第三十六首 あめつちの 動きたるさま 口惜しく かき昏さるる さまぞ虚しき

 阿武隈高地の渓谷を別々に飛ぶサーファーと、真ん丸に手足のシルエット。


 その一人、真ん丸手足なシルエット、ベジタブルファーマー杉森が、トロピカルサーファー米川に、通信機で呼び掛けて世間話を始めた。

 私も、状況の変化に対応すべく回線を開いていたままにしていたから、岩間の仮設本部から、その会話を聞いていた。


[なあ、米川ぁ]


[なんだぁ杉森ぃ]


[おらは…東日本大震災の後、ガキだっだごともあって大して他人を助けることができねかった。むしろ、助けてもらった方が多いっぺよ]


[…そりゃ、この俺も同じだぁ。多少、他人より式神やらの扱いがうまいがらって、大したことができる訳じゃねえ]


[だからこそ、大人になって13人衆に選ばれた今こそ、おらはその時に助けてくれた人への恩返しさする。この異変さ解決してみせるぺっよ]


[そうだなぁ…これは恐らく大陸の異人さが起こした異変だぁ。人が原因の異変なら、人が解決するのが筋ってもんだぁ]


[そんだなぁ、おらは頑張っぺよ!]


[応よ、一人だけええ格好すんなや杉森ぃ。一番槍はこの米川蔵人が戴くっぺよ!]


[んだとぉ! このおらも後れは取らん! 総領さまに一番格好ええところを見せるのは、この杉森二郎三郎だっぺよ!]


 …ピッピピッ…


 そこに外部から通信が入る。このコール音は八雲和歌。米川と杉森がいる渓谷とは別のところ、八重垣唄と共に水源がある森林に向かっている少女だ。


 [ふふんですの。聞いていましたが笑止ですの。二人にばかり良い恰好はさせませんの。この八雲和歌と八重垣唄コンビがいることをお忘れなく]


 [お忘れなく]


 [なんだぁ、二人ともずいぶんと挑戦的だなぁ! そっだらどちらが先に敵さ倒すか競争すっぺよ! 吠え面さかくなよ!]


 [望む所ですの!]


 [望む所!]


 [おい米川ぁ、女さ相手は格好悪いっぺよ。いくら煽られだがらってぇ]


 [言うな杉森ぃ、今は女相手だがらって、引いちゃダメな場面だぁ。おい、八雲に八重垣、勝負すっぺよ!]


 [答えはもう伝えましたわ!]


 [勝負だー!]


 米川はじめ、小学生のような和歌と唄の言動に呆れて、杉森が相方を諫めようとするが、米川は聞かない。


 なんだこれ。


 私も話を聞いていて本当に頭が痛い。お前らリアル小学生みたいだぞ。やれやれだ。


 仕方ないな。私が介入するか…私は小学年生を引率する女教師かっての。


 [こちら本部。双方ともそこまで。もうすぐ目的地だ。そちらに意識を集中しろ]


 [! 総領さまぁ、申し訳ねえ]


 [おらは止めたんですが…すまんこってす]

 

 [やばっ! 申し訳ありませんの]


 [怒られた…哀しい]


 [貴様らなあ…まあ、わかればよろしい。それと杉森!]


 [へえっ!総領さま!]


 [大震災後の厳しい状況下、助けてくれた方々に恩返しがしたいのならば、彼らに恥かしくない働きを示せ! 人里で病気に苦しむ人々を救ってみせろ! 良いな!] 


 [はい! それが恩返しだと心得ています!] 


 [よろしい。杉本含め、お前たちも頼むぞ!]


