第十二首 あやかしが 貪り喰うは 絢爛な 財を尽くせし 鋼のくるま

 ウェアウルフレディZと、スカイライナーの駆動音が、ウィィィィ…ンンンと軽快に周囲へと木魂する。

 両車とも、ハイブリッド式鬼神エンジンは順調な仕上がりであった。 


 エンジン同様に、私たちの移動は順調。横浜環状線北西線の4.1キロに及ぶトンネルを抜けるまでは、本当に順調であった。

 まるで、一般人たちの小旅行の合間のドライブのように。

 

 そんな一時を台無しにしたが現れたのは、上空の視界が開けてしばらくしてからだった。


 一般人ではない私たちには、無難な旅など許されないということだろうか? 


 …ズズズズッ………ゴゴゴゴッ………

 

 「⁉…えっ!」


 「⁉…これは!」


 pipi pipi pipi pipi pipi pipi…


 [マスター、周囲3キロメートルの霊威反応急速上昇中。注意喚起します。繰り返します、霊威反応急速上昇中]


 突如、急速に横浜周辺の霊威が高まり、が召喚されて、こちらにその何かが急速に近付いて来る。

 その事実を私たちは感じ取り、声を上げた。

 私たちが乗車する、ウェアウルフレディZに搭載された対怪異システムが自動で起動。GPSシステムから切り替わり、システムの警告音声が私たちに危険を告げた。


 緊張した私たちは、より詳しく相手の正体を感じ取ろうと霊査を開始。


 その結果、からは獣染みた食欲と、財宝に対する並々ならぬ執着が発せられていると感じられた。


 一体、何が召喚されたのか?


 規模は…大きい!


 まるで、100年以上前の事件に登場したヒグマを、何倍もの大きさにしたようだ!


 [警戒対象の脅威レベル、急上昇中。自動的にZENNKIシステム最大出力。防護障壁を車体に付与。速度計算の結果、接敵にあと30秒] 


 私と水月がこの後の戦いを意識し、霊差に集中した間にも、乗車しているウェアウルフレディZが、車体の自動防衛モードを起動していた。

 ハイブリッド式鬼神エンジンが唸りを上げる。

 車体に宿る前鬼が胎動を開始した。車のオーナー水月が、技術者であり呪術師、そして関東の有力者である土師てると共に、契約の末に宿らせた式神だ。


 後方のスカイライナーに宿ったKOUKI(後鬼)も同様である。


 その僅かな間でも、巨大霊威は北西線へと近付いて来る! 


 轟っ!


 高速で北西線に走り寄ってきた巨大なそれは、大気を切り裂き、私たちの車が走る上り方面の車線とは反対側の下り方面の車線に降り立った。


 まるで、私たちを待ち伏せるように!


 その8メートルを越える巨体は、調度通りかかった一般人の駆るフェラーボルギーニを前肢で踏みつけて潰すと、続けて巨大な顎を開き、車体を一飲みとして貪り食いだした。


 グシャアッ! ガリッ! ボリッ!と、酷い破壊音が周囲に響き渡る。


 ブシュー!


 そして、人間の肉でできた血袋が破れ、大量の血液が噴出する音も! 


 運転していた一般人は、どんな事態が生じたかも知れず、一瞬で絶命したことだろう。

 それだけが犠牲者と遺族にとっての慰めとなろう。


 私、四季すみれには、その光景から目を逸らす余裕はなく、ただ、被害者に痛みは一瞬だけであったと祈るのみだった。

 

 南無三! 


 もっとも、その加害者たる巨体…神話的な巨大さの獣は、そんなことは意に返さず、なおも口腔中の車体を噛み砕きながら、車線の境を跨ぎ、私たちの乗る車の前方を遮るように、北西線昇り方面へと移動した。


 「マニュアルで躱しますっ!」


 たまらず水月が、車両操作を自動運転からマニュアル操作へと変更し、伸ばされる巨体の前肢を躱す!


