第十五首 うつしよを 朧に照らす あまの月 路肩に伸びし 月影冴えて 

 ここからは、私こと四季すみれが、霞ヶ関の一件が嫌な形で終わった後、合流したほとりに、どうやってトンネル内部で饕餮を倒してきたかを聞いた話だ。


 できるだけ要点に絞って説明しよう。


 なお、ここからは月夜天狗みかがみであるこの俺、水月ほとりの視点で語ることとなる。




 以下、月夜天狗ほとりのたまわく 


 神器の力を得た俺が、董卓を一旦退け、ウェアウルフレディZに乗ったすみれを霞ヶ関に先行させた後のこと。


 小型化した饕餮は、俺とスカイライナーを閉鎖空間へとおびき寄せて打ち倒すべく、北西線のトンネルへと入っていった。



 当然、俺はスカイライナーの天井部分ルーフに乗って、共にその後を追った。


 鋼鉄の両腕を持つ有翼の車両が、勇ましく怪物を追う。俺はその姿を頼もしく思う。真に頼るべき存在である。


 対するトンネルを先行して疾走する饕餮。トンネル内部を螺旋状に回って対向車を躱し、奥へ奥へと入っていく。

 ぐるぐると回転しやがって何か生意気だ。ニンジャかおまえは。


 本当にずいぶんと走る。


 4キロ以上あるトンネルの半ばまで行き、逃げ場を消してから俺とスカイライナーを料理する心算なのだろう。


 よかろう。


 その、見え透いた挑発に乗ってやろう。


 如何に貴様が地の利を得ようと、俺にだって頼るべき愛車と、まだ披露していない神器や法術があるのだ。


 「自分の方が有利と思った瞬間…その瞬間がお前の最後だ!」


 (決着を。貴様の望み通り、この地の底で付けてくれる)


 俺は危険な笑みを浮かべ、トンネルの最深部を目指す巨大な獣染みた怪物の後を追った。

 その道半ばまで行くと、虎の子である神器…八束の筒笛を取り出す。


 そして数分後、長いトンネルを2キロほど下り、地の利を得た怪物が、俺とスカイライナーに対する反撃を開始した。


 「う? 減速した? 来るのか!」


 路上で減速して停止した饕餮は、クルリと振り抜き、大量の溶解液を一息に俺とスカイライナーに吹きかけてきた。


 「させるかっ!」


 霊威のフィールドを前方に集中して溶解液を防いだ俺だったが、その一瞬、俺とスカイライナーは視界を奪われ、敵の動きに対する対応能力を大幅に失った。


 ヤバス!


 その隙を付き、饕餮は足場を蹴って跳び上がり、続いて壁面、天井と蹴って、本来ならあり得ない方向から、前述のニンジャのごとく襲い掛かってきた。


 業前って奴だ!


 タンッ! タンッ! タンッ! ガギィッ!


 スカイライナーの薄くなっていた腕部霊威フィールドを、饕餮の前脚の一撃が突き破り、鋼鉄の腕の右側を捻じ曲げた。

 空飛ぶ車両のバランスが崩れ、トンネル内部に、衝突と破壊音が鳴り響いて木魂した。


 「スカイライナー! スーパーブースト!」


 ズバァアアアアアン!


 その場に残っては饕餮の良い的になると感じた俺は、高速でスカイライナーを再発進させて、速度による慣性の法則で車両バランスを安定させた。


そして被害状況の確認。


 「これは…」


 見れば、ねじ曲がってしまった空飛ぶ車両の片腕は、もう攻撃にも防御にも使用できそうになかった。


 (よくも俺の愛車の素敵パーツを…糞が!)


 「…右腕部、パージ!」


 [了解マスター。右腕部、切り離します]


 そう素敵パーツを悼みつつも、俺は冷静にAIのKOUKIに破壊されたパーツの切り離しを命令。車体と腕部をつなげる部分共々パーツ、右腕部を脱落させた。


 右腕部分を失い、再びバランスが変化した車両の右側に己の身体を寄せ、なおも俺はスカイライナーを前進させる。


 しかし、地の利を得て攻撃を成功させた饕餮が、容易く俺とスカイライナーを逃がすはずもない。

 逃がすかと、再びの三次元攻撃を放ってくる。

 

 それも連続攻撃だった。


 タンッ! タンッ! タンッ! ズガッ!


 タンッ! タンッ! タンッ! ズガァッ!


 タンッ! タンッ! ズガガガガガガンッ! 


