♯5
HMDに投影されたビープ音と共に点滅するアイコン、それは今回処理するデブリの位置を、ヴァリスのAI――バッティが教えてくれたものだ。
スペースデブリと言えば、一年前の例の事故の原因にもなったアレじゃないか!
私の理解が正しければ、スペースデブリってのは、衛星軌道に乗っている役に立たないもの全てのことだ。
使われなくなって久しい大昔の人工衛星はもちろん、衛星軌道での各種作業中に落したネジやらナットやらの部品やらゴミやら諸々を含めて、全てスペースデブリなんだと理解している。
それらは、秒速約8キロ弱というとんでもない速度でかっ飛んでいる為、万が一の可能性とはいえ、まだ使っている人工衛星や宇宙ステーションや、ここパシフィカOEVに衝突すればシャレにならない被害が出てしまう。だからその前に、処理する必要が出て来るわけだ。
ある意味、この軌道エレベーターというものは、そのスペースデブリ問題を解決する為に建造されたとも言えるのだそうな。
衛星のような速度で地球を延々と周回せずとも、衛星軌道の高度に留まっていることの出来るこの軌道エレベーターのピラー壁面というのは、デブリ処理にはとても便利な場所らしい。
……とはいっても具体的にどうやってデブリを処理するかは、今だに模索中なんだそうだけれど。
そのデブリ処理の方法の一つが、このヴァリスに持たせたライフルやらミサイルやらを用いるやり方なのである。
パシフィカ・アイランドにあるようなレーザー砲を使えばいいじゃないか、とも思うのだけれど、一年前の事故の影響で、低軌道ステーションにある対デブリ用レーザーは、電源であるソーラーパネルが崩落してしまい、いまだに使用不可能なのだ。
それにどちらにしろ、レーザーによるデブリ処理は、私が思う程、軽々しく使える手段では無いそうだ。
結局、コンヴィニエンツのヴァリスの出番なのだ。
今回、〈エルカ〉とゼルラ氏達が乗るヴァリス二機は、私達の下方、高度120キロ付近で、その低軌道ステーションのレーザー砲の電源にも使われるソーラーパネルの移送の手伝いに借り出されておりここにはいない。
この現場で仕事を行うのは私とセナ・ジン君、それと低軌道ステーションから指示を出してくれるコンヴィニエンツ・アルファ小隊の
『αヴァリスⅡよりデブリウォッチへ、ヴァリスのカメラで処理予定デブリD237を捕捉。当該デブリの処理実行許可はまだか?』
〔デブリ・ウォッチャー室よりコンヴィニエンツαヴァリスⅡ及びⅣへ、処理対象デブリD237への処理作業実行の可否の結論はまだ出ていない。引き続き待機されたし〕
セナ;ジン君の問いに、頭上の低軌道ステーション内にあるデブリ・ウォッチャー室から、我らがアルファ小隊のMDのカーミラちゃんの無線通信が答えた。
ミス・カーミラ・ヴロボノフちゃんは金髪碧眼のお人形さんみたいな可愛らしい女の子だ。どう見ても私やゼルラしと同年代なのだけど、だけど二十歳は過ぎてるらしい。
様々な作業・任務の計画立案と現場指示をしているのだけれど、ゼルラ氏他パイロットがいつも無茶しているせいで、始終ぷりぷりしている印象がある…でも可愛い。
今回〈エルカ〉が余所で任務中の為、彼女は低軌道ステーション内にあるデブリウォッチャー室から私達に指示を送っていた。
ここはレーダーによる観測や、世界各国の人工衛星の周回コース情報等々から、周回しているデブリを発見してはデータベース化して監視する為の施設だ。今回はその情報をヴァリスに転送、反映させてヴァリス搭載の高性能カメラでのデブリ捕捉を補助している。
遥か彼方にある秒速8キロで動くデブリなんて、人間の眼では到底発見できるはずもなく、こうした機械の補助が必要なのだった。
『まったく、いつもギリギリなんだもんな……ユカリコ、デブリ処理ミサイル発射スタンバイ。目標デブリをロックオンしつつ、各セイフティを解除。You copy?』
セナ・ジン君にようやっと話しかけられたと思えば、任務に関する言葉ばかりだった。
『ユカリコ! You copy?』
「あ……アイ コピー」
私は余計な考え事を中断し、セナ・ジン君に慌てて答えた。
私は自機の両腕に装着された箱を、予め指示されていた方向に向けた。
〔デブリ・ウォッチャー室よりコンヴィニエンツαヴァリスⅡ及びⅣへ、処理対象デブリD237の最終確認を終了。当該デブリの処置実行を許可。繰り返すデブリ237の処置実行を許可〕
「!」
『まったく、ちゃっちゃと処理許可を出してくれたら良いものを…… ユカリコ、発射タイミングまであと60秒! ミサイル・リリース・スタンバイ!』
「りょ、了解!」
余計な事を考えている間に、事態は進行していた。
私はHMDに浮かぶデブリを拡大して見た。距離接近に伴い、もう形が分かるはずだ。
映し出されたのは、青銀に輝く太陽電池パネルがくっついた金色の箱だった。私にはそれが機械の塊であること以外、新しいとか古いとか、壊れてるとか動いてるとかは判断がつかなかった。
事前説明によれば、それは一世紀も前に打ち上げられた、今はもう存在しない国の人工衛星だそうだ。機能も、コントロールする主も失った人工衛星は、現在使用中の他の人工衛星にとって危険で邪魔な存在でしかない。
