第三十九首 鬼とされ 祀られたまふ いにしへの 御魂ようやく 解き放たれん
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ………ザザザザザ…………
………パキッ! パキパキッ! バキィッ!
[これで計四回目ですの]
[地上の土砂が流されて…そろそろ周辺の樹木がもたない]
[そうですね。後、一回が限界かもしれません]
私たちが話すように、森林の樹木の根元は度重なった激流によって土砂が流されてしまいました。
すでに比較的若い樹木は、直立を保てなくなって倒れてしまっています。
如何に永年堆積した腐葉土といっても、スズキリュウモドキが連続で放った激流に飲み込まれてしまっては、彼方へと流されてしまいます。樹木の根元が顕になってしまうのも、当然の事なのでしょう。
和歌さんと唄さんが身を寄せている大木も、次に激流を受ければ自重をその根だけで支えることは厳しいでしょう。
[上空の大気の流れは相変わらずです。やませ風がまた来ます。防御を!]
[嫌なコンボですの! 唄ちゃん!]
[了解です、和歌ちゃん。霊威フィールド、防御最大]
私が気流変化の情報を告げると、すぐさま和歌ちゃんと唄ちゃんは冷気対策に移りました。
…ヒュゥウウウウ………ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ………
[くうっ!]
[後少しだけ耐えて、和歌ちゃん]
悔しさにが滲む声が、通信機を経て私にも届きます。
モドキは現在、水源の水を集中させてから一定方向に放つ激流攻撃と、やませ風を利用した冷気攻撃の二段構えで、こちらを追い詰めている途中です。
悔しいですが、現状、アタッカーの和歌ちゃんと唄ちゃんは対抗手段がありません。
激流と冷気の二段攻撃、気圧断層と霊威フィールド。さらには硬い鱗に皮下脂肪という鉄壁の障壁をモドキは持っています。
恐るべき初見殺しのハイスペック。
それによってお見方側はピンチです。
和歌ちゃん唄ちゃんは、モドキがソロであるにも関わらず攻めあぐね、一方的に敵の攻撃にさらされている状態でした。
今も、お二人は全力防御でなんとかその攻撃に耐えています。
本当に寒そうで、温かい
私は、せめてお二人を奮い立たそうと、声援を送ります。
[二人とも頑張ってください。もう少し…もう少しで上空の式神航空隊の準備が整いますから]
[ありがとう水脈さん。私たち、まだ頑張れますの。ねぇ唄ちゃん!]
[当然です和歌ちゃん、最終的に勝利するのは私たちです]
互いにやませ風による冷気に震えながらも、まだ頑張れるよとアピールするお二人。お二人は身体だけではなく、精神も若々しく健康的でした。どうやらまだ、モドキの攻撃に耐えて戦えるようです。
[でも早く準備が完了してほしいですの。式神の配置と長巻の用意はまだですの?]
[やっぱり、少しでも早い方が良いです]
あらら。
やっぱりそうですよね。でも大丈夫。なぜなら…
[…安心してください。次の攻撃の前に準備は整いそうです]
[ああ…それを聞いて安心しましたの…正直、強がっていましたがそろそろ心が折れそうでしたの]
[爺さんたちグッジョブ。この寒さの怨み、何倍にもしてモドキに返す]
[では配置についてください。手順は解りますね? もう一回説明しますか?]
私は、もう一度手順を確認しますかと質問しました。しかしお二人は…
[解っています。まずは…]
和歌さんは、そう言って足場の悪い地面にシュタッと飛び降り、モドキに向かって走り始めました。唄さんもにゃんコード・ライフルを持って、その後に続きます。
一見、自棄になって突撃したように見えますが、当然、作戦の内です。
…キュエエエエエエエ………
しかし、お二人の姿を認識したモドキといえば、ルーティンワーク気味に攻撃の準備を開始しました。
こう言っては何ですが、モドキは所詮は戦いのために召喚された存在なのでしょう。侵入者への対応以外、やることもないのでしょう。
それも、同じ手段でしか。
それはこちらとしては好都合です。こちらの作戦通りの動きをしてくれているのですから。
そう。そこが我々の狙い目となるのです。
ソロのモドキは強力な複合攻撃を有していますが、それさえ打ち崩してしまえば、耐え直すことはほぼ不可能です。
なぜならば、ソロ故に同行者がいないというデメリットがあり、状況によって戦略を変える手段がありません。手数は限られているのです。
その証拠が正解であると言うように、モドキはこちらに対し同じ攻撃ばかり繰り返しています。
つまり、その手段を封じてしまえば、我々の勝利は確実なのです。
[和歌ちゃん、乗って! 跳ぶよ!]
