本編 第二局 霞ヶ関国土管理室攻防戦 後半

第二十五首 手を取りて 力と力 ひとつとし 許せぬ悪を 撃ち貫かん

 熟熟つらつらと 鑑みてこそ 移りゆく この世の真理 伺い知れる 


 とはいえ、如何に戦場を俯瞰できる僕でも、複数のことを同時にやれはしない。この身一つだけでは限界があるのだ。

 いくら敵の増援が屋上に現れたと知れても、考えもなしにこちらが増援となることもできない。

 悔しいが、一つ一つ物事を順序良く解決しなければならない。


 当面、僕がやらねばならないことは、土御門の生き残りをビルから脱出させ、如何なる理由ですみれちゃんを折り媛にさせたいか。また、あの敵たちの目的は何なのか。それを聞き出すことだ。


 そこまで考えて、僕の背中にぞくりと悪寒が走る。


 (くっ! 敵のプレッシャーが大きくなってる! でも!)


 重ねて言おう。多くを解決できる何か画期的な手段がなければ、現状の任務を放棄して屋上に向かうことはできない。


 屋上の死闘は、すみれちゃんと竜田ちゃん宇津保ちゃん。それと佐保ちゃんの補佐による頑張りに期待するしかない。


 だから。


 「近場にいたキョンシーは僕たちが倒したよ。土御門の諸君、動けるかい?」


 少々焦り気味の僕は、外れかけの扉の近くに近付いて、その隙間から生き残った土御門の者たちに声を掛けた。

 僕は彼等を連れ、敵の意識が屋上に向いているうちに、さっさとこのビルから逃げ出さないといけない。

 そして、その上で屋上への増援にならなくちゃ。こんな場所で時間を無駄に費やしている暇はない。


 「あ…あなたはどなたです? どの家門の方ですか?」


 「僕は、四季の女神の筒姫。四季家の姫君に呼び出され、四季紙に宿る分霊。大和の八百万の神々の一柱さ」


 突然の状況の変化にかなり困惑気味ではあっても、女性の返事がちゃんと返って来た。

 僕は、自分の身の上を簡潔に話しながら、心底安心した。一人はちゃんと歩けそうだ。もう一人を支えられるだろう。どうやら、この場でへたり込まれる心配はなさそうだ。

 正直、佐保ちゃんのサポートなしでの防衛戦はキツイ。残りの敵がやってくる前に脱出しないと。


 「そうなのですか、四季さまの…ここまで来てくださったのですね」


 「ほっとしてるところで悪いけど、ここでゆっくり話している暇はないんだよ。屋上に敵の増援が来ている。足手纏いにならないように、ここから退去するよ」


 屋上からの霊威のプレッシャーが強い。いよいよ余裕のなくなってきた僕は、女性の言葉を無視して、急かすように土御門の者たちにそう言った。


 速く脱出の準備を促さないと。 


 焦りで気持ちばかりが逸る。あまり良くない傾向だと自分自身でも感じる。


 「(焦)はっはい。今、バリケードを外しますから!」


 ⁉ この霊威は!


 ヤバイ! 今度は…この澱んだ魂の波長! この感覚はサキガケだ! 上の連中の仲間は、澱みの龍の眷属まで操るのか!


 ガタッ!ゴトンッ!と一生懸命にバリケードを退かす二十代前半の女性。彼女が頑張っている間にも、屋上の敵は新たな増援を呼び出していた。

 今度はなんと、古来より日本の呪術師たちが敵としているサキガケ共だ。

  

 サキガケとは、水害死者の亡霊の融合体である澱みの龍の末端である。毎年毎年、雨季の前に現れては、次の犠牲者に選んだ者たちに標を与える存在だ。


 標の効力は恐ろしい。


 選ばれた者達は、なぜ、よりによって大雨や嵐の中、そんな危険な場所で、そんなことをして死んでしまうのかという行動をしてしまう。


 そんな呪いをばら撒くサキガケである故に、日本の陰陽師を主力とした呪術師たちは、毎年、折り媛の御役目に就いた姫君を中心にして、サキガケと、その主である澱みの龍を封印すべく戦い続けてきたのだ。


