰…だよ…カイは…カイをどうした‼︎⁉︎」


『カイ』はロジェを冷たく生気の抜けたーあの時WSUの秘密を知るのは怖いかと尋ねた後の目と同じ目をしている。


ーああ、何で俺は、気がつかなかったんだ。



「しつこいよ、アンタ。カイは俺の力で壊した。この身体は俺の魂が抜けて元の身体に戻れば只の抜け殻になる。別にカイに恨みはないけど、運が悪かったよ。もうカイの人格は複製(コピー)したから、レオン様次第ではまたカイを創ることもできるよ。この抜け殻に人格を取り付ければ、またカイになる。別に怒るほどのことでもないよ。…まあ、記憶は全部壊れたけど」


言ってる意味が、わからない。


こいつは、カイの皮を被ったこいつは


何を言っている?


「ふざけたこと……言うな……意味、分かんねえ…お前は何が言いたいんだよ……


…いいからッ‼︎ 早くカイを返してくれよ‼︎…返せよ……お願いだから……」


「本当、アンタ五月蝿いね。いちいち叫ばないでくれない?

…そうだ。カイは壊したからいいけど、アンタも消さないと。…こんな所にわざわざ来たのが馬鹿なんだ。諦めて、死んで」


殺される。

俺、死ぬのか。

WSUの秘密なんて探りにきたせいで、人生がここで終わるなんて…思いもしなかった。


カイは…多分、既に昨日港で合流した時からもうカイじゃなかったんだ。


自分の事ばかりで、気付けなかっただけだ。


(ごめんな…カイ…俺のせいで…)


「ふうん、抵抗すらしないんだ。…まあしたところでアンタは死ぬしかないんだけど。…ねえ、どうせ死ぬんだから、教えてよ。…アンタ、何しにここにきた」


「……そんなこと、答える義理…ない」


「.…あっそ。」


刹那、カイは地面に倒れ伏す。

カイの中から、男が姿を表したー。


碧(あお)みかがった銀髪。なにかを失ったような切なさすら感じられる濃紺の瞳。

魔法に優れているわけではないロジェでも感じるほど膨大な魔力の圧力。


只ならぬ、人外から外れたモノさえ感じ取れる。


男がロジェの額に手をかざすと、魔法陣が空中に浮き出る。

「死んで」


意識が遠のく。

身体中が裂けるように痛い、苦しい。

そんなことを感じたのもほんの数秒で、そのまま瞼を開けることはできなくなった。












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WOORINEAS 柚葵 雛乃 @hajimemisaki31

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