 [了解!]×4


 私の介入で、本来の年齢並みの態度に立ち返った二組だった。勢いの良い返事の後、二組のコンビは進行速度を上げて、改めてそれぞれの目的地へと向かって行った。


 彼らが向かう場所は、茨城から宮城へと続く高地らしく、厳しいがそれ故の美しさを持つ場所であった。


 しかし、式神を介して上空から調べた結果、渓谷の山の中腹には洞窟らしき入り口が。

 そして、大地が受け止めた雨が湧き上がってくる森の水源の小川は、ビーバーが巣を造るように塞き止めていて、小さな湖が形造られていた。

 詳しく調べるまでもなく、共に人為的な変化だった。


 すなわち、龍脈の流れを変化させるために、その地相事態を本来の形から無理矢理に変化させて、その上で鬼神塚を建立したのであろう。


 それも、上空からや、余程近付かないと認識ができないように、かなり精巧な擬装工作がなされていた。


 私たちの仲間に、龍脈の変化を気付ける者、式神を使役できる諸々の術に秀でた者がいたからこそ、地脈の探査などという発想ができ、そんな場所の特定、早期発見が可能だったのだろう。


 彼等をまとめる総領である私としては、彼等の優秀さは誇るべきことであった。


 [もう間もなくですの]


 しかして、先に目的地へと到着したのは、八雲、八重垣コンビであった。私が阿武隈高地の諸々を考えている間に到着したのだ。


 なぜ彼女たちが早く現場に到着したか説明しよう。


 米川、杉森コンビが目的地とする渓谷の山の中腹が、飛行でなければ到達が難しい場所であったのと違って、八雲、八重垣コンビが向かった場所が、小川沿いの森林地帯であったからだ。

 特殊な装備がなくとも、小川を水源まで遡れば一般人でも到達可能であったのだ。

 

 […こちら八雲和歌。目的の場所に到着致しましたの。本部どうぞ]


 [こちら本部。了解した。そちらの様子は? どうぞ]


 [唄ちゃん、周辺の説明お願いしますの。センサーの反応は?]


 [ここに来るまでの間に、湖が巨大化しています。それと、鬼神塚は流木が積み上げられて造られた中洲にあるようです………あ、ウサミミセンサーに感あり。水面下に巨大な動態反応を発見。どうぞ]

 

 [巨大な動態反応? どうぞ]


 [この形は…ネス湖のネッシーみたいです。どうぞ]


 [首長竜か? どうぞ]


 [そのようです。太古の生物を鬼神塚で祀って、無理矢理使役して警備役に仕立てているみたい。どうぞ]


 「そういえば、阿武隈高地の周辺には、様々な化石が発見されていたな。どうぞ」


 過去、西暦2000年以降のニュースを思い出す私。これは、地形データや各地の伝承を処理できる者が必要そうだ。

 調度良く、EX13で風水博士の草壁水脈みおがリアルタイムでデータをトレースしているから、専門家に投げよう。


 [とにかく、データを水脈みおに転送して風水博士としての意見を聞く。和歌、唄、何か提案は?]


 [こちら和歌。私としては戦う準備はできていますの! どうやら当初の予定通り、ここは荒事をこなす必要がりそうですの。まずは狙撃の準備をしますの!]

 

 [こちら唄。和歌ちゃんは脳筋が過ぎます。地形が敵に有利過ぎなのだから、少し待って」


 [じゃあ、どうしますの?]


 [まず水の流れを塞き止めている箇所を攻撃することを提案します。湖の水位を下げましょう。突撃は敵が水面下から姿を現してからでも間に合います…背部キャロットドローンパージします]


 [こちら唄、先制攻撃を決行します。ドローン、十秒後にマイクロミサイル連続射出します。どうぞ]

  

 [こちら和歌。本部、一端、通信を終了するですの!]


 [こちら本部。作戦を承認するぞ! 多くは求めん! 勝て!]


 [当然ですの!]


 [負けません!]


 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!


 唄の操作するキャロットドローンから、連続でマイクロミサイルが発射される音を最後に、通信での彼女たちとの会話は一旦途切れた。

 当然、通信回線は開いたままだがな。


 これからのことは心配ではあったが、和歌と唄だけを相手にしている訳にはいかない。そろそろ、米川蔵人と杉森二郎三郎も、目的の場所に到達するはずだ。




 [ちぃっ! 向こうはもう始まったっぺよ! 急ぐぞ、杉森ぃ!]


