第十三首 まろかなる 月の光に 導かれ 地に降り立つは 天津神の子 

 饕餮とうてつと、この怪物を操る者たちを討つと心に決めた私の頭脳は、冷静さを保ったまま物事の優先順位を決めていった。


 まず第一は、こちらを追い掛けてくる饕餮である。

 

この化け物は、神代から密かに大月の一族に伝えられていた、月夜見の三種の神器の現在の持ち主、水月ほとりに任せて問題はないだろう。

 彼の自慢の改造高級車も、財を貪り喰う饕餮を引き付け、対抗する良い手段になるはずだ。


 問題は、第二の優先順位である饕餮を操る道士だ。どこに潜んで饕餮を操っているのか。そして、なぜ私とほとり君を襲ってきたのか。


 その理由と、道士たちがを、私は知らねばならない。

 また、術者を押さえねば、せっかく饕餮を撃破しても、第二第三の矢として、新たな怪物が放たれるかもしれない。


 ここは少々の無理をしてでも、二正面作戦で対抗するしか手段はない。饕餮の始末と術者たる道士の始末。両方をほぼ同時に倒すしか勝利の手段はない。 


 そして、第三に優先すべきは、巻き込まれた一般市民だ。


 北西線の先を見渡せば、異変に気付いた中で勘の良い者は、乗用車を路肩に止め、危機…つまり饕餮という嵐が過ぎ去るのを待つ態勢に入っていた。

 饕餮の巨体を認識し、下手に近付けば命を落とす。ここは頭を下げて危険が過ぎ去るのを待とう。そう考えているようだ。


 「good!」


 良い判断だ。


 私は、一般人たちの行動を見て、第三の問題は切り捨て、第二の問題に集中することにした。

 下手に助けようと関わると、返って自力で危機を回避しようとする彼等の足を引っ張りそうだ。


 そうと決まったなら、夜間でも敵の探索が可能な猛禽の四季紙を折り、撃ち放つのみだ。


 (やらねば。失敗は許されない。一刻も早く道士を見付け出し、饕餮との連携を断てる立場にならないと…)


 「…でなければ、被害が増える!」 


 そう気合の籠った声を上げる私。望むべき存在を生み出すべく、己の霊威を高め、五芒星が描かれた真っ白な四季紙を、恐るべき速度で折り出した。


 と、そんな折。


 「すみれさん、私はスカイライナーに移ります。Zは自動運転にしますから、安心してください!」


 「へっ?」


 ほとりが、私が何事と叫び終わるのを待たずに、Zの屋根部分ルーフを開いていた。冷たい夜風が車内に吹き込む。


 そして、座っていた運転席を倒した車主…ほとりは、上方に開いた窓にするりと身体を滑り込ませ、空中へと飛び出していった。


 身体を逸らせて目で追うわたしが、あっと声を上げる間もなく、ほとりの身体はZの後方へ飛び、続いて走行していたスカイライナーの上空のものとなった。


 次の瞬間、ほとりを受け止めるように突如として現れ、伸ばされる二本の腕。ほとりの身体は、その掌にポスンッと受け止められていた。


 突如伸び、ほとりを受け止めた二本の機械の腕。


 それは、スカイライナーの車体の一部が変形したものであった。後部座席外装部分リア・ドアから、トランクカバー、エアロ部分までが映画のCGさながらに変形したのだ。


 私は、この事実を双眸でしっかりと捉え、このすみれさんが動き始めた直後から、ほとりが饕餮を倒すべく活動し出していたことを知った。


 (このすみれさんを驚かすとは生意気な! でも、その素早い動き、頼もしいと感じたぞ! そちらは任せたぞ!)

