第十四首 消えゆくは 月の影なる 御剣に 切り裂かれたる 闇の吐息よ
相棒である車の上で、放たれる弩とその台座の如く、腰を沈め、右拳を引いたファイティングポーズを取る
身内という贔屓目を除いても、かなり格好良いヒーローがそこに存在していた。
しかし、饕餮はそのヒーロー然とした威容と霊威にも臆することなく、高速で走り続けスカイライナーに追い縋った。
生意気な! その足元の高級車ごと、貴様を喰らってくれる!
饕餮は、人間に似た巨大な頭部の口元から、アスファルトを溶かす唾液を振り撒きながら、そう言い放つように血に塗れた歯をむき出して、水鏡を威嚇し返す。
そうして巨大な怪物は、獲物に襲い掛かるべく速度を上げる!
続けざまにスカイライナーの直近に追い縋った饕餮が、後ろ足でアスファルトを蹴って野獣の如く獲物へと飛び掛かり、水鏡へと前脚を繰り出した瞬間!
ファイティングポーズのまま、不動であった水鏡が動いた!
水鏡は、スカイライナーの
続けざまに回し蹴りで饕餮の横っ面を蹴り飛ばして宙を舞い、上空へとエスケープした。
白い片翼を見せ付けるように宙を舞い続ける水鏡。背中の片翼は飛行にも使用可能で、伊達で付いているのではなかったのだ。
それは、水鏡に付き従うスカイライナーも同様だった。
魔改造車は2ドア部分を翼のように開いて拡げ、術式とのハイブリッドで飛行能力を得ていた。空飛ぶ車となっていたのだ
怒りの咆哮を上げる饕餮。
怪物の怒りを他所に、水鏡はカウンターを成功させ、スカイライナーと共に敵の物理攻撃範囲外にエスケープ。攻撃と防御を両立させた格好だった。
「good!」
前方のウェアウルフレディZのバックミラーで、水鏡側のそんな一連の動作を目撃した私は、助手席でガッツポーズを取る。
私はもう、四季神の梟は放った後だ。敵道士の居場所が特定されるまで、果報は寝て待ての状態だ。
そのため私は、連れの戦いをZの助手席で見物していたところだ。
饕餮への相手は、
「がんばえー、水鏡がんばえー」
映画館で、非実在の美少女ヒーローを応援する幼女の真似をし、私は水鏡に
そんな唯一のギャラリーである私に、微笑みを向ける水鏡。
地上の怪物を、わざわざ地上で相手にするほど俺は馬鹿ではない。
私から後方の道路上空では、その様な感想を漏らすようにして水鏡が笑っていた。
気障だねえ。
「ヒューって感じ。なんか、和歌でも詠んで、あんたを褒めたい気分」
そんなことを考えて、私は頭に浮かんだ和歌を詠む。
その水鏡と相棒の活躍を、和歌を詠んで言い表すなら以下の通りだ。
荒ぶるは 煙吐き出す
そのように気分よく和歌を詠み、私は味方の活躍を喜ぶ。
一方、水鏡にカウンターをしてやられた饕餮は、怒りで巨大な貌を紅粧させつつも、反撃を決意したようだ。
上空の水鏡とスカイライナーに、新たな攻撃を仕掛けようとしていた。
巨大な口が開き、先割れの舌が伸び、標的を指し示すように伸びた。
つまり。
毒蛇が毒液を吐き出すが如く、上空に向け、溶解液を吐き出す饕餮!
狙いは当然、水鏡とスカイライナー!
カァアアアアアアアアアアア!!!
その瞬間とほぼ同時に、水鏡の着る長ランに装備されたボタンが複数、光輝いた。
夢 斬 刃 鏡 玉 弧 月と刻まれた七種の中、夢と鏡と玉が輝く!
幻術の如く、水鏡とスカイライナーの姿が北西線の真上で多数に増え、溶解液は、その間を抜けて空を切る!
空を虚しく切った溶解液は、しのまま側道に配置された街灯に着弾し、運営公団の公共物を破壊するのだった!
