第二話『ヴァーチカル ワーキング』
♯1
何でもかんでもレッテルを張りカテゴライズしたがるのは、人間の悪癖だよなぁとも思うのだけれども、今後の参考の為に、その四種の仕事とやらを聞いてやるならば……
『向いてないし好きじゃない仕事』
『向いてないけど好きな仕事』
『向いてるけど好きじゃない仕事』
『向いてるし好きな仕事』
――の四種類なのだそうな。
『向いてる』『向いてない』それはつまりその仕事への才能の有無の事とも言える。
……余計なお世話だ……。
誰だって四番めの『向いてるし好きな仕事』に就きたいに決まっている。が、実際には与えられているのは希望の職種を目指す一応の権利だけで、実際に好きで、なお且つ自分に向いていると思える職業に就ける人などごく僅かだ。
ましてや……だ。生まれて初めて着いた職業に『向いている』だとか『好き』だとか分かる訳が無い。それがたとえ〈夢〉と描いて自分で望んで就いた職業だとしても、その職業が四種のうちのどれに当てはまるのかは、実際に就いて働いてみないと分かりはしないのだ。
私はずっと恐れていた。
はたしてこの世に、私が就くべき職業は存在するのだろうか? と。
例えば、江戸時代かなんかの今はもう存在しない職人仕事や、今はまだ存在しない遠い未来に誕生する職業なんかに、私の持ってして生まれた才能があっちゃったらどうしよう? と。
高校を卒業する歳になるまで、恋愛関係はもちろん、何かをやりたい! という欲求や、若さ故の野心やら、自分だけが持つ特別な才能を見出せなかった私は、自分の茫漠とした未来に、不安を覚えずにはいられなかったのだ。
誰だってそうなように、私だって自分には何か秘めたる才能があり、それを開花させることにより、何かしらの異業を成し遂げるチャンスがあると、そう信じて生きて行きたいと思って来た。
それも……出来るものなら、なるたけ早くに、自分の才能を活かせる職業に就き、その能力を若いうちから発揮したかった。
それが駄目なら、めくるめくような大恋愛の果てに生涯の伴侶を得て、後は種族繁栄にでも励みつつ専業主婦に務めたいと願うのだ。
だけれど、それでもいつか否応も無く、選択せねばならない未来はやってくる。
私は低軌道ステーションから落ちた時に経験したあの感覚が忘れられず、その思い出だけを頼りに、再びパシフィカOEVに舞い戻り、数多ある職業から一つを選び、そこで働くこととなった。
コンヴィニエンツ配属初日、低軌道ステーション・ヴァリスハンガー内。
……私は今、絶賛確認中であった。
自分が就いたこの職業が、自分に向いていて、なお且つ好きでいられるかを……。
「ひいぃぃぃぃ~い~っ……!!!!!!!!」
向いてないし、好きじゃ無い! ……ってか大っ嫌いだこんな職業!
視界高度、約4メートル。私の結論は出ようとしていた。
初めてヴァリスに乗り込み、操縦を試みた私を、猛烈な高所恐怖症が襲った。
おかしい! アンタは高度420キロから落っこちても平気な人だっただろうに!
……だなんて言われても困る。怖いものは怖いのである!
