第三十八首 山背吹き ひとも稲穂も 凍えたる あずまのさだめ われら変えゆく

 草壁水脈です。総領さまの代理で、私が和歌ちゃん唄ちゃんをサポートすることになりました。

 ですので、これから私が水源地の戦いをレポート致します。慣れないことですけれど、どうかよろしくお願い致します。


 [反撃開始ですの!]


 [反撃開始]


 [ちょっ、ちょっと待ってください、水脈みおです。モドキが一匹しかいない理由があるはずです。接近すると、何か隠し玉を使ってくるかも]


 ソロの敵は、ソロである理由があると私は考えます。たとえば、近くにいる仲間も巻き込む広範囲攻撃とか。


 [むむっ、確かに一理あるかもしれないですの]


 [確かに]


 [現在、上空からの撮影による動画データを分析中です。折り媛さまたちの情報で、敵は複数の謂れを混ぜた怪物を使役しているそうです。焦りは禁物ですよ]


 敵と相対している現場のお二人と、研究所ラボから見守って分析をしている私の意識の違いなのか、おっとりした私と違い、戦闘要員であるお二人はとっても好戦的でした。

 なにしろお二人は、私が止めるまで敵に突撃しようとしていました。

 しかし、私がお二人に分析を待つように提案しますと、彼女たちは耳を傾けてくれたのです。


 実際、敵の繰りだしてくる技の種類も解らないままで、悪戯に接近することは危険です。

 

 私、草壁水脈の言う通り、唄ちゃんが操るキャロットドローン数機は複数方向から首長竜を撮影しています。もちろんリアルタイムでの動画の送信もしていますので、情報収集の態勢は整っています。


 もう少し敵のスズキリュウモドキの情報が揃ってからでも、突撃は遅くないでしょう。


 しかし。 


 […あの水脈さん、言いたいことは理解できる。でも、待っていても状況は改善しない。私のキャロットドローンにも限界があるし、マイクロミサイルも残弾がない。仕掛けてみて様子を探ることも必要では?]


 [そうかもしれませんけど…]


 なるほど。言われてみればそうかもしれません。唄さんの意見は確かに一理あります。事態を座視する時間を長引かせれば、人里での病気の人たちの症状も長引きます。


 私は、そのことも考えて、ちょっと心配そうな表情になったようです。その映像はお二人の網膜に投影されたビジョンにも、ばっちり映っていたようです。


 […了解です。危険ですがそちらの提案に従います。人里の病気のこともあります。怪物を早く排除して、鬼神塚を破壊してください]


 私は、人情事に弱いだけでなく、後々のことも考えてしまう人間です。唄さんの提案を退けることができずに、その提案に同意してしまいました。


 [我々だけでなく、人里の事態も理解してくれているようで助かります。和歌ちゃん]  

  

 […うーん、そうですねぇ…もう少しデータが必要ですの? だったらわたくしが接近して、その隠し玉の正体を暴き出してみせますの」


 私と唄さんの提案が、唄さんに軍配が上がって終了した後、黒猫のフレンズ…いいえ、ブラックキャットとセーラーのジャケットを纏った八雲和歌ちゃんは、そう自分の意見を言ったのです。


 わたし、草壁水脈は、自分の意見が言える子は好きですよ。


 和歌さんとしては、自分が手柄をあげて折り媛のすみれさんを驚かすと言った手前、それ相応の働きを見せねばならないという心持ちなのでしょう。


 自分が囮役をしなければならないのなら、やってみせる覚悟もあるのでしょう。


 そうしなければ、総領さまや仲間たちに面目が立たないですし、何より自分自身のプライドが傷付きます。

 

 それらを差し引いても、勇敢といえる決断だと私は思いました。


 [和歌ちゃん、大丈夫?]