 水月が神速のスピードでギアチェンジ、アクセル、ブレーキを巧みに操作し、ウェアウルフレディZの車体をネコ科の動物のように操作した。

 スカイライナーも、その動きをトレース。

 間一髪、両車は悪意を持って自身を害しようとする相手の前肢から逃れ、その胴の下を掻い潜ったのだった。


 「あれはっ…饕餮文!」


 その巨体の胴を潜った瞬間、私、四季すみれは確かに見た!


 ライトに映し出された獣に酷似した怪物の身体に、描かれるように浮き出た紋様を!


 「⁉…なんですか、それは!」


 今し方、危機を乗り越える神技のごとき運転を成功させた水月が、私に事の子細を問い質してきた。


 「中国の神話にある四凶…竜生九子の五番目とされる怪物…竜の子にして竜になれなかった怪物よ…食欲の化身とされ、人も喰えば財宝を喰らうと言われる…」


 人面にまがった角、巨大な獣身、青銅のごとき光沢の鼎の紋様の浮き出た硬い皮膚…それに現れてすぐに、フェラーボルギーニとうい車の形をした財宝を喰らった行動といい…伝承の存在そのものだ。


 「それが…こいつか!」


 饕餮を出し抜き、股下を抜けた水月がバックミラーに移る饕餮を見て、ギリッと歯噛みした。

 饕餮は調度振り抜き、角の生えた人に似た顔面をこちらに向けるとことだった。程なく、こちらを噛み砕いて腹を満たすべく、私たちの追跡を開始するだろう。


 車二台と怪物による、酷いチェイスがはじまりそうだった。

 

 (…十通八九、道士の召喚術だな…奴等…そんなに私を折り媛にしたくないってこと…か?)


 自分たちに向けられた敵愾心を、饕餮による襲撃という形でぶつけられて、私の怒りは有頂天に…達しなかった。

 

 むしろ、私は激昂ホットになるよりも冷静クールとなり、事態を捉えるようになった。

 この身体に流れる、四季神の…いや、英雄神の血がそう為さしめたのかもしれない。


 今は、目の前の敵に怒りをぶつけるよりも戦場全体を俯瞰し、こちらの何が有利で、何が不利か知らねばならない。


 戦場で 怒りぶつける その時は 敵に止めを 刺すときなれば 


 そう思う。


 さて、冷静に自分達を鑑みると、幸いにして、水月ほとりのおいくら万円の車二台は、呪術的に饕餮に負けていないと理解できる。

 それどころか、現代の技術と、日本人の贅を尽くした魔改造が施された二台には、どんな秘密があるか解らない…いや、確実に施されていることだけは理解できた。


 (水月と土師が億の改造をしたのだ。絶対、普通じゃない)


 そう奇妙な信頼をし、結論付ける私であった。


 (ならば、問題は…)


 一つ一つ解決していこう。

 

 「…ほとり君、あなたは眼前の饕餮をお願い。月夜見の三種の神器を使えば、怪物の一匹や二匹は、一人で十分でしょう。任せます」


 そう私がほとり君に語り掛けると、ほとり君は、ハッとした表情になった後に、ええ!と、声に出し肯いた。

 どうやら近いうちに、月の光の照らさ導かれた、和風ヒーローの姿を眺められそうだ。


 (…では、私のやるべき残された問題は…)


 「それじゃ、私は、饕餮を呼び出した道士の居場所の特定と、撃破をするね。よろしく」


 私は、ほとり君にそう告げ、懐から夜を切り裂く猛禽類を生み出す四季紙を取り出した。


 古の術を使う者同士が、死力を尽くし殺し合う夜は、まだ始まったばかりだと、私の冷静な部分が告げる。

 coolさを忘れるな。

 何事も石橋を叩いて渡れといってくる。


 もっともなことだ。 


 しかし、奇妙なことに私の胸は躍り、戦場を彩る肉と地の匂いに昂っていく。


 そして、その貌は戦士いくさびとのそれとなっていた。

 

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