念のために断っておくのだけど、私がこのパシフィカOEVのヴァリス隊コンヴィニエンツのパイロットになるまでには、それはそれは大変で大変な、すったもんだのエピソードの数々があった。だが、それは今はザックリとしか語るまい……。
ただでさえ社会人になりたてだというのに、人類史上でも極めて特殊且つ誕生間もない職種に就いてしまったのだ。そりゃ色んな事がおきるさ。
え~いままよ! とばかりに、高校卒業と同時にヒュー隊長=ヒューレット氏に誘われるままパシフィカ・アイランドに再上陸。この段階では、私はまだ辛うじて、自分ならなんとかなるんじゃないかという甘い甘い希望と期待を持っていた。
若さ故の中二の病の類に、この私もかかっていたのかもしれない。
ヒュー隊長が呼び寄せてくれたのだから、上手く計らってくれるのだろうと思っていたし、あの窮地から無事生き延びた経験が、自分に根拠の無い自信を与えていたのだ。
しかしだ、ヒュー隊長はすぐに私に会ってはくれたものの、採用試験諸々のザックリとした今後の指示を残すと、後は完全に私をほったらかしにしおった……。
私は即されるままに、本来であれば倍率数千倍とも言われる超難関の就職先企業、このツォルコフスキー・アルツターノフ・ピアソン
当初の目的は達成されたものの、そこに至るまでの過程で、私の自分に対する根拠無き自信や希望は、粉々に打ち砕かれていた。
私は〈夢〉でさえ無い漠然とした願い……ゼルラ氏に会いたい、高度420キロから見たあの光景をもう一度見てみたい……そんな、他の真面目に働こうとしている人から見たらふざけているとしか言いようのない欲求に駆られ、状況に流されるままにここに来てしまった。そして、どう考えても、私の何倍もやる気と素養と信念を兼ね備えているであろう数々の人々を差し置き、ここまで来てしまったのだ。
それでも、あのゼルラ氏にやっと会えるという楽しみもあったのだが、新型ヴァリスと共にエルカに乗り、ここ低軌道ステーションまでやって来た今、その思いは処理不可能な驚きと戸惑いに変わってしまった。
いつから
……私は一体何をやっとるのだろう?
その前の命の恩人との再会で、私のハートはそれどころでは無かったのだけれど、その彼女にリクエストされちゃったのだから仕方が無い。
ヒュー隊長をはじめ、今、このコンヴィニエンツの隊が最も求めていたのが、ヴァリスの新しいパイロットであったからだ。
なんと、ヴァリスを操れる人間は、今この世に十人も存在しないのだそうな。
私はそんな数少ないヴァリスのパイロットの新たな一名に足るると、数々の訓練と試験からどういうことか判断されてしまったようなのだ。
もちろん、パシフィカ・アイランドのOEV地上基部で受けた数々の訓練と研修の中には、ヴァリスの搭乗シミュレーションマシンによる訓練もあったわけだけど、実機に乗るのは今日のこれが初めてだった。
この世にはヴァリスはまだ数機しか存在せず、練習に回せる機体が無かったからだ。
私は、新型ヴァリスを見に来たコンヴィニエンツ隊の面々への配属の挨拶もそこそこに、ゼルラ氏に促されるまま、低軌道ステーションへと届けられた新型ヴァリスへ初搭乗する羽目になってしまったのだった。
低軌道ステーションのハンガー内……
新たにコンヴィニエンツに配備されることになったMKⅣヴァリスだ。
四隅にタイヤがあるものの、やはり普段外で見かけるような自動車とは形もサイズも違う。
大小の箱を繋げたような奇妙な車体、中央にでっかい三角形の紙飛行機みたいなパーツが乗っかているのがやはり目を引く。
そのサイズは普通の家庭用フォードア・セダンより二まわりはでかい。まるで戦車だ。
出来たてで未塗装だからなのか、その機体はパーツごとに銀や金色をしている。
「どうだいユカリコ? バットモービルみたいだろう?」
「確かに」……と、いつの間にか隣にいたヒュー隊長にそう答えそうになって、私は慌てて口を噤んだ。
キット凄ク良イ例エナンダローナー……ってか久しぶりに会ったのに第一声がそれかい!?
ゼルラ氏もそうだけど、ヒュー隊長も、新入隊員の緊張に対する配慮ってもんが無い! 他に配属初日の新人隊員に対して掛けるべき言葉ってもんがあるだろうに!
