幕間

〔ヴァリス・パイロット選抜研修初日のロドニー・D・ヒューレットによる訓示〕

『諸君らも良く御存知の通り、このパシフィカ軌道エレベーターは、五年前に、ようやく第二世代型への改装が完了し、以降、静止衛生軌道及び、その先の内外の惑星系への人・物資の輸送が一気に数十倍に増えることとなった。

 それまで一日に最大30名の乗客と数十トンの輸送能力しか無かったものが、一挙に毎日三千人の乗客と、数百トンもの貨物を運べるようになったわけだ。

 そこで新たに問題となったのが、この軌道エレベーターの保守点検、対テロ警備、及び人命救助等、不測の事態への対応手段の構築だ。

 第一世代のストリング型は、輸送能力に欠けるかわりに、それが静止軌道から垂らされた糸に過ぎない為、万が一最悪の事態が起き、その糸が千切れることがあったとしても、それによって生じる被害は最低限で済む。が、ピラー化し、糸ではなく最短柱直径200メートル×5万キロの柱となった第二世代型軌道エレベーターではそうはいかない。

 その巨大化したサイズにより、多少のダメージでは千切れるような致命的事態に陥ることはないが、その分、保守点検、対テロ警備、及び人命救助等、不測の事態への対応策を必要とするエリアは広大な面積、距離となってしまった。

 この問題に対し、諸君らも良くご存知のことだとは思うが、我々〈ツォルコフスキー・アルツターノフ・ピアソン・OEVコーポ〉は、ピラー製造にも使用した無数の無人CNM縫製機械群、通称ツムギィ・シリーズを用いることで対処することにした。

 距離、面積の数値を聞けば分かるように、それ以外の手段では到底不可能だという事情もあるし、静止軌道を起点とした重力変化と、自転による太陽光の変化、あとは極まれにある太陽フレアの異常等のレアケースを除き、一定の範囲内の環境変化しか起きない低軌道ステーションより上の軌道エレベーター上では、遠隔、もしくは自立型無人機械でも充分信用に足る成果をはたしてくれるからだ。

 が、諸君らも良くご存知のとおり、低軌道ステーションから地上のピラー基部までのエリア内ではそうはいかない。

 特に、気圧と気温、湿度の上昇に伴う様々な天候変化……雨風、雪、強風等々は、時に急激であり、完璧なる事前予測は難しく、無人機械での完全対応は不可能なレベルだ。また、重力井戸の底には、多くの人命を預かるエレベーター地上基部、ここパシフィカ・アイランドがあり、必要とされる能力はなお一層高いものが望まれる。

 様々なトラブルも99%までは無人機械群でも対応可能だ。が、残り1%いや0.00001%でも対応に失敗すれば、即、人命が危険にさらされるわけだ。

 必要とされるのは、無人機械以上の現場での判断力、決断力を持ち、高度420キロ以下での急激かつ様々な環境変化に耐え、その距離間を迅速に移動でき、そこで必要とされる様々な作業を行えるフレキシビリティだ。

 判断力や決断力に関しては、有人機械にすることによって解決が試みられた。実際問題、どんなに優秀な無人機械が開発されようとも、人間が求めることを最も良く理解し即実行出来うるのは同じ人間……つまり搭乗者だけなのだし、結果的な能力の如何にかかわらず、人が乗っている事でしか得られない社会的信用というものもある。つまり世論対策だ。

 迅速な移動と作業のフレキシビリティの両立は、可変機能を持たせることで実現した。

 一対の多目的アームを駆使できる人型作業形態ヒューボット、電磁石で吸着するタイヤを用いピラー壁面上を自在に移動する四輪移動リフト形態。それら両形態に瞬時に変形させる機能をもたせた結果生み出されたのが……諸君らも良くご存知であろうヴァリアヴルアグメンテッドリフティングスーツ、略してヴァリスVALSだ』

「…………諸君らも良くご存知じゃないってばよェ……」

 〔ヴァリス・パイロット選抜研修初日のロドニー・D・ヒューレットによる訓示……と、それに対する約一名の感想〕

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