第5話 肉が旨かったならば泣けただろうに。

 絶望した。肉も地球的にまっとうな味つけが無いこの世界に絶望した!

 深く考えればあり得る話なのだが、あの時の俺の失望っぷりは、いま思い出しても同情するとしか、思い出す事ができない。西洋の積み上げられた調理技法のすばらしさと、日本の改造っぷりは「そこまでやるか、馬鹿め!」という話なんだと、固い塩味の臭みの強い肉を囓りながら思わざるをえなかった。

大学時代の先輩がいっていたセリフを思い出す。


「栄養さえとれてれば味なんかどうでもいいじゃないか」


 その言葉を言ったあの人、毎食、そう毎食三色食べるのがブロック栄養食と野菜ジュースだけで、残りの余暇時間は全て自分の趣味である絵を描くのに当てるというぶっ飛んだ先輩に、流石にそれはどうなのよと思ってたのを思い出したが、その後あの先輩も結婚したら奥さんに合わせるのかまっとうな食生活をしていたのを思えば、食の多様化というのは人類が幸福に生きる上でやはり必要なのだ。

 だが、本当に栄養的な万能食があったら、かつ、美食が上流階級の道楽であって、一般市民に必要なものでないのなら、食文化を育てる必要なんかほとんど無いのかもしれない。そんなことを考え、もうこの世界はいいから次の人生の曲がり角を曲がらせてくれないだろうか、と考えたのは考えすぎだとは思いたくない。


 なんでそんな話をするのかと言えば、「塩味」だけの肉は不味い、いや、正しくは「美味くない」という話だ。

素性の怪しい俺も保護者が居ればまぁさておきというところで街に入ることができ、

肉体労働的にまったく役に立たないが持ってきた丸太を卸しているのを眺めつつ過ごしていたわけだ。

俺が腹を壊していたのもしってる彼は、薬局、いやクスリをうってる雑貨店っぽいところで、整腸薬っぽいなにかを手に入れて無理矢理呑ませてくれた。

(超絶苦くて、舌が死んだ気はしたが)


 買い物に付き合いつつ、落ちついた頃になんか食べるかって話になったのだが……

肉を食べる事になったのだ。具体的には日本にある薄切りじゃなくて、ステーキ的な塊の肉をだ。

 地球、それも日本で食べる為に育てられた牛肉を考えて欲しい、正しく調理すれば半生で、塩を振れば美味しくいただけるだろう。

だがここはそんな畜産天国では無い。

「肉」は完全に火を通さなければ食ったら死にかねないし、薪火で芯まで火を通せば外はガチガチだ。

ボリューム感がわからんというなら、海外のBBQ料理の動画をみるといい。お奨めはあるが、このサイトじゃ遠慮しておこう。

とにかくぶ厚い肉に塩味の下味をしっかりつけて、表面はカリカリ中は脂が溶け始めのしっとりぐらいに焼くのがこの世界の標準らしい。

肉がよければそれで美味いはずなんだが、ダメなんだ。臭いのである。

イメージ出来ないなら、スーパーで安い肉を買ってきて、しばらく放置して黒くなってから焼いてみて欲しいとおもう。あれに近い匂いがする。

 恩人のお奨めのこの店じゃあ味付けは塩だけ。他の店まで行けば、高級店ならがんばってローズマリーだかっぽいハーブを使ったのもあるらしいがね。


匂いがキツいのどうににからんのかと苦情をいったんだが……

「腹を壊さないから良いだろう」

と、言われたわけさ。

そんなわけで、絶望した。

醤油が無いだろうから、牛丼は無理だろうとおもってた。

だが、焼き肉丼すらもあり得ないとか絶望した。

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