今回、何万回も地球を回った挙句、この軌道エレベーターのそばを通過するに至り、デブリとしての処理が決まったわけだ。
カーミラちゃんからの通信は、接近中のデブリが、処理しても問題無いかの最終確認が終わったことを伝えるものだった。
稀にあるらしいが、デブリの種類によっては、例えば核燃料電池で稼働していた場合等、下手に手を出さないほうが良い場合もあるからだ。
『ライフルによるターゲティング完了。射程まであと40秒。ユカリコ、ミサイル最終セイフティを解除。発射トリガーを開放してヴァリスに発射タイミングを一任!』
「了解! 発射トリガー開放、ヴァリスにミサイル発射タイミングを任せます!」
セナ・ジン機が構えているのは間違い無くヴァリス用のライフルであったが、今回の使用目的はそれでデブリを撃つことではなく、そのライフルに装備されたレーザー照準機によってデブリを捕捉して、ミサイルを確実に誘導することだった。
レーザー照準によりデブリまでの距離、速度、コースが正確に測定され、私のヴァリス両椀のミサイルにインプットされていく。
私のヴァリスの上半身が自動で旋回を開始し、デブリの予測コース上に先んじてミサイルを向けた。
「発射までのカウント開始、あと15秒……10、9」
私は操縦グリップのミサイル発射トリガーを引きっぱなしにして、HMDに表示されたカウントを読み上げた。
HMD上のアイコンの点滅と、ピコンピコンというビープ音の間隔が短くなっていく。
発射自体のタイミングは、ヴァリスのAIが勝手にやってくれる。私は発射トリガーを引いてはいるが、実際行っているのはヴァリスへのミサイル発射の許可だ。
秒速約8キロでかっ飛ぶデブリにミサイルを当てるには、何百分の一秒という微細なタイミングでミサイルを発射しなければならず、到底人間には任せられないからだ。
わざわざ人を乗っけてこんな場所まで来て、結局は機械任せかよ……と思わなくもないが、正直、今はトリガーを引きっぱなしにしてるだけの簡単なお仕事でほっとしていた。
ヴァリスの上半身の旋回が終わった。イメージに反して、接近中のデブリに背を向ける体勢になっていた。
「3、2、1、リリースします……」
ゴウッという振動が、機体を通じて私の鼓膜を震わせた。それ以外のミサイル発射に伴う音は真空故に一切聞こえることはなかった。
同時に視界の両サイドから、白い噴射煙の柱が一瞬見えたかと思うと、次の瞬間にはミサイルはもうはるか彼方を飛翔していた。
直後、デブリを示すアイコンが視界の背後から前方へとすり抜けていく。先んじて放たれていたミサイルは、一瞬そのデブリに追い越されるが、尾部のロケットモーターを輝かせて加速、デブリに背後から追いつこうと迫っていった。
そのミサイルも、デブリと同じようにあっという間に見えなくなり、替わりにミサイルを示したアイコンが新たに明滅し始めた。
その数十秒後、HMD上のデブリ・アイコンとミサイル・アイコンは、来た時と同じように唐突に、地平線の彼方への夜の闇へと、ビープ音とともに没し消え去った。
〔デブリ・ウォッチャーよりコンヴィニエンツα・ヴァリスⅡ及びⅣへ、デブリ処理ミサイルの発射を確認。別名あるまで待機せよ〕
カーミラちゃんからの通信が届くと、再びコックピットの中を静寂が包む。
――うまく……いった…………のかしらん?
セナ・ジン君は何も言ってくれない。
ただじっと佇み、デブリが去って行った夜側の地平線を眺めているだけの時間が過ぎた。
ミサイルによるデブリ処理が失敗した場合、デブリが地球を一周して、再びここにやってくる約90分後の、次のミサイル発射タイミングに備えなければならない。
〔デブリ・ウォッチャーよりコンヴィニエンツα・ヴァリスⅡ及びⅣへ、処理予定デブリD237の処理成功を確認。繰り返す、D237の処理成功を確認。お疲れ様〕
数十分が経過し、私はカーミラちゃんからの通信でようやく緊張を解くことが許された。
待たされたわりに、なんとあっけない……というか、地味な……。
……そして処理成功と言われても、全く実感が湧かない。
『あ……あ~ユカリコ……』
「はい!」
任務が成功し、ようやく緊張から解放されたと思ったところで、ふいにセナ・ジン君に声をかけられ、私は上ずった声で返事をするので精いっぱいだった。
「あ、あの……何か?」
『いや、その、お疲れさま』
「ああ~」
なんだそれだけかい!
『どうかしたの?』
「いえいえいえいえいえ、お疲れさまでした。はっはっは」
誤魔化す私に彼は「うむ」と答えると、ライフルをヴァリスの大腿部に固定し、ヴァリスを
私も彼にならい、自機を変形させる。
……私って、ひょっとしたら、結構な勢いで自意識過剰なのかも。ははっ。
私達は、頭上に控える低軌道ステーションへの帰路についた。わずか10キロ程の道程だったが、重力に逆らって帰り着くには、そこそこの時間がかかる。
こうして私の初デブリ処理は終わった。
達成感は無かったけれど、実労働時間を考えれば、美味しい仕事だった……のかなぁ……という曖昧な感想を残して。
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