♯6
「う~ん、でもなぁ……」
『ん? どうかしたのユカリコ』
低軌道ステーションへと昇る最中、私の呟きは通信でセナ・ジン君に届いてしまったらしい。
「わ、いえ、あのデブリがどうなふうに処理されたのかな? ……って」
『ふ~む……そうだなぁ、早ければもうどこかのサイトで見れるかもしれないよ』
「はい?」
本当に知りたかったのはその事では無いのだけれど、思いがけないセナ・ジン君の答えに、私は思わず訊き返した。
『世界中にいるデブリ観測が趣味なアマチュア天文家がさ、こういうデブリ処理イベントを地上から撮影してはネットに上げているから』
「マジすか!?」
『うん、隠して隠せるもんでも無いし。今の市販の天体望遠鏡の性能なら、充分に観測できるからね』
誤魔化し半分でした質問だったのだけれど、返ってきた答えに私は驚いた。
民間の趣味の人凄い。
〔カーミラよりユカリコへ、先ほどのデブリの最後が見たいのでしたなら、早速もうネットにアップされてますよ〕
私達の会話を聞いていたらしい低軌道ステーションのカーミラちゃんが、親切にも教えてくれた。
同時に、ヴァリスのHMDに、民間のデブリウォッチが運営しているというHPから、抜き取った動画が送られてきた。
「もう!?」
〔パシフィカOEVのデブリ・ウォッチャー課は、COPUOSや
私は彼女に礼を言うと、早速動画を再生した。
動画には、画面右から左へと、夜空の闇を猛然と駆け抜けるミサイルの噴射炎がとらえられていた。
秒速8キロでかっ飛ぶ物体を、地上のどこからどうやって撮ったのやら……。
本来はミサイルの噴射炎以外は暗くて見えないものを、画像処理で見やすくしているのだろう。やがて噴射光の先に、目標のデブリが白っぽい歪なシルエットとなって現れた。
ミサイルはデブリの手前まで加速すると、デブリと接触する寸前で、先端部からパシュンっという音が聞こえてきそうな勢いで、巨大な蜘蛛の巣状のネットを放ち、前方のデブリを一瞬でからめ捕った。
と同時にミサイル後端部分が進行方向に向け、猛烈な逆噴射が開始、まるで何かの花弁のような噴射炎を巻き上げながら、デブリから衛星軌道を維持する速度を奪っていく。
秒速8キロを割ったデブリが、徐々にではあるが降下をはじめたのが、動画からでも分かった。
衛星速度を割ったデブリは、いずれ大気との接触で燃え尽きるだろう。
聞いてはいたけど……なんて……なんて面倒な方法を……。
逆に言えば、デブリがそれだけ面倒な存在だということなのか。
動画は一旦そこで途切れると、地上の別の位置から捕らえた動画に切り替わった。
画面右側から左へと夜空を駆け抜けるデブリは、すでに大気との接触で輝き始めていた。私も身を持って経験したことがある、断熱圧縮による高熱でプラズマが発生しているのだ。
役目を終えた人工衛星は幾つもの流星に分解しながら、その最期を人々の記憶に焼きつけようとするかのごとく、光り輝きながら夜空を駆け抜け、そして燃え尽きていった。
それはまさしく人の作りし流星であった。誰あろうこの私が作った……。
画面の端にコメント欄があったので試しにクリックしてみると、猛烈な勢いで動画を見た人間のコメントが流れて行った。
ついさっきアップされたばかりの動画に、どんだけ見てる人間がいるんだ!
日本語で書かれたものだけでも相当な数があった。
曰く「少佐ぁ、熱いです~助けて下さい!」「009……君はどこに降りたい?」「僕らはみんな~生きて~いる~」「ヲカエリナサイ」「地球よ! 私は帰ってきた!」「サンドラ・ブロックゥ~!!」等々だ。
趣味の人……さすが良く訓練を受けていらっしゃる……まさか
それにしても、普通にイメージしてみると、わざわざデブリが通り過ぎたあとから、追いかけるようにして後ろから近づき、ミサイルからネットを放って絡めて落とすなどというのは、まどろっこしいように思える。
だがしかし、実際問題、秒速8キロのデブリに対し、正面からミサイルを撃ち込むなんて事をしてみようものなら、衝突したデブリとミサイルは、どうがんばろうと粉々になり、何十、何百倍もの数の、新たな細かいデブリを生みだしてしまう。
しなくても良い仕事をアホみたいに増やしてしまうだけだ。
どんなに細かく小さくとも、秒速8キロで飛ぶデブリは厄介な事に変わりは無いのだ。
故に、ミサイルはそぉ~とデブリの後ろから、なるべく相対速度を違えずに近づき、バラけ無いようにネットでからめ捕ったら即逆噴射をかけて、地上に落して大気との接触で焼却処分するなどという、めっさ七面倒くさいやり方でデブリを処理するのだ。
因みに、二発放ったミサイルの内の一発は、もしもの時の予備であると同時に、目標デブリが
残念ながらというか、幸いにもというか、今回の場合は、放たれた二発目のミサイルは役に立つことも無く、減速噴射を掛けられ大気圏に突入させられ処分されてしまった。
もったいない……あれ一体いくらするのだろう?
現在、確認されているだけで一万二千個以上ものデブリが、地球を周回しているという……実際にデブリを処理してみると、これから先待ちかまえている際限の無いデブリ処理地獄を想像してしまい、私は初めてデブリの処理に成功したにも関わらず、どんよりとした気分になってしまった。
〔カーミラよりユカリコへ、初デブリ処理、成功おめでとう〕
その言葉は、私の心を虚しく通り過ぎて行った。
事態が急変したのはその数分後、私たちが低軌道ステーションに帰り着こうとする直前であった。
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