 

 正直、格好良いほとりであった。


 そんなほとりの一連の行動に気を取られ、私はちょっと初動が遅れた。出遅れちゃったのだ。やはり車道では走り屋であるほとりの方が一日の長があったか。 

 

 [スピードアップします。同乗者はシートベルトの確認をお願いします]


 そんなタイミングで、ウェアウルフレディZから速度アップの音声ガイダンスが流れた。自動操縦のZは、私を戦いから遠ざけて霞ヶ関へと安全に送り届ける。

 そんな指令を水月ほとりから受けているのだろう。


 私は、そんなほとりの優しさを無碍にする気はない。ただし、饕餮を操る道士を見逃す気もなかった。


 「了解したわ。今回はあなたに饕餮は譲る。私が道士を倒すわ」


 よかろう。大和撫子たる者、一歩引いて男性を立てる奥床しさも持たねばなるまい。


 ほとり君、君が格好良く饕餮を倒して見せたまえ。脇役に廻った私も、見事に道士をやってけて見せる! 


 私は、身体に霊威を再び満たし、昼隠居ひりかくろふという真名御名を持つ四季紙の準備をする。


 (ならば…梟の四季神の遠隔操作で索敵し、敵を倒すまでだ!)


 天を舞う 夜の狩人 羽搏きて 無音に襲い 止める息の根


 宵闇に 獲物を見付け 襲い来る 森に忍びし 不孝なるかお


 冷酷な 爪で獲物を 捕らえては 息の根止めて 飛び去る日々よ


 私はそう胡乱な和歌を一首、二首、三首と続けて詠み、虚空へ梟型に折った四季紙を、複数撃ち放つ。



 一方。



 スカイライナーの屋根部分ルーフに膝立ちしたほとりに、ある変化が始まっていた。


 スカイライナーのボンネット前方部分から、車のエンブレムを模した様に設置された、古めかしい古代鏡が出現し、群雲の合間に輝く月の光を集め、反射して、ほとりの身体に浴びせ掛けていた。


 ―――汝こそ


 ―――夢の旅路を征く 旅人の足元を照らし出す光芒


 —――暗闇に捕らわれし 穢れなき魂の開放者


 ―――暗黒に姿を隠し 悪を成す魑魅魍魎を捉える輝き

 

 —――月の光すら嫌う 闇と同化した妖の討伐者


 ―――いまや月の光は 御鏡に刻まれし幻影を映し出す


 ―――力を齎す幻影は 汝の姿と一体となる


 ―――冴え渡る月影と共に 三種みくさ神器かむだからと供に


 ―――現れ出でよ 月夜に舞う 夢の翼


 ―――夢枕に立つ 翼持つ人の形


 ―――夢と現の境界を越えて来たれ


 ―――天孫たる天狗あまつきつね


 月の光を浴びて、水月ほとりの身体は一旦、姿形を失ったように崩れ………そして、新たな片翼の翼を持つ人型へと再び結実していった。


 頭には、兜巾の形のエンブレムが取り付けられた学帽。胴体には軽鎧と、その上に陣羽織のように羽織った長ラン…夢斬刃鏡玉弧月と刻まれたボタンが実用品としてとr取り付けられて装飾されている…が。そして、その背には漆黒の衣服とのコントラストを引き立て合う、片翼の純白の翼があった。


 しばらくすると、そんな姿形を得た水月ほとり…いや、月夜天狗

は、すっくとスカイライナーの天井ルーフで立ち上がり、片翼でバサリッと大気を打ち、振り向いて迫り来る饕餮をキッと睨み付けた。

  

 そして、体を低くしてファイティングポーズを取る。


 半身に構え、土台となった両脚は巌の如く。


 引かれた拳は、引き絞ぼられた弦に添えられた矢の如く。


 片翼は矢羽の如く。


 その型は、据え付けられた弩台の如く堅牢であった。


 現世に出現した幻想と人が一体化した存在、水鏡ヒーローが、巨大な怪異、饕餮を迎え撃つ準備は整った。


 これより、月の光が闇を照らし出す中、邪悪な怪物と夢のヒーローの対決が開始される!

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