芽出たし愛でたし

グリップダイス

芽出たし愛でたし

 洗面台の前にいました。

 自宅の、いつもの、洗面台。

 周りは日の光で明るい。

 だから、多分、昼間。


 鏡に映った自分もいつもどおり。

 鏡に映った顔もいつもどおり。


 ……ん?


 なにか違和感がありました。

 なんとなく顔を右に向けて、横目で眺めてみました。


 ……あれ? 何か生えてる?


 後頭部から真っ直ぐ上に向かって芽が出ていました。

 明るい緑色をしたグラジオラスのような芽でした。

 そう言えば、グラジオラスは小学校一年生の時に育てました。

 きれいな紫色の花が咲きました。

 ……それはさておき。


 え? 頭から芽が出るってどういうこと?

 そんなことってあるの!?


 私は慌てて病院に行きました。

 ごく普通の個人病院です。

 どこの街にもあるような病院です。

 診察室にいたのは、50代くらいで銀ぶちの眼鏡を掛けた優しそうな先生でした。

 先生は、私の頭から生えた芽をみても落ち着いていました。


 「それじゃあ、手術ですね」

 「え? やっぱり手術しないといけませんか?」

 「はい、これからやりましょう」


 見ると、先生はすでに青い手術着に着替えていました。

 準備万端です。

 私の方は、当然ながら、心の準備なんてできていません。


 「あの、今からですか?」

 「はい、今からです」

 「あの、麻酔は?」

 「部分麻酔をしますから」


 え? 頭の手術って部分麻酔でできるんですか!?

 知らなかったです。結構簡単なんですね……


 ということで、いきなり手術が始まりました。

 手術台はベッドでしたが、上半身を起こしたような形のままでした。


 やっぱり、芽が上を向いてるから体を起こしておく必要があるんだろうか……


 そう思っていると、ちょっと年配のシスターのような看護師さんが、私の頭に注射針を刺しました。部分麻酔の注射でした。

 すると、先生がよくわからない小さいノコギリのようなものでギコギコと。

 後頭部のあたりで作業しています。

 でも、部分麻酔のせいか痛くはありません。


 けっこう簡単な手術だったから、すぐにやることになって、しかも部分麻酔なんだ……

 まあ、芽を切るだけだからなぁ……


 そんなことを考えていました。

 すると先生が、「よし、これでいい」と言いました。

 手術が始まってほんの数分しか経っていません。でも終わりました。


 すると、シスターの看護師さんが、私のところに鏡を持ってきました。

 かなり大きい鏡でした。

 それを私の左横に構えました。


 !!!


 見ると、私の頭はタマネギの上の方だけ剥いたような形になっていました。

 っていうか金魚鉢のような状態です。

 そして、その中央から立派な芽が天に向かってそびえ立っていたのです。


 あれ? 後頭部の頭蓋骨はどうしたんですか?

 ホントに手術は終わったんですか?

 ……どう見ても、中身がむき出しなんですけど?

 っていうか、そもそもノコギリで芽を切っていたんじゃないんですか?


 そう思って先生の方を見ると、先生はシスターの看護師さんと一緒に満足そうな顔をしていました。

 先生が言いました。


 「大丈夫。何も問題ないよ」

 「あの、頭蓋骨は……」

 「あれはなくても大丈夫」

 「でも、頭蓋骨がないと。脳とかは大丈夫なんでしょうか?」

 「特に問題ないから触ってごらん」


 そう言われたので、おっかなびっくり頭から生えた新芽を触ってみました。


 ……あれ? 触っても特に痛くない……


 ついでに頭の中も触ってみました。

 私の脳は、ブヨブヨしていました。

 そして何となくですが、大きな球根のような形をしているのがわかりました。

 あと、頭の中には、水みたいなものが少し溜まっていました。


 へえ、これが養分なんだ……


 そう思うと、何となく納得できました。


 え、いやいや。

 こんな頭じゃ仕事に行けないよ。

 っていうかどうやって生活するの、これ?

 外を歩けないよ。

 こんな頭の人いないよ!?

 ホントにどうしたらいいの?


 心配になって先生に聞きました。


 「ホントに大丈夫なんですか?」

 「いや、普通ですよ」

 「いや、だって」

 「日常生活には支障ありませんから。ごく普通です」

 「あ、そうなんですか?」

 「はい、大丈夫ですよ」


 先生にそう言われているうちに。


 ……そっか。普通か。

 ……まあ、普通ならいっか。

 ……人の頭に何が生えていたって、自分のことじゃなきゃ誰も気にしないし。


 そう思いました。

 まあ、いっか。

 めでたし、めでたし。

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