[了解! 今のところ作戦通りですの!]
シュッ! タンッ!
黒猫の力を得ている和歌ちゃんは、ネコ科らしく軽やかに追い付いてきた唄ちゃんに飛び乗ります。
[ラピットラビット…ジャンプ!]
ダンッ! ズドンッ!
続いて唄ちゃんが、ウサギ科らしく力強く空中へと大ジャンプします。お二人の身体が風を切って天空を舞います。
もちろん、その身に受ける大気の圧力は、ジャケットによって緩和されています。
さて、唄さんが和歌さんを肩に乗せて、上空へと跳んだのには複数の理由があります。一つは地上の激流攻撃を躱すため。もう一つは和歌ちゃんがさらに上空へとジャンプするためです。
[上空に式神! 私も跳びますの!]
タンッ!
そう。作戦通りなのです。地上でモドキによって激流が放たれている間に、和歌ちゃんはその遥か上空で、空飛ぶ式神が持ってきた長巻を受け取るのです。
その長巻は、過去に坂東武者が使用していた品です。百人切りの謂れのある無銘の凶刀ですので、和歌ちゃんが霊力と併せて使用すれば、切れない物などあんまりないでしょう。
ヒュゥゥンッ! ガシッ! チャッ! ギラリッ!
[抜刀! 行きますわよ………ブラックキャット
大鷲型の式神の脚で運ばれていた得物に取り付いた和歌ちゃん。その鞘から二尺半を超えた刀身を抜き放ちました。そして、衆目に晒された大切先の長巻を持ちながら、和歌ちゃんはモドキを倒すべく、必殺キックの体勢に入ります。
ヒュウゥゥゥゥゥン…ギュルルルルル…ドンッ! ギュギュ―――ンンン!
和歌ちゃんは、近代兵器の弾丸の如く螺旋回転しながら加速し、モドキへと向かい落下していきます。気圧断層と霊威のフィールド両方を突破して、近距離から長巻でスズキリュウに挑むのです。
ヒュオオオオオ………フッ…
そこで、やませ風が相殺されて、上空の大気は凪の状態となりました。別行動の式神航空隊の仕業です。
その羽搏きで北東から召喚された冷たい風を、遥か上空へと吹き飛ばしたのです。やませ風は無事に山脈を越え、阿武隈高地に滞留することはないでしょう。
[これで激流は躱し、やませ風は封じました。和歌ちゃん、後は頼みましたよ!]
作戦が上手く行っていることに興奮した私が、柄にもなく声を荒げて応援します。
しかし、その声に真っ先に反応して行動を起こしたのは、和歌ちゃんではなく唄ちゃんでした。
[私がいることもお忘れなく]
唄ちゃんはそう言って、空中でにゃんコード・ライフルを構え…
[返礼致す]
ドンッ! ジャカッ ドンッ! ジャカッ ドンッ!
…今まで受けた攻撃のお返しと、一点集中の霊威貫通弾を連射しました。
チュイーン チュイーンチュイーン…
[お上手!]
私は嬉しくなって叫びました。なんて芸術的なコンビネーションアタックでしょう。唄ちゃんの狙いはもちろん、和歌ちゃんが突き破ろうとしている、モドキの霊威&気圧断層フィールドです。
気圧断層フィールドに弾は逸らされましたが、霊威フィールドは十分に弱体化されました。
そこに。
[はあああああっ!]
ドォォォォォ――――――ンンン!
ブワッ! ヒュオオオ―――――――――ンンン!!!
和歌ちゃんは、弱った霊威フィールドを難なくスパイラルキックで突き破りました。また、その一瞬にだけ気圧断層フィールドの抵抗を受けましたが、見事にそれも突き破って見せました。
気圧断層内部にあった大気が、破れた風船から逃げ出すように外部へと放出されていきます。
バシャァッ
そして、モドキに近い水浸しの大地に、長巻を構えた和歌ちゃんが着地しました。
[さて………御無理なお願いで恐縮致しておりますの。でも…スズキリュウモドキ様………これで御命頂戴致しますの!]
フィールドを撃ち破ってきた自分を見詰めるモドキに対して、時代掛かった言い回しをそう言って聞かせる和歌ちゃん。構え直すと、颯爽と巨大な身体へと討ちこんでいくのでした。
ここに鬼とされ祀られ、利用された過去の記憶の残滓。その記憶の残滓を天へと返す時が来たのです。
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