 

 [唄も水脈さんも心配無用ですの。もうすぐ水が引きますの。ちょっと足元が大変ですが、安定器スタビライザーである尻尾は伊達ではありませんの。上手に駆け抜けてモドキを攪乱させてみせますの]


 和歌さんは、自分は問題ないと元気いっぱいに笑顔を見せて、手首をひらひらと振って屈伸運動し、続いてトントンッと跳ねて、高速走行の準備運動をしてみせました。


[それじゃあ、行きますの。唄ちゃん、水脈さん、サポートと解析しますの]


 私たちの返事を待たず和歌さんはそう言い残して、水が引いた後に姿を見せた老木へと飛び降りていきました。


 その直後、にゃんコード・ライフルが残された大木の梢が、ガサッと揺れます。


 スカートを翻らせ、瑞々しい太腿と臀部から伸びた尻尾を顕にしながら、和歌さんは巧みに老木の上に着地しました。

 スタビライザーである尻尾のお蔭もあるのでしょう。その様子は木の上から飛び降りたネコ科の猛獣のようでした。


 [格好良いです…]


 じつに素晴らしい動きです。その美しさに同性の私も柄にもなくドキドキしてしまいました。だからそう呟いてしまったのです。

 

 [それには同意]


 [ありがとうですの。唄ちゃんに水脈さん。でも、もっと素敵で素晴らしい動きを見せて差し上げますの]


 私たちの言葉にちょっと照れた和歌さんは、そう言い残してスピードを上げました。なんと徒手空拳のままで。


 それでも和歌さんは、恐れるでもなくネコ科特有の素敵で無駄のない動作で、水たまりを避けてモドキへと近付いていきます。


 この素早く優雅な動きこそ特化型のジャケット、ブラックキャット&セーラーの、一番の武器なのだなと私は理解したのでした。


 とはいえ、和歌ちゃんに注目している訳にもいきません。和歌ちゃんに活躍してもらうためにも、敵であるモドキの能力解析に集中します。


 和歌ちゃんを見送った唄ちゃんも同じ気持ちなのでしょう。研究室の複数あるハイビジョンビューの一つには、和歌ちゃんが置いて行ったライフルを構えて、支援体制となった唄ちゃんの姿も映ってました。


 (唄ちゃんも頑張って) 


 そう思う私は、チラリチラリとそちらにも注意を払いながらも、モドキの動向を知ることを第一に行動していました。

 キャロットドローンの動画の解析を続け、敵のすべてを明らかにすることが第一の任務と信じて。

 

 ⁉ 


 [これは…!]


 ですが、私が驚いたのはモドキではなく、水源地全体の大気の急激な変化でした。


 なんと、北東の方角から吹き付ける冷たい風が追い風となって、和歌ちゃんがモドキに近付くことを阻むように吹き荒び始めたのです。

 暖かい空気が吹き飛ばされ、水源地付近の温度が急激に下がり始めます。

 急激に極寒の空間が形造られていきました。

 気温データを見ると、十数秒で気温は所に寄り10°~15°は下がりました。


 [和歌ちゃん、その追い風は危険です。一旦、立ち止まってください!]


 [止まって和歌ちゃん]


 [そう言われても、突然は無理ですの!]

 

 そう言う和歌ちゃんは、そんな冷たい大気の空間の中へと、自ら飛び込むことになったのです。

 スピードを出し過ぎた車が急に止まれないように、素早く走っていた和歌ちゃんも急には止まれなかったのです。


 [ああっ!]


 私は悲鳴を上げました。いくら対怪異用最新型ジャケットを身に纏っているとはいえ、まだ若木のような少女です。急激な温度変化にどれだけ身体が適応できるか解らないのです。


 [くううっ! 寒いですの!]


 和歌ちゃんは悲鳴を上げて、極寒の空間をUターンして、温暖な場所へのエスケープを図りました。

 しかし、その行為もまた自らの身体に負担をかける行動です。極寒から温暖な場所への移動もまた、人体に多大な影響を与えます。

 私の貌色は、それらを考えて蒼くなりました。


 [大丈夫! 和歌ちゃん!]


