第三十五首 それぞれの 辞世歌などを 持ち寄りて 残して征かん その幽世に
[トロピカル! & サーファー!]
[ベジタブル! & ファーマー!]
それは、阿武隈高地の渓谷の一つでのことである。
人と式神を一体とする式神ドライバーが、装着を告げる電子音声をプログラム通りに発していた。それと同時に、装着者と装置の起動状況が自動的にこちらへと送られてくる。
「…メンタル、バイタル共に異常なし。よろしい。予定通りだ」
ざっと、トレースされてデジタル画像上で再現された装着者の姿と、各種データを見て、私はほくそ笑む。どうやら私が彼等に用意した新型ジャケットは、予定通りに使えるようだった。装着主の身体にも異常はない。
フウッと安堵のため息を吐く私。
製造元の身としては、まずは一安心である。
とはいえ、まだ実際に動いてもらわないと本当のところは解らない。いくらプロトタイプに問題がなかったとはいえ、突然の異変に急遽、実戦投入することとなった装置だ。
世にありて 我が身一つが 確かなら 渡り歩くは 易きことなり
トロピカル/サーファーを装備した米川が。
かりそめの 姿となりて
ベジタブル/ファーマーを纏った杉森が。
それぞれ変身した姿に問題がないか、歌詠みと共に
「…パーフェクトだ二人共」
それでも、やはり問題有りの危険を知らせる警報などは、ハイビジョンのデジタル画面から発生しなかった。
予定通りの機能を、新型の式神ドライバーと式神メモリーは発揮したようだ。
[さて、ここからが本番だな。いくぞ杉森!]
[了解だべ! 通信も安定したみたいたようだっぺよ! 待っていてください、総領のお嬢さん!]
「うむ。頼む」
そう話し、私がデザインを担当したジャケットを装着して、渓谷の鬼神塚へと向かっていく二人。
一人は、ウェットスーツ型戦闘服と、トロピカルなフルーツジャケットアーマーで武装したシルエットで、空飛ぶボードに乗っている。
もう一人は、真ん丸キャベツ一体型ジャケットに手脚といったシルエット。要するに丸に手脚な姿。
本来の頭は巨大麦わら帽子で隠れ、偽の顔として両目が胸に。武器は大きなマジックハンドに鍬を持った出で立ちだ。
わかり易く言うと、吸い込み融合をしたピンクの悪魔みたいな姿。デデデな鳥類と異星で戦っていそうな感じのヤツ。
或いは、より詳しく言うと某テレビ局のバレーボールの某マスコットや、丸いご当地マスコットの着ぐるみを着たような姿だ。
ふふふふ…デザインは何を隠そう、この土師てるだ。じつにカッコイイ上に強そうだろう。褒めてくれて私はいっこうにかまわんぞ。
さて、そんな天狗に因んだ(?)なシルエットの二人組は、左右に別れて距離を取って飛行し、油断なく目的地を目指した。
汝等の働きに期待するぞ。
その一方。
別の二人組も変身を開始していた。場所は同じ阿武隈高地でも渓谷とは別の、水源のある山中である。
[ブラックキャット! & セーラー!]
ブラックキャット/セーラーをジョイントさせた八雲が。
[バニー! & ブレザー!]
バニー/ブレザーをコネクトさせた八重垣が。
さだめ無き 頼みの末に おのれ賭し 修羅のちまたに 躍り出るかな
前途なき いくさの道へ 旅立たん 女々しき想い 振り切り征かん
米川、杉森同様、新型ジャケットを身に纏い、戦闘態勢を整えるべく、歌詠みと見栄切りによる動作確認をする。
シュッ! シュッ! シュシュシュッ! バッ! ブゥンッ!
[通信、各部動作共に問題ありませんの]
重ねて動作確認のため、シャドーボクシングの動きと、飛翔上段蹴りを放つ八雲和歌。
[こちらも良好です。式神航空隊とのリンクも問題ありません]
長い兎耳の動きをピクピクと動かし、通信体制のリンク確認をする八重垣唄。
もっとも、こちらは汎用型ジャケットではなく女性用の能力特化型で、汎用型とは仕様がかなり異なる。
一人は、素早さと強襲能力に特化した黒猫さん海兵隊セーラー少女姿と、もう一人は、戦場の外の支援部隊との連絡、情報共有を目的とした兎さん通信士ブレザー少女姿だ。
なお、セーラーにはスカートの内側に呪術で強化したスパッツを。ブレザーのスカートの内側には同じく呪術強化したタイツ。顔には両目を保護する強化メガネを採用している。だから露出は控え目だぞ。
「そちらも問題はなさそうだな。では行ってくれ」
[了解。その前に一つ良いですの?]
「なんだ和歌」
[折り媛さま、御容態はいかがですの?]
「ああ。疲れて寝ているだけだ。お前たちは気にするな」
[主人公っぽい方が寝ているうちに事態が進展するなんて、少年漫画の王道っぽくて、すこしドキドキしていますの]
「ん? なんだ、そんなことか。二人とも、今は任務のことだけを考えろ」
[いえいえ、それは表向きのこと。本心は、大手柄を立てて折り媛さまを吃驚仰天させたいのです。私たち関東の衆の優秀さを証明したいのです。先の日本海遭遇戦の汚名を、私たちが雪ぎたいのです]
[面子も大事…だから私たち、気になっています]
「む…」
唄にそう言われると否定できん。なにしろ私も少なからず、日本海での遭遇戦での敗退は気にしていたからな。
確かに負けてしまったことの言い訳はできん。言い訳を重ねるのも格好がつかん。
汚名を雪ぐには勝利して見せる以外に方法はないだろう。
それにしてもこいつら…結構、前時代的で繊細だな。米川や杉森は、まず結果を示してからものを言うタイプだが、こいつらはこれから戦う相手も解らんでキャンキャンと咆えている。
やれやれ、女が三つ集まって姦しいとなる…か。
衝動的に、結果が伴っていなければウザイだけだと説教がしたくなった。とはいえ、出陣した今、説教なんてテンションをさげる真似もできん。
ここは…
「よろしい。それでは命令を一部変更する。八雲和歌と八重垣唄! 両名は見事に鬼神塚を破壊してみせろ! 先の戦の汚名を雪ぎ、折り媛に、関東の弓取りはここにありと、実力を示して見せろ!」
[さすがは総領さまですの♪]
[そこに痺れる。憧れるです♬]
「いいから。早よ行け、早よ」
[期待して待っていてくださいですの♡]
[了解なのです♠]
自分たちの思い通りの命令を受け、ご機嫌になっちゃってまあ。子供はこれだから。
しかし…
「…死ぬなよ」
和歌と唄。そして米川と杉森。彼等が戦場に向かって行った後、私はその無事と勝利を祈って、そう呟いた。
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