 [了解だ、米川ぁ!…てっ、見っぺよ! 人がいるぞ!]


 [なんだとぉ⁉]


  こちら側からは見えないが、何と洞窟の入り口付近に人影が見えたらしい。私は素早く動く。


 [こちら本部、頭部カメラからの映像を送れ。どうぞ]


 [了解です。映像転送します。どうぞ]


  米川の言う通り、すぐに撮影されている映像が、仮設本部に置かれたフルハイビジョンビューに映し出される。

 確かに、縛られているらしい人影が洞窟の入り口付近に複数あって、座らされていた。みんな登山用の服を着た若者らしい恰好だった。いくら五月とはいえ、高地で放置されていたら寒かろう。

 これは映像を介してとはいえ、私もさすがに吃驚である…だが、妙だ。


 [何てひでえことを! おらがすぐ助けてやるからな!]


 我を忘れて縛られた人影に近付いていく、真ん丸に手足シルエットの杉森。どうやら杉森は疑うことを知らない純粋さを持っているようだ。

 米川も慌ててその後に続いた。


 そして、杉森が人影に取り付こうとした瞬間。


 [ビッグザクロの赤い果汁!]


  ブンッ! ブシュウウウー!


 後から追い縋った米川が、いきなり右腕を振り上げた。霊威フィールドを砥ぎすました刃のように変形させ、続けざまにそれを振り下ろす。

 ナイフのような鋭さを得た米川の右の手刀は、人影の頭部をトロピカルフルーツを両断するように切り裂いていた。

 口から上が飛び、人体の大事な部分を失った人影が崩れ落ちた。

 血しぶきが人体から噴き出て、その一部が杉森の真ん丸手足ジャケットを染める。


 ⁉


 [何てぇ! 何てごどすっただぁ米川ぁ!]

 

 仰天した杉森が叫ぶ! 怒りで米川に掴みかかろうとする真ん丸手足!


 [騙されるな馬鹿もんがぁ! 魂魄が清浄じゃないじゃろうが! 穢れとる!

 こいつらは異国の道士が殺して使役した化け物じゃあ!]


 米川も負けずに叫んだ。その言葉通り、手刀で切り裂かれ絶命したはずの死体が、両腕で身体を支えて起き上がった。

 他の数体も起き上がる。

 頭部の口から上がないのに、ずいぶんと丈夫そうな動きだった。

 開いた傷口の内側に、耐水処置のなされた呪符がチラリと見えた。


 [ああ…]


 [キョンシーか…]


 私がいる仮設本部にも、杉森の自分の人の良さに失望したような呟きが聴こえてくる。それでも私は冷静さを失わず、罠であった敵の怪物の正体を呟いた。


 […むっ!]


 予想した事態が映し出されていたスクリーンビューの向こう側で巻き起こって、私はげんなりした気分になっていた。そんな私に対し、嫌がらせとなるような事態が重なる。


 ボコッ ボコッ ボコッ ボコッ ボコッ ボコッ…


 キョンシーたちの周辺の土の底から、アンモナイトらしき怪物が複数体、這い出てきた。通常の巻き貝状のものも、異常巻きのもの、槍状のものと、それぞれ複数体いる。

 それらは、まるで我が身を某プロテクターのように一度分解し、キョンシーの身体と合体してみせる。

 怪物が怪物を守る鎧型の装甲と武器へと姿を変えたのだ。


 その様子を目撃した私は、子供向けのモンスターを捕まえるゲームに、こんなシルエットのキャラクターがいるなぁと思い出したのだっだ。


 いや、そんなことに気を取られている場合ではない。


 [米川、杉森、負けるなよ!]


 私はマイクに向かい、応援の言葉を届けるべく叫んだ。

 

 

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