 [ううう…大丈夫ですの…でも、ジャケットがなかったら即死でしたの]


 唄ちゃんのいる場所まで戻った和歌ちゃんは、温かい体温を求めて唄ちゃんに抱き着きました。まずは一安心です。


 [良かった…]


 蒼くなっていた私は、和歌ちゃんの無事を知り安堵しました。一次的な貌の蒼さも、血の気が戻り元に戻りました。


 しかし、極寒空間への突入時、脱出時のデータを見てみると、和歌ちゃんの言う通りだったと解り、また貌が蒼くなりました。


 和歌ちゃんの、ジャケットがなかったら即死だったという言葉は事実でした。


 データによれば、装着者を元々の状態のままに守ろうとするジャケットによって、頭の血管膨張による脳出血や、血管収縮による脳梗塞を防止してくれていたのです。


 敵のスズキリュウモドキは、正真正銘、ソロ活動で光る存在だったのです。まあ、仲間がいると実力が発揮できないとも言えますが。


 […ううう…寒いですの…私の結論から言いますと、今の装備だけでは、あのスズキリュウモドキには勝てません…の]


 [それには同意]


 暖かさを求めて抱き着いてきた和歌ちゃんの背中を擦りながら、唄ちゃんがそう言います。

 でも、それではどうすれば良いのでしょう? 私は気になりました。


 […寒む…弱音を吐いている訳ではありませんの。ただ客観的な事実として、お爺さまたちの使役する式神航空隊と連携しなければ、とても勝てる気がしませんの]


 [解る。でも方法ってものがある。爺さんたちだけに負担は背負わせられない。爺さんたちは、他にも戦っている仲間の支援に回らなければならない]


 [ではどうしますの? 敵は強力ですのよ]


 [確かに。あのモドキは私たちだけで何とかできる強さの範疇を越えています。だから水脈先生、何か良いお知恵はありませんか?]


 普段ポーカーフェイスの唄ちゃんも、今回ばかりは弱音を吐くようです。いえ、強がられても困りますが。

 それに、それは戦略的に正しいと私は感じました。  


 […そのことですが…もしかしたら…あれは…やませ風?…の力かもしれません…]


 助言を求められた私は、集めたデータ解析から、ある推論を披露しました。年の功での知識と、新しい折り媛ことすみれさんが齎した情報を組み合わせての推論でした。


 [やませ風?]


 […やませ風…ですの?]


 [そうです。過去のデータから推察すると、水源地の鬼神塚には、スズキリュウとやませ風が、一緒くたに纏めて祀られている可能性が高いのです]


 ちなみにやませ風というものは、稲穂への冷害を齎す太平洋から吹き付けてくる東北地方特有の偏東風ですと、私は説明するのでした。


 [たしか、スズキリュウも東北で発見された化石?]


 [その通りです]

 

 […じゃ、あの水源地の鬼神塚には…スズキリュウだけでなく…やませ風も祀られている?………それで二つが混ぜられて、あのスズキリュウモドキが生み出されたってこと…?]

 

 [可能性は高いですね。今、米川君と杉森君が戦っているキョンシーは、アンモナイトの鎧を着込んで戦っているようです。それも東北で出土した化石ですから]


 [それは…あちらも大変ですの…でもこちらのヒントになりましたわね]


 [米川さんに杉森さん、可哀想に…強く生きて。それで水脈先生、傾向と対策は?]


 [はい。やませ風は奥羽山脈などを越えられない冷風です。しかし、我々には、空飛ぶ味方による力強い羽搏きがあります]


 [! それならモドキの操るやませ風も、上空高く吹き飛ばせますの?]


 [YES]


 [OK でもモドキの防壁はどうするの? 固い鱗と分厚い皮下脂肪は?]


 [それも、新型ジャケットと式神航空隊。そして日本の武士たちに伝わる武器があれば貫けるかと。式神航空隊が、予備のためにと、古い謂れの有る武具を待っていましたよね]


 [確かに…それで行けそうです。先生の言う通りにしますから、方法please]


 [それはですね…]


 私は、私の言う通りに作戦行動を取るという唄ちゃんに、そしてここまで囮を頑張ってくれた和歌ちゃんのために、その方法を伝えたのでした。




メモ:よしよし。うまく強力なスタンド使いを相手にする能力の劣る者たちが、力を合わせて対抗する展開になってる。 

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