 「…新たに現れた敵がサキガケを操っている。死体に取り付かれたら、かなり厄介なことになる。君たちも覚悟を決めろ…」


 僕は、開いたバリケードのを隙間から、生き残りの土御門の翁と秘書らしき女性が篭城していた室内に入り込んだ。

 サキガケが来た以上、一つ所に固まって力を合わせて立ち向かわないと犠牲が出る。サキガケの強さは、弱小妖怪とは比べようもないほどに強力だ。


 「…やはり来ましたか。いや、この老いぼれが気付くのが遅過ぎたのやもしれませぬ…」


 そこで部屋の奥から、国土管理室の主、土御門の御大の声が聞こえてきた。察するに土御門の御大は、敵が澱みの龍と共闘関係にあると掴んで、こちらも力を集めるべきと、すみれちゃんに折り媛になれと声を掛けたようだ。


 解ってしまえば、シンプルな理由だ。


 もっとも、そこで敵側に先手を打たれてしまったようだけど。


 「筒姫さまですな…これを…先代の折り媛より受け継いだ碧奇魂の人型です」


 「これは助かる! これなら戦える!」


 そのようにして土御門の御大は、持っていた数枚の封紙を僕に差し出してきた。それは対サキガケ用の咒符であった。

 一般人にも使用できるように、特別にあつらえたもののようだ。

 確かにこれがあれば、身体の小さな今の僕でもサキガケ相手に十分に戦える。僕として受け取らない理由はなかった。二人の力を借りて立ち向かえば、この場は何とかなりそう。

 一方、秘書の女性といえば、貌を真っ青にして……… 


 んんん?


 そこで僕は、バリケードを退かしている秘書の女性の顔形に気付いた。この輪郭と整った目鼻立ちは見知っているぞ。


 ふわふわと飛び続けていた僕は、女性の頭部付近まで高度を上げて近付き、じぃっと、その貌を見詰め続ける。

 


 ………真っ青になっていること以外は、そっくりじゃないか。僕の行動に困惑する表情もそっくりだ。


 「?…あの…なんでしょうか?」


 見詰められて、困惑顔になる女性。


 「君、菅原道真の血筋の出身だね。数代前の折り媛…菅家の姫君にそっくりだよ」


 「え⁉ 私の血筋が解るのですか?」


 「そりゃあ、君のご先祖様とは共にサキガケと戦った仲だからね。僕たち四季の女神は四季家にだけ従っている訳じゃあない。日本人との縁なら、そりゃあもう星の数ほどあるよ」


 僕は驚く彼女に真実を告げる。僕らがこうして意思を持つ平安以前からの、長い長い澱みの龍との戦いだ。その歴史の狭間で歴史ある家系と共闘する…そんなこともある。


 「いや、僥倖僥倖」


 笑顔になってそう言う僕。これなら戦況を覆す手段もあるってぇものだ。


 ふふ。何か嬉しいな。僕の言葉使いも、それで若干、芝居掛かってるようだ。


 「君、名前は?」


 「はい! 菅原夏月すがわらのなつきです!」


 「では夏月姫。合体しようか」


 「………へ? ええええええええええっ⁉」


 何か変な誤解をしたのか、貌を耳まで真っ赤にして叫ぶ菅家の姫君。まあ、僕が誤解を招くようなことを言ったのが悪いのだけれど。ちょっとした今風の揶揄い混じりの挨拶さ。


 「誤解しない。憑依合体をするんだ。今から君は僕と一体化し、悪霊を封じ込めるスーパーヒロインになる。いいね!」


 「………? ⁉ っええええええええええええっ!」


 「残念だけど、もう君に否という権利はないんだよ…では、いっきまぁ~す!」


 ぴょ~ん! 

 

 僕は、理解が追い付かない夏月姫の意思を無視して、有無を言わさずその程よい大きさの胸に飛び込んでいく。



 いざっ! 憑依合体!!!!

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