♯4

 コンヴィニエンツの任務は多義にわたるが、新人隊員である私に任されたとりあえずの仕事は、ひたすらOEVのピラー壁面の補修だった。

 大気圏内用のツムギちゃんを要補修箇所に配置しては回収し、配置しては回収し、設置しても設置しても終わらない航空障害灯の再取り付け作業を行う。

 慣れた……とは言い難いけれども、他のヴァリスパイロット達の倍の時間をかければ、なんとか任された仕事はこなせるようになってきた気がする。

 他にすべき作業が無いでは無いのだが、しばらくはその状況が続いた。

 私はもちろんだけれど、コンヴィニエンツのメンツやヴァリスの先輩パイロット方にも、二チーム体制になったことと、導入された新型ヴァリスへ慣れるのに、少しばかりの時間が必要だったからだ。

 その間に、新たに配備されたMkⅣヴァリスには、金属とCNMがむき出しだったボディにパールホワイトの塗装が施され、そこに搭乗者が誰か一目でわかるよう、パーソナルカラーのストライプが塗られた。

 ゼルラ氏の1号機がシャインレッド、セナジン君の2号機がコバルトブルー、マーティン氏の3号機がキャラメルブラウン、そして私の4号機がサクラピンクだ。

 一体どういう基準でこの配色になったのか……分かるような分からんような……。

 もう一つのチーム、コンンヴィニエンツ・ブラボー小隊のヴァリスには何、一体何色のストライプが塗られたのだろう?

 ちなみに基本色がパールホワイトなのは、太陽熱を吸収して熱を持ってしまわない為だそうな。赤や青の原色のストライプも、近くで良く見ると、メタリックな感じの色をしていて、太陽光をなるたけ反射するようになっている。

 そして配属から一週間が過ぎ、新型ヴァリスに皆がこなれてきた頃、私に新たな任務への参加を命じられた。


 ――ピラー壁面上・高度410キロ、低軌道ステーションの10キロ下方――。


 一年前の事故が起きた場所とほぼ同高度から見る景色は、私を取り巻く状況の変化に関係なく、変わらずに今日も私の下方に広がっていた。

 この高度か改めて地球を見ると、私らの住む地上世界というのは、このやたら美しいボーリングの玉のつるつるしたグロスの層ぐらいの厚みしか無いように思えた。よくよく考えてみれば、地上に住む私達人類の生活圏なんて、航空機の飛ぶ高さを含めても地球の直径約1万2千7百キロ分の一〇キロも無いのだ。リンゴの皮の厚み分も無い。

 時刻は夕方。

 OEVの地上基部はすでに夜の闇に覆われていたが、ここ、高度410キロは未だに太陽光が真横から照りつけていた。宇宙の西陽だ。

 地上に目を向ければ、東の海から、徐々にではあるが、目で見て分かる速度で夜が地上から昼間を西へとおいやっているのが分かる。

 南北を見れば、昼夜の境界が、弧を描いて極点へ向かって伸びているのが見えた。

 私達は今、巨大な地球の三日月の上にいるのだ。

 私はセナジン君の駆るヴァリス2号機と共に、エルカを介さず低軌道ステーションから直接ここまで来ると、ピラー壁面にへばり付き、ひたすら待機していた。

「あ~……え~……っと、セナ・ジン……君?」

 迷ったあげく、勢いで君付けで呼んでしまった……一応先輩で上司なのに。

 しかし彼はそのことにこれといったリアクションはしなかった。というか、かれこれ30分は黙ったままだった。

 今回、私達のヴァリスは、今までのような補修作業用の装備では無く、もっと物騒な装備を持って来ていた。

 今、私の傍らでは、セナ・ジン君の駆る人型形態のヴァリス2号機が、人型ヴァリスの全高程もある長い長~いメカニカルな松葉杖みたいな物体を、水平にして構えていた。

 ……いや、まあ、松葉杖っていうか、ヴァリス用の巨大なライフルなのだけれどもね。

 ヴァリス専用二種混合炸薬電気着発方式ケースレス ロングレンジ ブルバップ アンチデブリ ライフルというらしい。断わっておくけど、その名称が意味することを私が正確に理解しているなんてと思ったら大間違いだからね!