間一髪。水鏡は幻術をが発動させて、敵の攻撃を躱したのだった。
「グルル…ゴオオッ」
これには、流石の饕餮も困惑の叫びを上げて狼狽える。
なぜなら、玉身ボタンの影響で、水鏡とスカイライナーの分身に、疑似的な実態を与えていたからだ。
それは、獣が狩りの頼りとする臭いをも複製し、饕餮を混乱させた。
「ゴオオオッ」
自らの混乱に怒る饕餮が、二度、三度と溶解液を放つ。
溶解液が幻術で生み出された幻影に直撃すると、それ等は消え失せた。しかし、すぐさま消された分が玉身のボタンの効力で生み出される。
そんな鼬ごっこじみた戦いの中、分身したスカイライナーの一機が鋼鉄の腕を前に、合間を縫って饕餮に迫っていく。
寸前で迎撃する饕餮。
前脚に押さえ付けられ、迫って来ていたスカイライナーが一瞬、止まる。
前脚が感じた感覚で、獲物を捉えたと人間に似た貌でニヤリと笑みを浮かべる饕餮。
しかし、次の瞬間、疑似的な質量を持ったスカイライナーの幻影が消え失せた。そのすぐ後ろ側から現れた本物のスカイライナーが、鋼鉄の腕のダブルパンチを饕餮の顔面に叩きつけた。
まるで左右から顔面をプレスして挟み込むように。
「ギャアオッ!」
霊威が込められたダブルパンチを受け、歪む饕餮の顔面む。だが、それだけでは終わらない。
「水鏡アパカッ!」
ドゴォッ!
ダブルパンチをクリーンヒットさせたスカイライナーの下側から、姿を現した水鏡が、饕餮の無防備になった顎に霊威アッパーカットを放ったのだ。
二連続のクリーンヒットの成功。続け様の被弾。
流石に如何な怪物と言えど、これは堪らない。仰け反った饕餮が、これまでにない怒りの雄叫びを上げた。
「ガアアッ! グガアアアアアアッ!」
そして、あろうことか饕餮は、怒りの叫び声を上げると、巨大な獣身を翻してクルリと反対方向へと走り出したのだ。
「逃げた⁉」
饕餮の考えが読めず、Zの助手席で都合の良い解釈を叫ぶ、すみれさんこと私。
だが、饕餮が向かって行った北西線のトンネルのことを思い出し、饕餮の意図に感づいた。
「! そうか…」
空中の開けた車道上で、複数の幻影を相手に敵と戦うのは分が悪い。
だが、空間が限られたトンネルの内部ならば、幻影を抑制し、獣の身体を活かした戦い方が可能だ。
饕餮は、そこで水鏡とスカイライナーを倒す心算だ。
(でも、その戦術には無理がある。全高8メートル、頭から尻尾の先まで全長15メートルはある饕餮は大き過ぎるはず…)
そう私が考えた頃、饕餮の巨大な獣の身体に不思議なことが起こった。私は目を見張る。
そんなんアリかよ。
「嘘…小さくなってる」
(あれなら、確かにトンネルの規模にピッタリね)
私の言葉通りであった。
饕餮の周囲に拡大していた霊威が収縮、集中していき、怪物の小型化が開始されていた。どうやら、身体が小さくなった分、霊力は集中して強大化。力が増しているようだった。
流石は怪物。出鱈目だあ。
(まるで、追い詰められて無駄な見栄を張るのをやめた、自らが小さいと認めた某国人のよう…見栄を捨てた攻撃をしてくる前段階の様相ね)
「…手強い。本気みたい」
そう言って、私がバックミラーを見ると…水鏡がこちらに手を振っていた。
自分とスカイライナーは、トンネルへと向かった饕餮を追うとの合図だった。
当然だろう。この付近は彼にとってホームも同然だ。我が家に人を殺した猛獣が入り込んで、それを放置する家主はいまい。
この場面で御鏡は、そんな理屈通りの行動に出る。そう思って、狡猾な饕餮の支配者は、トンネル内部の対決という策にでたのだろう。
「…あたってるよ、此畜生」
[本車両は霞ヶ関へと向かいます。搭乗者はスピードアップに気を付けてください]
饕餮を操る道士の策に不平不満を言う私。そんなことは関係ないように、ウェアウルフレディZの音声ガイダンスが私に、乗車の注意喚起をし、車体の速度を上げた。
完全に二手に別れることになった私と水鏡。
後方の車道に立つ水鏡は、月夜見の神器の一つ、月影の八束を取り出して振り、こちらに大丈夫だとサインを送ってきた。
そして、身を翻して跳び上がると、トンネルへと向かって飛んでいった。スカイライナーも続く。
確かに、強力な神器を持つ水鏡に心配は無用かもしれない。
だが、一人になると色々な考えが頭を過ぎさり、不安も増すものである。
(どうかご無事で。私もかならず饕餮を操る道士の居所を見付けて倒します。霞ヶ関で合流しましょう)
そう願う私を乗せて、ウェアウルフレディZは戦場だった車道を後にし、まずは東名高速に合流する青葉インターチェンジに向っていった。
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