「ポケットティッシュを見ると、過去を思いだす」

兄:

「むかし、学生だった頃にな、ケータイショップの店頭で、ポケットティッシュ配るバイトをやっててなー」


私:

「今も町中で見かけますね」


兄:

「そーそー。はじめた時期が3月の終わりで、まだ寒くてなー。街頭に立ってるだけでガクガクブルブルしながら、おねがいじま~~~~ずって、ティッシュ配ってたんだわ」


私:

「頑張ってたんですねー」


兄:

「頑張ったとも。友達と2人で始めたんだけど、そいつ曰く、マッチ売りの少女になった気分だとか言い出して。気づいたら俺一人になってて」


私:

「友情とは」


兄:

「犠牲の上に成り立つのだよ。それはともかく、4月の新シーズンにも一人で配ってたんだけどな。ある日、とつぜん、ティッシュがバク売れしおってよ」


私:

「……花粉の時期ですよね?」


兄:

「まさに。それまでガン無視でスルーしてた通行人が、自ら寄ってきて、ティッシュください! ティッシュください! 鼻水ズルズルしながら群がるわけよ。大人が」


私:

「一躍人気者ですわね、お兄様」


兄:

「正直愉快だった。しかも陽気が温かいのもあって、俺も段々ハイになってきた。そのうち、この業界でトップを取れるんじゃないかとか思いはじめてマッチ売りの女王クイーンになるのも悪くないかと思い始めた」


私:

「ツッコミどころが多すぎますが、スルーします。続きをどうぞ」


兄:

「完売したよ。ティッシュはすべて、花粉に悩む人々の手に渡り、俺は清々しい気分でその日のバイトを終えた――はず、だった」


私:

「? 宣伝用のティッシュが完売したのだから、バイト代もたくさん出たのでは」


兄:

「時給であった」


私:

「あっ」


兄:

「ティッシュをいくら売ろうとも、俺は、1円も多く、手に入れることは叶わなかったのだ……」


私:

「……時給でしたかー」


兄:

「時給であった。そのツラい経験があって、俺は無事に社会人になれたのだ」


私:

「適当なこと言わないでくださいね?」


兄:

「嘘ではない。そういう下積み経験が重なって、まっとうな大人になったという話をだな――」


私:

「だからそんな変な大人になったんですかっ!!」


兄:

「いやぁ、みんなこんなんだよ?」

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