ヒュー隊長とはパシフィカ・アイランドに来てから今まで何度か会っているが、このぷくぷくデコスケおっさんは基本自分の言いたい事しか言いやしない。
ゼルラ氏の方は、私の複雑極まる心境などお構いなしに、ワクワクとヴァリスに乗る私に期待の眼を差し向けている。マイペースなお人……。
ちなみにセナジン君はゼルラ氏の後ろに隠れるようにしてこちらを見ていた。意外とシャイな子なのかしら?
レオタードみたいにやたらピッチリしたパイロットスーツを着込んだ私は、今更逃げ出すなんてできるわけもなく、ロボット時の胸部にある例のハンドルを掴み、おずおずとヴァリスによじ登った。
コックピットは紙飛行機型パーツの後端真下、後輪と後輪の間、大きな洗濯機のような冷蔵庫のようなブロック部分にある。
紙飛行機型パーツとコックピットの天版パーツをはね上げ、上方から潜り込んだ。
超狭いっ! 分かっていたことなんだけど、背中がかゆくなったらどうしよう……。
まるでレース用バイクにまたがるかのような前傾姿勢でコックピットに納まる。
これは下手に普通の椅子みたいな座席を採用すると、上下のGがかかった時に、臀部に衝撃が集中して最悪骨盤が破壊される恐れがあるので、自分の体重を、両手、両足、臀部に分散してある程度自分の力で踏ん張れるようにした結果だそうな。
また90度車体を傾け、ピラー壁面に張り着いた状態ではリクライニングされたイスに座るかのような体制になることも計算しての体勢だという。
私はその体勢で、僅かにペダルやグリップを動かしたり首をひねる以外は、まったく身動きできなくなってしまった。耐Gクッションで全身が包まれているのだ。
パイロットスーツがやたらピチピチなのも頷ける。
こんなくそ狭いコックピット内では、可能な限りスマートな身なりでいなけりゃやってられない。その他にも、このパイロットスーツには、非常時に機外に出た際に、ほぼ宇宙と変わらない環境でも生きていく為の疑似宇宙服的機能もあるのだそうな。
ピチピチなのは、0気圧環境では中に空気が入っているとパンパンに膨らんで身動きできなくなってしまうからだ。
正直、年頃の乙女としては、こんな格好で人前に出るのは超恥ずかしいに決まっているのだけれど、命がかかっているとなっちゃ四の五の言ってられない。それに仕事だしね。訓練期間中にこのピチピチ問題なんぞは気にならなくなっていた。というか麻痺していた。
幸い、こんな格好しててもコックピットに入ってしまえば人には見られない。
コックピットの天板のハッチが閉まり、真っ暗になると瞬間的に閉所恐怖症が沸き上がって来そうになった。無理もないよねっ!!
けれど、その恐怖が顕在化する前にヴァリスの電源が入り、HMD〈ヘルメット・マウント・ディスプレイ〉となっているヘルメット内眼前に外部映像が投影されると、暗く狭い箱に押し込められた恐怖は瞬時に消え去った。
狭い! 暗い! どころか、逆に解放感があり過ぎて怖くなってきてしまった。
機体各部のカメラが捕らえた外部映像が、私が頭を動かすのに合わせ、縦横左右へとシームレスに私の眼前に投影されたからだ。
僅かに頭を振るだけで、機底部や真後ろまで見れるので、自前の眼球よりも視界は広いくらいだ。ハンガー内の壁面や天井、床、ゼルラ氏やコンヴィニエンツの面々が自分を囲んでいるのが高解像度で見てとれた。
まるで目玉だけ空中に浮いているかのようだ。視界内のヴァリスの車体は半透明になってその向こうの景色を見る邪魔にはならなくなっていた。
ギャラリー達が起動したヴァリスに「おお~」とリアクションしている。
皆さん、新隊員の私よりも新機体のほうに興味深々でいらっしゃるようだ。
「ユカリコ~変形させて見せてよー」
「りょ、りょーかい!!」
まだ知り合ったばかりだというのに、超親しげに話しかけてくれるゼルラ氏に私は答えると、
私は脳をフル回転させ、記憶の底からヴァリス操縦マニュアルを呼び出して操作した。
次の瞬間、シミュレーションでは再現しきれない感覚が私を襲った。
眼前のディスプレイの隅に投影された簡素なヴァリスのCGモデルが、リフト形態から
ここでちょっと想像してみてほしい。
例えば突然、高さ二メートル半くらいの脚立かなんかの天辺に、いきなりすっくと立って見た場合の気分とその視界を……。
怖い! 超怖い!!