 追い縋った饕餮による連続攻撃により、スカイライナーの霊威フィールドが徐々に削られ、ついにはもう片方の鋼鉄の腕も被弾。ねじ曲がってしまった。


 [マスター、車両のダメージ値上昇しています。何かしらの反撃を推奨します]

 

 「チィッ、KOUKI、左腕部もパージだ!」


 [了解です、マスター]


 またしても、脱落する素敵パーツ。

  

 畜生! 許せねえ!


 俺への攻撃を防ぐスカイライナーのパーツはそれで最後だ。素敵パーツはもう両方ともなくなった。

 もはや素早い饕餮の三次元攻撃に、俺たちは対応不可能。いまや反撃の手段もないかのように思われた。


 その光景を眺める饕餮が、邪悪さと狡猾さ、そして食欲と破壊の歓びを滲ませて喜色満面となった。

 次の一撃で、俺を喰らい勝負を付ける気なのだろう。


 それにしても饕餮の笑顔は、角の生えた巨大な人間のような顔面をしている分だけ―――


 「気持ち悪っ!」


 ―――かった。


 俺は、振り返った拍子に気持ち悪いと叫びつつ、もうこれ以上はやらせるかと、冷静に八束の筒笛の神器を握りしめ、機会を待った。


 別に反撃の準備もなしに、勢いだけでここまで饕餮を追って来た訳じゃない。やられっぱなしでいる趣味はない。


 俺はビビっちまったチェリーでも、攻撃されるのを喜ぶマゾでもない。


 つまり俺は、はじめから董卓がこちらを仕留めようと集中した瞬間こそ、最大の反撃のチャンスだと考えいたんだ。


 その準備はキッチリしてきたのだ!


 (来いよ! 来やがれ! 獣野郎!)


 俺の無言の挑発!


 「ゴァアアアアアッ!」


 よし! 乗ってきた!


 タンッ! ガァルルルルルッ!


 直感通り、饕餮が大口を開けて、俺目掛けて側壁を蹴って飛び掛かってきた!


 その瞬間! 俺の長ランの月のボタンが光輝き! 連動したスカイライナーの車体表面が光輝いた!


 「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 目潰し染みた光線を喰らい、盲目となった饕餮が人間に似た顔面の大口…いや、正確には声帯からだが…から悲鳴を発した。

 

 ざまぁっ!


 とはいえ、目潰しはオマケでしかない。


 俺、月夜天狗みかがみが持つ八束の筒笛は、スカイライナーの車体表面から発せられた激しい光を遮り、くっきりとトンネルの天井にへと、長い影を生み出していた。


 その濃く長い影こそ、月夜見の三種の神器の一つ、八束のつるぎである月影が実体化した変幻自在の刀身だった。


 (今だっ!) 


 夢鏡弧月! 玉身顕現! 幻影斬刃!


 俺が長ランのボタンを輝かせながら、八束の筒笛を影に添えた瞬間、濃く長大な影はその概念の境界を越え、月影の刀身となった。

 月夜見の神器の一つが、その効力を完全に発揮していく。  


 「捕縛!」


 そう命ずる俺の意思を受け、八束の筒笛から伸びた刀身は、軟鞭のようにしなやかに伸び、饕餮の獣の身体を幾重にも縛り付けていく。

 変幻自在に影の刀身を変化させる、月影の能力の一つ。その御快調だ。


 「グルォオオオオオオ!」


 捕らえられた饕餮は咆え立て、激しく身体を動かして脱出しようと藻掻くも、当然、巻き付いた影から逃れることは不可能だった。 


 そして。


「大切断!」


 「ギャァアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 俺の一声で月影の刀身は、鍛え抜かれた太刀のごとき切断力を発揮した。一瞬で巨大な身体をサイコロのように分割された饕餮が、奇妙に人間臭い悲鳴を残し、その身体を溶かすように消していった。


 神器と愛車を有効活用した俺、水鏡の大勝利であった。


  ゴオッ! ボッ! ボオオオオオオオッ!


 饕餮消滅後、トンネル内部に残されたのは、燃えて舞い踊る、頭部に角の生えた動物の張り子と、霊符だった。

 

 霊力にあるべき姿を与えていた依代と霊的回路は、月影の刀身に切り裂かれたことにより消え失せ、効力を失った術法具は、次々と消し炭となり消えていく。


 そして、残る霊威の一部は、逆流して術者の下に戻っていくようだった。


 その流れを追えば…

 

 「…うまく、敵の道士の居場所を見つけてくれよ…四季家しきのけのお嬢さん…」


 俺はそう呟き、スカイライナーを発進させてその場を後にした。


 この時、俺はまだ倒したはずの四凶が、あんな形で蘇るとは、思っても見なかったんだ。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る