 それが、薬莢に詰められた火薬を着発させて弾を撃ち出すのではなく、二種類の半固形炸薬を、発射直前で混ぜ、電気で着火させて弾を撃ち出すタイプのライフルだなんてことは、ちっとも詳しくは知らないし。

 それが撃発機構がグリップの後ろ側にあることにより、全長を無駄なく銃身として使えるタイプのライフルだなんて知らなし。

 物体の上部に、大小の望遠鏡を束ねたような中・遠距離用照準装置と、巨大なフラッシュライトが据え付けられており、様々な状況下での精密射撃が可能だなんて知らない。

 ただもし私が、年頃の女子の癖にやたらとこんなことに詳しいとしたら……それは全て例のあの人我が愚兄のせいだ。

 ともかく薬莢の出ない長射程ライフルなんだよ!

 今どき薬莢の出ないライフルなんて珍しくは無いのだけれど、それをわざわざヴァリスが持つサイズで、宇宙で使う為にこしらえるとは……これもヒュー隊長のしたことなんだろうか? そりゃま、薬莢の出るライフルなんてここで使ったら、新しいデブリを生みだすことにしかならないけどさ。

 ……ともかく、セナ・ジン君のヴァリスは、そのライフルを、西のまだ明るい地平線の彼方に向けて構えていた。

 ヴァリスの胸部正面両サイドには、ライフルの後端ストックを固定する為のラッチがあり、ロボットのくせに結構様になったライフルの構えをしている。

 一方、私のヴァリスの両腕には、巨大な長い箱上の物体が取り付けられていた……っていうかミサイルポッド……ミサイルポッドが装着されている……。

 いや、実際にミサイルを撃ったことがあるわけじゃないから、その箱にホントの本当にミサイルが入っているだなんて、全く実感というものが沸かないんだけれどさ。

 ホントにこれ、ミサイルが出るんだよね? ミサイルだよ!

 ちょっと見てくれが良い以外は、半年前まで日本の極平均的な女子高生に過ぎなかった私が、太平洋赤道直下の高度410キロで、ミサイルをぶっ放すことになるだなんて、遠いところまできたもんだなぁ……………。

 ツムギちゃんを運び、ポールを取り付けたお次は、ライフルにミサイル――今度は戦争でも始めさせられるのだろうか……。

 こんな装備で一体何をしようというのさ?

 ……なんちゃって、実はちゃんと、今回の仕事内容は事前ブリーフィングで聞いていた。当たり前のことだけれどもね。

 でもやっぱり、直接的な指示は今回のバディたるセナ・ジン君にして欲しいわけで……。

 任務上の指示が無い限りは、常にゼルラ氏と行動を共にしていると言ってもいいこの少年に、私はどうやら避けられているらしかった。

 何か嫌われるような事したかしらん? と、問われたならば、心当たりが無いでも無い。

 ようするに、私がコンヴィニエンツ・アルファチームに加わってことによって、私が彼からゼルラ氏を奪った形になってしまったのだ。

 もちろん私が個人的に彼女のそばにいたがった、ということもあるが、やはり増えたとはいえ四人しかいないパイロットで作業を回す以上、ゼルラ氏とセナジン君ペアだけで全ての任務をこなしていくわけにもいかなくなってしまったのだ。

 ヴァリスに乗っていない時は、常にゼルラ氏の背中に隠れるようにして行動しているこの子は、ゼルラ氏と一体どういう関係なのだろう?

 尋ねる機会は掃いて捨てる程あったが、訊く度胸は私には無かった。ゼルラ氏から聞いた話によれば、彼もまたパシフィカ・アイランドで生まれ育ち、ここから一歩も外に出た事が無いらしいけれど……。

『来たぞ!』

「は、はい?」

 沈黙を破り、突然セナ・ジン君の声を聞いて、私は心臓が飛び出るかと思った。

 と同時に、私のヴァリスのHMDに投影される高度410キロから見た地平線の彼方に、一つの逆三角形のアイコンがピコンと浮かび上がり、ビープ音と共に点滅しながらゆっくりと、だが加速度的に私達のいる方向に近づいてきた。

 アイコンが何を指し示しているのかは、まだ遠すぎて直接は見えない。

 だが見えずとも、その先に何があるかを、私は知っていた。

 今回のお仕事……それはいわゆるスペースデブリの処理なのである。

 

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