「ひいぃぃぃぃ~い~っ……!!!!!!!!」
向いてないし、好きじゃ無い! ……ってか大っ嫌いだこんな職業!
視界高度、約4メートル。
初めてヴァリスに乗り込み操縦を試みた私を、猛烈な高所恐怖症が襲った。
おかしい! アンタは高度420キロから落っこちても平気な人だっただろうに!
……だなんて言われても困る。怖いものは怖いのである!
今までこなしてきたシミュレーションマシンでの訓練では、CG映像で現実では無いという先入観が働いたために平気だったのだ。仮想と現実はやっぱ違うだよ!
シミュレーションではさすがに再現不可能な僅かなGの変化やCGでは無いモノホンの映像、これは現実であるという認識が、意思では決してコントロール不可能な、本能的恐怖となって私を襲う。
高度420キロからの景色なんてのは高すぎて逆に怖かなかったりするのだが、視界高度約4メートルから見た景色というのは、丁度良い具合に、そこから落っこちたら超痛いだろうなぁと、容易に今までの人生経験からリアルに想像できてしまうのだ。
ここから落ちて、ハンガーのあの堅そうな床に激突でもしたら、脚の骨くらいポッキリいくだろうなぁとか……。
「あ、あわわわわ」
ガクガクと私の身体が震えだす。と、それに合わせるようにヴァリスまで震えだした。
「あ……れ? あれれ? ……れ!? れれれれれれ」
原因はすぐに思い至った。ヴァリスが私の身体の震えを増幅して実行してしまったのだ。
あくまで補助的な操縦システムとしてではあるが、ウソかマコトか、このヴァリスにはパイロットスーツとヘルメットを介した、イメージ・コントロール・システム〈ICS〉なるものが実装されているのだそうな。
思考制御システムとでもいうべきそれは、ようするに考えただけで動かすことができる操縦装置らしいのだけれど、この装置が私の心の動揺を感知し、そのままヴァリスの動きに反映させてしまったらしい。
確かに、最近では戦闘機の操縦システムやら、アミューズメント施設にある体感型ゲーム機等で、そのシステムが使われたりしてると聞いたことはあるけど、まさかこれがこのヴァリスにも使われていて、こんなにセンシティブに働くとは、正直、考えただけで動くだなんて、御冗談を……と思っていた私は、なるほど! 原因は分かった! が、どうすることもできなかった。
「れ、れれれれ?」
急に、まるでローラースケートでも履いているかのように、脚元までおぼつかなくなってきた。ヴァリスの脚は膝から下が、大小前後輪のタイヤになっているからだ。
思わずワタワタとヴァリスの腕を振り回して、咄嗟に何かに掴まってバランスを取ろうとするのだが、残念ながら、そばに掴まることができるようなものはなかった。
ああ! 視界に入る振り回しているつもりの私の手が、当たり前だけどヴァリスのメカニカルなマニピュレーターになってる! 因みに指は親指込みで全四指しかない。だってピアノ弾くわけでも無し、五本もいらないもんね!
ゼルラ氏達、コンヴィニエンツ隊のギャラリーが蜘蛛の子散らすように逃げていく。
私が乗るヴァリスは、まるで初めてスケートをやったカートゥーンの犬や猫のディフォルメキャラクターのように、盛大に手足をジタバタすると、モノの見事にステーンッとすっ転んだ。
私のヴァリス隊コンヴィニエンツ配属初日の記憶は、一旦ここで終了する。
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