第三首 妖と 布衣の交わり 桜坂 共に眺めし 早春の花 

 「紫羅藍ツー・ルオ・ラン、憑いて来ていたの?」


 振り向いた私は、予想通りの姿を見付けて、そう話し掛けた。


 振り向いた先の彼女の名前は紫羅藍。


 先年、私が折り媛として澱みの龍を退治したその最後。突如として私の前に現れ、すべての決着を付けた存在だ。


 日本を呪う呪詛の集合体である澱みの龍を、私の八百万言葉大太刀が斬り祓った後、淀みの龍と融合ていた大陸の道士の止めを刺して、私の役目を奪った扶桑の大樹の精的な何かである。


 まったく!


 紫羅藍ったら、余計なことをしてくれたものである!!!


 奴は…竜黒龍は私が倒したかったのに、横から掻っ攫うのだもの!


 種族は紫蘭…じゃない、知らん。

 どれ程の歳月を生きて(?)きたかも知らない。

 私が解っているのは、彼女にそこそこ力があり、呪術に通じているという事くらい。

 後は、一種一匹だけの妖のものがいるという事を、風の噂に聞いたことがあった気がするだけ。その程度である。


 とある神様が、なぜか生前のイザナミノミコトにそっくりとか言っていたけど、気のせいだろう。 


 それで、私と彼女がどういった間柄かと言うと、これがまた難しい。


 遥かな太古の前世で夫婦だった気もするし、決戦の後、陰陽道の術師でもある私と契約した、使役鬼との間柄とも言えた。

 

 また、私は天孫なれど天皇に遠い四季神の末裔である。それ故に、私が折り媛になるまでの二千年の間、飼い殺しにされてきた家系出身という立場であるし、彼女、紫羅藍は、あやかしという立場故、当然の如く人々に恐れられる立場なのだ。


 だから傍から見れば、袖すり合うも他生の縁と、除け者同士が寄り添った、寄り合い所帯とも見て取れる事だろう。


 だが、今はそんなことよりも目の前に咲く紫蘭のことである。


 そもそも、いくら彼女の胸が豊かであるからといって…そして私がかなりのオッパイ星人だからといって…何でも言うことを聞いてあげる訳ではない。 


 「駄目よって…あなた、この紫蘭が気に入ったの?」


 「…別に。ただ、気高く一輪だけで咲いている花を、悪戯に植え替えたりして良いとは思わないだけ」


 「およよっ!」


 「何よ?」


 私がちょっと意外に思って驚きの声を上げると、紫羅藍は整った貌をちょっと歪めてムッとした表情となり、何か文句があるのかしら?と聞き返してきた。


 うん。ムッとした表情も、とても可愛い。


 パーフェクトだウォルター!


 とは言え。


 「いやね、そういう事は、貴女が決めることじゃないんじゃない?」


 「…それはそうだけど…」


 「でしょう? 如何したいのかは、本人というか、本精に聞いてみないと!」


 そう強く言って、にやりと笑う私。


 「聞くって? あっ!」 


 「そうよ。忘れたの? 末孫といえども私は四季神の末裔。四季に従い、咲いては散る草花の精の姿を、権能を持って現世に結べるのです! 結べない訳がないじゃない!」


 四季しきのすみれが何者かを思い出した紫羅藍に、私は、どう? すごいでしょう?と、胸を張って宣言した。

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